薄桜鬼-江戸- | ナノ
 



Untitled -6-





屯所での生活を始めてから、早い事で一週間が経った。
あの時広間に居たのはどうやら新選組の幹部達で、自分が女である事、そしてその奇異な境遇を平隊士に隠すという事もあり、何かと行動を供にする機会が多くなった。
最初は手間取った袴も、着る度に未だに原田に直されはするものの、幾分かまともに着れるようにもなった。
慣れない、馴染みのない生活続きではあるが、それだけの時間が経つと自然に一応の勝手は理解できる。
土方に命じられた小姓、というのはどうやら雑用のようなもので、食事や掃除、その他身の回りの世話を引き受ける役の事のよう。
つまりは、自分が今まで居た世界で行っていた事と何一つ代わらない為、勝手は違えど、雪菜は特に問題も無くそれを受け入れる事ができた。

「土方さん、お茶をお持ちしました。」
「さっきも来ただろうが。」

すっかり通い慣れた土方の部屋で、まだ湯気の立つ湯のみを、静かに机上に置くと、彼は目頭を強く抑えながら筆をおいた。
がしがしと頭を掻いている様子から、彼の仕事が行き詰まっているのが伺えられる。
雪菜がここに来てからというもの、彼が仕事と食事以外をしている所をほとんど目にした事がない。
いつもこうして雪菜がお茶を持ってこない限り、彼は筆を止める事をしない。
それに気付いてからというものの、事を見計らってはこうして頻繁にお茶を運んでいくようになった結果、土方はそんな小言を漏らすようになった。

「お茶菓子も食べられますか?」
「いや、いい。」

最初こそは抵抗はしていたものの、それでも同じ感覚でお茶を運んでくる雪菜に観念した様で。
ふぅ、っと長い、大きな息を漏らすと、土方は机から湯飲みを手に取り、ずずっと口をつけた。
その様子を見つめながら、雪菜は少しだけ離れた場所で正座をして膝の上に置いたお盆の淵を指で遊ぶ。

「あの、土方さん」
「何だ?」
「私の着物に刺繍をしてくださったの、土方さんなんですよ、ね?」
「誰に聞いた。」
「…、沖田さんが。」

かり、っと爪で少しだけお盆を引っ掻いた音に慌てて手を離し、縮こまりながら視線をあげると、土方はいつの間にかこちらを見ながお茶を啜っている。
そんな雪菜の様子に特にとがめる事もせず、土方は熱い筈のお茶を苦ともせずに流し込みながら、足を崩して小さく伸びをした。

「………それにしても。俺が覚えてるお前は、もっと堂々としてたんだがな。」
「え…。」
「よっぽど、あっちの世界ってのは辛いところだったのか。」

度重なる雪菜の、そのどこか怯えた様子に、気付かない訳がない。
実際に”神隠し”なんて会った事がないのだから対処の仕様もない。
それでも、周りを必要以上に気にしている雪菜に、土方は胸中で様々な思いを巡らせながら首をこきりと鳴らした。
目の前に座りながらその言葉を少し戸惑ったように受け止めている雪菜に、小さく微笑んでやると、雪菜は少しだけ目を見開いた。
自分が笑う事がそれほどまで珍しいのか、と内心苦笑をしながらも、土方はそっと手を伸ばして雪菜の髪に触れ。

「何にも、覚えてねぇんだな。」
「すいません。」
「覚えてねぇもんはしゃぁねぇが。ここに居る事が辛くなったらいつでも言うんだぞ。」

それぐらいの段取りは整えてやる、と声をかけると雪菜は相変わらず戸惑った表情を瞳に浮かべたまま、ゆっくりと目を伏せた。

「迷惑ですよね。やっぱり。」
「おっと、勘違いするな。迷惑とは言ってねぇ。ただ、……ここがどういう所か、まだちゃんと分かってないだろう。」

さらり、と土方は雪菜のその指通りの良い前髪を掻き分けようとすると、雪菜はぴくりと身を強ばらせて体を退いた。
額の中心で分けられているその長髪は、雪菜の体の動きに合わせてするりと土方の指を擦り抜けて再び雪菜の瞳の両左右を隠す。

「…、ま。何かあったら、俺でも、近藤さんでもいいから。」
「…はい。」

そう告げてから、再び湯飲みに口をつけた土方を、雪菜はそっと盗見上げた。
切れ長のその紫苑の瞳は、一見厳しさを宿してはいるのだが、それでも彼の小姓となりこうして会話をする機会が増えた今。
言動こそ厳しいものの、本当は誰よりも周りを気にかけている。
現に、自分の事も非常に厄介事であるにも関わらず、こうして結局は追い出さずに面倒を見てくれている。
自分の為に、居場所を提供してくれた。
たったそれだけの事かもしれないが、それが意味する事の大きさは雪菜の心に小さな小さな光を落とした。

