薄桜鬼-江戸- | ナノ
 



Untitled -2-





ゆっくりと、瞳を開けると、目の前に広がるのは、天国でも、地獄でも、はたまた、病院でもない。
眼前に広がるのは見慣れない、少し古びた木造の天井。

「痛っ。」

動かしていない筈なのに、ずきり、と頭に鈍い痛みが走り、雪菜は思わず声をあげた。

「おお、起きたか!」

それと同時に、人の気配をようやく感じて雪菜は慌てて自分にかけられていた布団を持ち上げた。
ずきずきと絶え間なく痛む頭を堪えながら体を上げると、自分の布団の脇に男が四人、全員がこちらを見つめながら鎮座している。
一人ずつ顔を見渡すが、誰一人として雪菜の知っている者ではない。

「ねぇ、君、雪菜ちゃん?」

気まずい沈黙が続く中、雪菜が何か言葉を発する前に、すぐ隣に座っていた男が声をかけた。
緑の瞳でこちらを見つめる彼が、どうして自分の名前を知っているのか、ここは病院なのか、それとも受け入れ先の孤児院なのか。
まだ少しだけぼんやりとする頭を抑えながら、雪菜は擦れた声を漏らした。

「は、い。」
「お前、名前は。どこから来た。」
「あの…ここは?」
「俺が聞いているんだ。………答えろ。」

その隣に据わっていた、かなり厳しい表情を浮かべた男の、有無を言わさぬ口振りに、雪菜は思わず口を噤む。
男がの様子はどう見ても、歓迎されている雰囲気ではない。

「七津角、雪菜です…。京都から…………。」

咳払いを何度かしてから言葉を絞りだしたが、自分が酷く喉が渇いてる事に気付くが、こんな空気で飲む物をお願いする訳にもいかない。
せめて、お手洗いは、と部屋を見渡し、そして一瞬通り過ぎた襖から見えた外の景色に、思わず雪菜はもう一度そこへ顔を返した。
自分が着ているものを見下ろし、冬服である事を確認し、そして外の景色、―――――桜の木を捉えた。

「京都から、どういった経緯でここに来たんだ。」
「ここ…へ?」

ぽつり、と男の言葉を反芻しながら雪菜は桜の木に縫い付けていた視線をなんとか外し、再びその男を見つめた。

「孤児院へ…、。タクシーに乗ってしばらくして、タンクローリーがぶつかって…あれ、事故にあったはずなんですけど……。」

自分で言葉を紡ぎながら、あの時の情景を脳裏から引っ張りだす。
そう、自分は事故に巻き込まれたはず。
運転手の叫び声が、今になって生々しく脳内をよぎった。

「何言ってんだ、てめぇ…。」
「おい、トシ。そんな態度で質問しても困るだろう。」

端に座っていた人の良さそうな男に窘められ、トシ、と呼ばれた男はちっ、とあたかも雪菜に聞こえるような大きな舌打ちを漏らしながら、苛立ちを押さえきれないようで、どんっと床を叩いた。
まぁまぁ、と押さえる他の男を見つめながら、今度は雪菜が眉間に皺を寄せた。

「ここは?あ、の…、そんなに長い間、私ここに居たのでしょうか?」
「あぁ?」
「桜が咲いてるので…。」
「あはは、何?ボケてるの、君。今日は文久三年の三月九日。ここは、―――――新選組の屯所だよ。この時期は桜が咲いてておかしくないと思うけど?」
「おい、総司っ。」
「いいじゃないですか、別に隠す事は何一つないんだから。」

隣で苛立ちを押さえきれない男の様子とは正反対に、あっけらかんと面白いものを見るように、総司と呼ばれた男が微笑んだ。
その彼の膝の上には雪菜が持ってきた唯一の持ち物であるボストンバッグが置かれている。

「ぶ…ん、きゅう?」
「そうだよ。」
「ぶんきゅうって…何ですか。」
「お前、いい加減に斬られてぇのか。」

ジロリ、と怒り心頭といった様子で睨みつける男の一方、今度は一番端に据わっていた眼鏡をかけた男が、ほぅ、と声を漏らした。
どうしてこの男が怒っているのか全く分からず、困惑の表情を浮かべる雪菜に、にっこりとした笑みを浮かべた”総司”は軽く首を傾げた。

「ねぇ、雪菜ちゃん。教えて?君はどこからここへきたの?」
「え……。」
「君はね、さっきここに降ってきたんだよ。」
「降って?」
「そう、いきなりね、落ちてきたの。僕が止めないと、今頃斬られてたよ。」

