薄桜鬼-江戸- | ナノ
 




Untitled -5-





肩に担がれたまま屯所に連れ戻される途中、恐らく四方八方探していたであろう部屋にいた男達に出会った。
皆、雪菜を見ては、安堵の息を漏らすと同時に、どことなく探る瞳を向けている。
その瞳は、沖田が向けたものと同じもので、今となって自分が如何に彼らにとって不審者なのかを雪菜は痛感した。

「何か隠す事でもあるか。」

広間へ戻るや否や、単刀直入にされた質問に、雪菜は素直に首を横に振った。
ここにどうやって来たかの経緯は、分からないが、どうやらここは200年前の世界で間違いなさそうだ。
一つ明白になった事実に、雪菜は土方の質問にそれ以上答えることなく、膝の上に重ねた手をぎゅっと握った。

「私は…、本当に、ここで生まれたんですか。」
「…だろうな。」

雪菜の問いかけに、土方は相変わらず顔の表情は厳しいまま、射るような瞳で雪菜を捉えたまま答えた。
その紫苑色の瞳を受け止め、雪菜は湧き出る疑問を抑えながらゆっくりと言葉を選んだ。

「私は、ここで。…皆さんと、過ごしてたんですか?」
「ここじゃないが。俺と近藤さん、総司と共に居た。」
「それで、いきなり消えたと思うと…、還ってきた。」
「みてぇだな。」

淡々と答える土方の隣で、人の良さそうな男は近藤とは自身の事だと言わんばかりに指を差している。
タイムスリップ、とは映画や漫画で目にしたことはあるが、そんなものは御伽噺の世界だと思っていた。
だが現実問題、今自分がこうして直面しているのは、まさにそれと同じもの。

「私、ここの人間だったんですね。」

問いかけでもなく、口から零れたその言葉は、思っていた以上に雪菜の心に抵抗なく、すっと入ってきた。
だから、現代、もと居た世界では自分の居場所がなかったのだろうか。
自分を異質の存在として見ていた、里親、そしてクラスメイト達の顔が脳裏にぼんやりと浮かんでくる。
もし、本当に自分がこの時代の住人だったのだと、したら。

「……、」

そっと目の前の土方を見つめ、そしてその隣に鎮座しながらまだ自分を指さしている近藤に視線を流す。
先ほど、この男は自分が帰って来た、と泣いて喜んでいたと原田が言っていた。
つまり、もしかすると。

「……、私の、…お父さんですか。」
「なっ!?」

その言葉に近藤は、今までの人の良さそうな笑みから一転して、頬を一気に上気させた。
視界の端で、沖田が吹き出すのが分かる。
そんなに突拍子も無い事を言ってしまったのか、と雪菜は眉間に皺と寄せた。

「いや、その、違うんだ。君の実の父親ではないのだが…その……。」

もごもご、と近藤はひどく動揺していたが、暫くしてからごほん、と大きく咳払いをしてから、雪菜の方へと戸惑ったような視線を向けた。

「君の、母君が、私の元に君を預けに来たんだよ。」
「私のお母さんが…?」
「君は、少しばかり危険な状況に居たからね。だから、母君が保護して欲しい、と連れてきたんだよ。」

近藤の話によれば、どうやら特異な瞳のせいで実の父親から虐待にあっていたところを、母親が目を盗んで連れ出し、そして保護を求めた、その先が近藤の道場だったのだという。

「じゃあ、私の両親は、今は……。」
「申し訳ないが、あまり詳しくは知らないのだよ。君を預けた後、すぐに江戸から移ってしまったんだよ。」

視線を落として、心底残念そうに言葉を漏らす近藤に、雪菜も同じくつられるように視線を床に落とした。
実の両親にも、捨てられていた。
自分の捜し求めていたその答えが、先ほどとは打って変わって深く心に突き刺さる。

「そう、ですか。」
「だがしかし、私は君のことを娘と思っていたのだよ。何せ、君はまだ小さかったからね。」
「貴方が、私に剣道を教えて下さったのですか?」

必死で平静を装って絞り出した雪菜の問いかけに、近藤はどことなく申し訳なさそうに笑みを漏らした。

「あぁ、私の家は小さな道場でね。女の子に木刀を握らすのは気がひけたんだが…気づいたらいつも、総司や私の真似をして片手に木刀を持っていたんだよ。」

先ほど、沖田が見せたように、近藤もまた、どこか懐かしむような微笑みを浮かべた。
ぼんやりとその表情を見つめながら、雪菜は自身が竹刀を持つたびに感じていた違和感にようやく合点がいく。
学校の授業で握った竹刀が手に驚くほど馴染んで居た事。
そして、何も取り柄がない中、求めるように見つけた、剣道部という居場所の事。
記憶がない為、授業にさえついていくのが精一杯だった自分だったが、剣道という分野でだけは、唯一引けをとらなかった。

「不憫をかけることのほうが多いかもしれんが、君さえよければ。ここに居ていいんだよ。」

昔のように、と言葉を付け加えた近藤の言葉に、雪菜は、ふと先ほどの原田の言葉を思い出す。
簡単に彼は、ここに居てもいいと提案してくれる、が。

「でも、ここは、新撰組の屯所なんですよ、ね。」
「ああ。」

幕末の江戸時代に活躍したと言われている、あの新選組。
厳密には、習ったという事実を覚えているのであり、具体的に何を、と聞かれるとお手上げだ。

「…ここに、私が居ていいんですか。」
「だめだ、っつったらどうするんだ?」
「…、出て行きます。」
「どこへいく?」
「わかりませんが…」

行くあてがないのは、元の時代も、この時代でも同じ。
結局、自分があれ程探し求めていた両親はとっくに自分を捨てていた。
もともと、自分はどこにも居場所なんて無かったのだと思うと、どこか清々しい気分さえ込み上げてくる。

「お前、今更、長州の者だとか言うんじゃねぇだろうな。」
「長…?私、ここの事何も覚えてないので…役に立てないと思います。」
「記憶も何もねぇ女が一人、見ず知らずの土地で。その辺で野たれ死ぬのが目に見えてる。」
「誰にも迷惑をおかけしないなら、それでも。」

雪菜が、当たり前のように返した言葉に、土方は目を細めた。
暫しの間、どこか気まずい沈黙が流れた後、観念したような小さなため息が耳に入ってき。

「…、ここに居ろ。小姓ぐらいはできるだろ。」

その有無を言わさぬ土方の言葉に、雪菜はしばらく土方を見つめてから、自身の手元を握りしめながら首を縦に一度だけ振った。
こうして場所を提供されるのは、何時ぶりだろうか。
自分の拒否の言葉とは裏腹に、少なくとも”今は”ここに居ても良いと居場所を提供してくれた。
周りの反応を見ても、一同皆、笑みを浮かべてこちらを見てるのから察するに、とりあえず自分が疎まれていない事にほっと胸を撫で下ろした。

「あの………。小姓って、何ですか。」

ぽつりと最後の雪菜の言葉に、土方は本日何度目か分からぬため息を盛大に漏らした。




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やっと序章終了です。
これから、やーっとほのぼのライフが描ける!←

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