「いろいろと、本当にありがとうございます。」

思わず口をついて出た言葉に、土方は意外そうな表情を一瞬浮かべたが、ぺこり、と頭を下げた雪菜に、彼にしては珍しくどこか照れたように視線を逸らしながら湯飲みを机に戻した。

「んとに、…変わっちまったな。」

机に置いた湯飲みを見つめながら漏らした土方を見つめ、雪菜は黙って次の言葉を静かに待っていると、不意にばたばたという足音と供に、襖が勢いよく開いた。
ひょこりとそこから原田が顔を覗かせると、声ぐらいかけろ、と少し声を荒げた部屋主に、原田はバツが悪そうに苦笑を漏らす。

「悪ぃ。土方さん、ちょっと新八と平助とで酒の買出しにいってくるが、何かいるか?」
「ったく。特にいらねぇが…ついでだ、こいつを連れてってやってくれ。」
「あぁ、それは構わねぇけど。」
「ほら、お前も。気晴らしに外でも歩いてこい。」

土方の突然の提案に、雪菜は土方と、そして彼の机の上にある湯飲みを交互に見つめて、でも、と口を開きかけ。
同時に、土方は雪菜が抱えてたお盆を引き抜くと、さっさと行ってこいとでも言うかのように顎で原田を指し示した。

「へぇ。近藤さんが父親代わりなら、土方さんは兄貴分ってとこか。」
「余計な事言ってる暇がありゃ、さっさといってこい。」
「へいへい。ほら雪菜、いくぞ。」

はい、と促されるように再度頷き、雪菜は土方にぺこりと頭を下げてから原田を追いかけて部屋を後にした。
外に出るや否や、ひやりと冷たい外気に少しだけ頬を引き締めていると、ふと前方を歩いていた原田が思い出した様に振り返り雪菜の姿をまじまじと見つめ。

「今日はちゃんと袴姿、様になってるじゃねぇか。」
「そうですか?」

自分の袴姿にいつもなら苦笑を漏らす原田も、今日は満足そうに笑っている。
ここ毎日、合う度に雪菜の袴を正していた原田にも随分と迷惑をかけた、だからこそ、こうして手直しを受けない事にほっと息をついた。

「けどよ、外いくならまだ寒いだろ。それだけじゃ。」

原田は雪菜の首元にそっと手をやると、少し考える素振りを見せてから丁度通り過ぎようとした自身の部屋の襖を開けた。
徐に中に片足だけ踏み入れ、手近にあった襟巻きを引っ張りだしてくる。
綺麗に畳まれているそれは、新品同様にも見えなくはない。

「ほら、これ巻いておけ。」
「え、でも…」
「おいおい、袴姿だっつってもよ。女が体冷やしちゃねーぜ?」

お前が風邪引くと、土方さんにドヤされちまう、とくつくつと笑いながら原田は有無を言わさず器用に雪菜の首に襟巻きを巻き付けた。
ふわり、と嗅ぎなれない香りが鼻をくすぐり、どことなく不思議な感覚が体を包んでいく。

「よし、しっかり巻いておけよ。」
「……、ありがとうございます。」

柔らかく首元にまかれたそれに、雪菜はふっと頬を緩めて微笑んだ。
少しくすぐったい顎元の襟巻きを軽く下げて、自分の位置に調整をしていると。

「、何だ、お前ちゃんと笑えるじゃないか。」
「え?」
「飯のときも、終始無言だし、人形かと思ってたぜ。」
「…あまり、迷惑はかけれませんから。」
「迷惑をかけない事が、静かに身を潜めてるって事じゃねぇぞ。ちゃんと、思ってる事伝えねぇと。」

わしゃわしゃ、とまるで犬を撫でるかのようにその大きな手が雪菜の髪を撫でつけてから歩き出し。
乱れたその髪を直しながら、原田に続いて門へと辿り着くと永倉が藤堂の髪をひっぱって遊んでいた。

「おぅ、来たか。なんだ、雪菜ちゃんも行くのか?」

にかっと笑いながら、肌寒さなど気にも留めない服装で永倉が問いかけ、
隣では藤堂が、文句を漏らしながら慌てて髪を結い直しているが、雪菜を視界に入れると彼もまた人懐っこい笑みを浮かべた。

「お邪魔じゃないですか?」
「お前なぁ…、さっきも言ったろ。」

雪菜の返事に、隣に立っていた原田が腰に手をあてて苦笑に似た溜息を漏らした。
そのまま腰を折って雪菜の顔を覗き込んできた原田に、ぎくりと体が強ばり、目を泳がせる。

「雪菜、こっち見ろ。―――行きたいか?」
「ぅ……、行きたい、です。」
「いい子だ。さ、んじゃー行くか。」

小さな小さな言葉をちゃんと聞き取ると、原田は嬉しそうに微笑んだ。




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ずっと土方さんのターンすぎて…そして土方さんのキャラが崩壊してしまた←


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