当たり前のように述べる男の言葉に、雪菜は彼と同じように首を傾げた。
自分はタクシーに乗っていた、この事実は何度思い返しても、まさかどこかの屋根裏に潜んでいた事実と間違える訳が無い。

「落ちてくるときに、頭打っちゃってるみたいだけど。覚えてる?」
「え、と…。私、新しい家、孤児院に向かう途中で…事故にあって。あれ、今って…一月じゃないんですか?」
「何言ってるの?さっき言ったじゃん、三月って。」
「………、平成22年、1月、…6日じゃ…ないんですか?」

どう考えても合点がいかなり男の回答に、雪菜は指を折って記憶を辿りながら呟くと、水を打ったように部屋に沈黙が落ちる。
端に座っていた男達は、交互にちらりと視線を交わすが、何も述べようとはしない。

「じゃあ…、君はどういう生い立ちで、どこへ向かってたの?」
「私は…両親が居ないので、孤児院で育ちました。……その後は、引き取って下さった里親の元にいたのです、けど。諸事情で、戻ることになって……その道中で…。」
「孤児院に向かう途中だったってわけ?何、新選組の屋根裏にはそんな道はないよ。」
「…、屋根裏?……何言ってるか分からないんですけど、普通の道に居ましたけど…。」
「それで、事故にあったって目が覚めたらここに居たってわけ?」
「………多分。」

自分が言ってる事は、間違いの無い事実なのだが。
それでも、こうして目の前の男と内容をすりあわせると、どうも突拍子もない話になってしまう。
言葉を噤んだ雪菜に、またも静かな沈黙が流れた後、眼鏡をかけた男が沈黙を斬るようにぽつり、と呟いた。

「神隠しって、こういうことなんでしょうかね。」
「おいおい、山南さん。何言ってんだ。」

んなもん、あるわけねぇだろ、と鋭い視線の男はふん、と鼻を鳴らした。

「ちょっとだけ、色違うよね。その瞳は、生まれつき?」
「は、い。すいません。」

まっすぐに自分の瞳を見つめたその視線に、雪菜は瞳を反らした。
よく見ないと分からないとはいえ、その瞳が微妙に違う色をしている事を隠すように、視線を落として自分の手元を見つめた雪菜の視界に、突然布が乱暴に投げつけられ。
すり切れてしまい、ボロボロのその布、もとい見慣れたその着物に、雪菜は目を小さく見開いた。

「お前、この服をどこで手に入れた。」
「なんで、それ…。」
「いいから、答えろ。」
「…、それは、私が保護された時に身に着けていたもの、らしいです…。」

雪菜の曖昧な返答に、探るように男は目を細める。
自分の目の前にあるのは、ボストンバッグに入れられていた筈の、自分の唯一の持ち物がどうして勝手に出されているのか。
その疑問は今は口にしないほうが良いのだろう、と雪菜は黙りながらその着物を丁寧に畳み始めた。

「覚えてないのか。」
「はい、…私には、幼い頃の記憶がないですから。きっと、私を捨てた親が私に与えたものだろうって。私の、名前も…、ここに刺繍してあったから、雪菜だろうって。」

慣れた手つきで着物の裏をぺらりとめくると、そこには、決して器用とはいえぬ、糸で確かに雪菜の名前の刺繍が入れてある。
自分は記憶も何もない、だけど、これだけが唯一自分を示している大事な着物。
少し頬を緩めた雪菜に、ちらり、と視線を投げるとすぐさま、男は気まずそうに視線をそらしてから再度大きなため息をついた。

「雪菜、なんだね。君は。帰ってきてくれたんだね。」
「おい、近藤さん。」
「見間違える訳ないだろう。よく、戻ってきたな。」
「土方さんが、人一倍可愛ってたから、よぉく覚えてるはずなんだけどなぁ。」
「総司っ!…、まだ決まったわけじゃねぇ、それに。…ここに女は置けねぇ。」
「、トシ!」
「とりあえず!その格好は目に付く。……、男装させとけ。総司、見張っとけ。近藤さん、山南さん、話がある。」

そういうと男はもう一度鋭い眼光で雪菜を見上げてから、随分とは不愉快そうにその部屋を後にした。




****
あれ、左之さんがでてこない←

史実捏造パート1がでてきました。
この時代に「孤児院」と呼ばれるものはないようです。
養育館、遊児厰というものが江戸にはあったようです(from wiki)。
そこまで突っ込み始めると、大変なので、孤児院で通したいと思いま、す…。すんませ…(がくがくがくがく

>>back