薄桜鬼-江戸- | ナノ
 



Untitled -7-





目の前に広がる光景に、雪菜は目を何度も瞬かせた。
一度目にした光景とはいえ、やはりこうしてゆっくりと町中を歩いてみると、雪菜の居た”平成”の世界とは全く違う世界に思わず辺りをきょろきょろと休み無く伺ってしまう。
行き交う人々の服装、髪型、そして店の有様。
どれもかしこも、知ってはいるが、実際に見た事の無いものばかり。

「そっか、お前あれ以来外に出るの、初めてか。」

そんな雪菜の様子を、可笑しそうに横目で見ながら、原田はあの時はびっくしたぞ、等と笑いながら耳を押さえる仕草をした。
町外れまで追いかけた雪菜を抱え上げた矢先に耳元で喚いた自分を思い出し、気恥ずかしさに雪菜は視線を落とす。

「あ…あの時は、本当にすいませんでした。」
「ま、もう気にしてねぇがな。」

わしゃわしゃとあやすように雪菜の髪を撫でながら、原田は何気なく雪菜の瞳にかかる前髪を掻き分けた。
あまりに自然なその動作に体を退く事も出来ずに居た雪菜に、相変わらずの笑みを浮かべて。

「ちゃんと目ぇ出して見とけ。」
「……はい。」

にっ、っと笑った原田の視線を受け止めて、雪菜も控えめに笑みを零し返した。

「なあ、雪菜!」

酒屋の中で品選びをしていたはずの藤堂が不意に自分を呼び止め、雪菜は返事の変わりに彷徨わせていた視線を慌てて前に向けた。
驚かすな、と原田が苦笑を漏らしながら藤堂を軽く咎めると、照れたように彼は笑いそして大きな瞳をこちらに向け。

「お前さぁ、すっげぇんだよな!」
「えっと、何が、です?」
「ほら、この前総司に打ち込んでいったやつ!」
「はい?」

その言葉に、いろいろな新しい記憶の中から来たばかりのあの時を思い出す。
打ちこんで、と言われて、言われるがまま差し出された木刀を握って振りおろしたあの時。

「総司の奴さ、何もしないとか言っておきながら手ぇ、かけてたよなぁ。」
「あぁ。雪菜ちゃんって見た目ひ弱そうなのに、意外と剣の腕、すごいんだな。」

永倉も、うんうんと頷き、―悪意はないのだろう―肯定をしながら酒瓶を店内から運び出してきた。
その後ろには、店の主が店の中を往復しながら、店先に大きな瓶を何本も並べ始めている。
ひい、ふう、等と数えている原田をちらりと見上げれば、相変わらずの涼しい顔を浮かべて、ん?等と視線だけちらりと雪菜に向けた。
雪菜を入れて四人。
店先に並べ始められた酒便はざっと見繕っても十五瓶は超えている。

「なぁなぁ、今度俺の稽古の相手もしてくれよな!」
「え、は、はい…。私でよければ…。」

ひょっこりと視界に入ってきた藤堂に、思わず頭を何度も上下させると、彼は非常に満足そうな笑顔を漏らした。
再び店内へと姿を消して、戻ってきた永倉がさらに数瓶抱えながら、俺も一緒にやろうな、等と快活に笑っているのだが。

「こんなに…」

買うのか、という雪菜の視線に、永倉は怒られた子供のように、急にどこか気まずそうに乾いた笑いを漏らし始め、原田においては、自分達の分だけじゃないぞ、と何処か言い訳めいたものを漏らしながら、彼は懐から布紐を取り出した。
何をするつもりなのか、と雪菜は首を傾げ原田の動きを見守れば、原田の行動に藤堂が嫌そうに顔を歪め。
咄嗟に逃げようとした藤堂を永倉があっという間に捕まえると、その背中に器用に紐を縛り上げ、永倉は手馴れた様子でそこに酒瓶を差し始めた。
なんでいっつも俺なんだよ、等と不満を漏らす藤堂の言葉に返すものは、―――残念ながら誰もおらず。
原田が何本か酒瓶を脇に抱えるのに従いながら、雪菜も手前に置かれていた瓶を持ち上げると。

「おっと、お前はこっちだ。」

手に取った瓶と引き換えに、ぽん、と原田が雪菜の手に乗せたのは、糸で一結びとなった小銭。
雪菜の疑問の視線を受け止めると、原田は後ろでぎゃあぎゃあと騒いでいた藤堂と永倉を振り返り。

「お前ら、団子食うか?」
「お、さっすが左之さん!俺ね、みたらし団子!」
「んじゃあ俺は全種類。」
「馬鹿言うんじゃねぇ。」

呆れた声を漏らしながら、原田は軽く指を折りながら、空を仰ぎ。
そして最後に、これはお前の分な、と言って指を更に一つ折った。

「俺ら、これ持ってるからよ。ちょっとその店でみたらし団子二十串買ってきてくれねぇか?」
「え、あ、はい。」
「これをそのまま渡せばいいから。」

手に持った小銭、そして原田が指差した酒屋の数件先の店の前に見える暖簾を交互に見つめて。
少し足早にその方向へ走っていった。

「あの、すいません。」

店の扉をガラガラと開くと、中から餅米の蒸した香りが鼻をくすぐり。
雪菜が足を踏み入れた事に気付くと、作業中の手を止めて店の奥から初老の店主が出てきた。

「あい、何にしましょうか。」
「えっと、みたらし団子を二十串いただけませんか。」
「はいはい、ちょっと待って下さいね。」

大量だと思っていた串の数に、店主は特に気を止める事も無く、店の奥に再び引っ込んでいく。
その間に、立ったまま雪菜は店内をぐるりと見渡した。
いつの時代もこういうのは女性に人気がある様で、店内に居る客はほぼ女性客だ。

「はい、一さしね。」

あっという間に戻ってきた店主に、雪菜にして見れば全く親近感の無いその小銭の束を差し出してみれば、店主は当たり前のように受け取り、雪菜はそれと引き換えに差し出された団子の包みを受け取った。
ずっしりと重いそれは、包み紙を通してじんわりとした温かさが伝わってくる。
ありがとうございます、と頭を下げてから店を出ると、先程の酒屋の前で相変わらず永倉と藤堂が大量の酒瓶を押し付けあっているのが目に入り。
その隣で呆れたように笑っていた原田が、雪菜が戻ってきた事に気がつくと片手を挙げた。

「これで、いいですか?」
「おう、悪いな。近藤さんが好きなんだよ、それ。」
「よぉーし、帰ったら茶入れて皆で食うか!」
「さんせーいっ!」

背中に何本も瓶を背負った藤堂は、原田や永倉に比べるとかなり小柄ではあるが。
永倉の今の言葉に背中の重たさ等感じさせないようにぴょんっと一度跳ねた。
お前まだ持てるじゃねぇか、と永倉が更に一瓶投げやると、それを落とさないように必死で抱え込んだ彼は、もう持てねぇよ!と等と声を荒げながら永倉に掴みかかった。
確かにどうみても、まだ地面に置かれた数本の瓶からして、二人ではこれ以上持てる感じはしなさそうだ。
思わず再度地面に転がる酒瓶に手を差し伸ばした雪菜のその片手に、ぽん、とすぐ隣に立っていた原田の手が静止するように重なり。
それを見上げてみれば、悪戯な笑みを浮かべた原田と目が合う。
そのままにぃっと目を細めながら口を小さく開き、いくぞ、と合図をすると、原田は雪菜の手を掴んだままそっと二人の傍から抜け出した。
彼に手が引かれるがまま連れられ、目をぱちくりさせる雪菜に、原田は声を潜め。

「早く行くぞ、あんだけ持って帰るなんてどう考えても無理だろ。」

そう、確かにその通りなのだが。
自分と、そして隣を歩く原田が数本持てばいいのでは、と言葉を漏らしかけた雪菜の耳に。

「っだー!左之!てめぇ!待ちやがれ……っうぉ、平助っ!お前は逃がさねぇぞ。」

背後から自分達が歩き出した事に気付いた永倉の情けない声が聞こえ。
自分達を追うように、藤堂はそれに続けと言わんばかりに走りだそうとし、―――――永倉にその首根っこをしっかりと掴まれてしまい。

「ほら、お前ら早く来ねぇと団子食っちまうぞ。」

何とも悲痛な二人の呻き声に、楽しそうに笑う原田の笑い声につられて、雪菜も堪えきれずに込み上げる笑いを吹き出した。




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もちろん、酒は自分達用です、ほとんど。
買い出しとか、ぎゃあぎゃあ騒がしそうだ。


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