薄桜鬼-江戸- | ナノ
 






Untitled -19-





ほろり、ほろり、と大粒の涙が両頬を伝い始め。
嗚咽がでないのが不思議な程、溢れ出た涙がぽたぽたと雪菜の顎を伝い手の甲へと落ちた。
たった今の土方の言葉だけが頭の中をぐるぐと巡り、何度も反芻する中、雪菜はその場を立ち上がった。
ここに居ては、誰かに見つかってしまう、それが土方の耳に入ってしまえばまた迷惑をかけてしまう。
ふらつく足取りで縁側を後にしようとすれば、不意に手首が強く引っ張られた。

「、きゃ…」
「しっ、静かに。」

手首と同時に口元まで押さえられたかと思えば、そのまま脇の小部屋へと体が傾いた。
倒れ込みそうな体を、大きな胸板が支えるのを感じたかと思えば、ぎしぎしと廊下を誰かが歩く気配に雪菜は目を見開いた。
襖越しに見えている陰がゆっくりと前を通り過ぎるのを高なる鼓動と共に追いかけてみれば、その影が消えると同時にふっと口元に翳された手が緩むのを感じ。
そっと顔だけで後ろを振り返って見れば、襖の先を見つめていた瞳、琥珀色の瞳が自分をゆっくりと見下ろした。

「はら、ださん。」
「悪ぃ、立ち聞きするつもりはなかったんだけどな。」

何を、とは聞くまでもない
恐らく今の土方との会話を聞いていたのだろう。
未だ雪菜を抱える形で立ったままの原田は、そのまま小部屋の奥へと数歩下がり、その場へと胡坐をかいて座り込んだ。
同時にすとん、とそこへ横抱きの様に座らされる形になってしまったものの、原田の腕にしっかりと固定されてしまい身動きはできない上、原田は少し神妙な顔つきで雪菜の顔を見下ろしていた。

「…、大丈夫じゃ、ねぇよな。」
「すい、ませ……」

ぽろぽろと止まる事のない涙は、原田を見上げた今も止め処なく瞳から溢れており。
慌てて手で拭ってはみるが、そんなものは何も役に立ちそうではない。
ごしごしと擦れば擦るほど、痛みすら感じ始めた頃、原田は軽く息をついて雪菜の手を止めた。

「雪菜……。お前の涙は、俺には辛すぎんだよ。」

雪菜の両方の手首を軽々と片手でまとめ込み、原田は伏せたままの雪菜の視線を合わすように顔を覗き込んだ。
擦ってしまったせいで赤くなっている目の下を眺めていたその瞳が、不意に近付いたと思えば。
まるで涙を拭うように、そこへ唇がゆっくりと落とされた。

「、…っ。」

触れるその温かみに、思わず瞳を閉じてみればもう一筋ぽろりと涙が流れ落ち。
それを丁寧に唇で受け取った原田は、顔を離して苦笑の様な笑みを漏らした。

「悪い、両手塞がってたからな。」

自分の背中へと回された手と、そして今両手首を掴むもう一つの手。
そう、確かに原田の手は塞がっているのだが。
まさかの行動に雪菜は目を伏せた。
ほろり、とも一筋涙が流れたが、離れた唇は再度降ってくる事がないのは自分が顔を伏せた為だろうか。

「土方さんは、お前を…追い出したくて言ってんじゃないのは、わかってる、よな?」

自分を見下ろす表情さえ真剣なものの、その温かみを帯びた琥珀色の瞳に、雪菜は返事の代わりにこくりと頷いたものの。
それでも、その頷きと共にしつこく涙が二筋雪菜の瞳から再び落ち、原田は掴んでいた手を外し、唇の代わりに今度は親指の腹で頬をそっと撫でた。

「んなに、嫌なら俺から土方さんに−−−」
「だ、大丈夫…です。」
「でもよ、」
「いいんです、本当に……。」

だいぶ回るようになった頭をもう一度左右に振ってみせ、この場には相応しないだろうと分かっていながらも、雪菜は口元を上げて見せた。
その表情に、やはり原田は眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしてはいるが、今の自分には笑ってみせる事しかできない。

「わざわざ、引き取り先まで探して下さって……ありがたい、事なんです……。」

本当に、とまで言葉を紡ぐ事ができず、再び視界が歪み始めたのを感じて雪菜は視線を顔ごと伏せた。
悲しさからか、恥ずかしさからか、体中の水分が一気に瞳から溢れているような感覚に、雪菜はぼんやりとしてきた頭で自分の腹に置かれた原田の手を見下ろした。
そう、土方は自分の為を思ってしてくれた事。
今涙を流しているのは、ただこの居心地のいい屯所から離れるのが嫌だと駄々をこねている、そんな子供じみた理由なだけ。
本当に役に立ちたいというのならば、ここを出て行くのが一番の手段だと言う事、当たり前すぎるその事実に今更ながら気付いた自分が何とも間抜けにも感じられた。

「ちょっと、急でびっくりした……だけです。」
「雪菜。」
「もしそれが……一番皆さんの役に立つのなら……、それがいいんです。」

なんとなく、見下ろした手に触れてみれば、原田の手がぴくりと動き。
それでもその指の温かさに触れるように、人差し指、そして手の甲へと手を這わせてみれば、それに答えるように原田も数本指を動かして見せた。
暫くの沈黙の間に、ゆるゆると原田の手で無造作に弄っていれば、原田の指が不意に雪菜の手を絡みとった。

「俺は、お前がここから居なくなるのはそりゃ辛ぇけどよ、その方が良いって思うぜ。」
「、。」
「近藤さんの知り合いなら、この近くだろうし、俺らだって頻繁に顔を見れるだろうし。」

それに、と言葉を付け加えて原田は落ちていた雪菜の顎を片手でそっと持ち上げた。
顎まで伝ってしまっていたその涙の筋をゆっくりと辿りながら目元まで再び指の腹でなで上げ。
同時に上がった雪菜の視線に、困ったような微笑を浮かべた。

「お前は、女だしな。いつ襲撃されるか分からないココで危険に身を晒すよりか、争いのない平和なトコで暮らした方、雪菜の幸せになる。」
「私の、しあわ、せ…。」

原田の言葉を繰り返してみれば、そう、とゆっくりと頷き。
俺の持論だけどな、と続けながら片手に抱いた雪菜の背中を抱えなおすように体を揺すった。
それに気付いて、自分が横抱きに抱えられているままだと思い出してゆっくりと体を浮かせようとすれば。
原田の瞳が細められたかと思えば、自分を更に強く抱き寄せた。

「、あ、の。」
「おう。」
「もう、大丈夫、です。すいません……。」

近くに感じる原田の鎖骨と首筋が視界に入るが、自分をしっかりと抱きしめる彼の表情は見えない。
こうして抱きしめられる事は、初めてではないが、それでも先ほどとは違った意味での心臓が高鳴り始めた。

「原田、さん?」

呼びかけてみるが、一向に自分を抱き締める腕の力は緩むようには思えず。
すっぽりと収まってしまった自分の体に、原田の大きな体の温かさを感じながら、頬に熱が上るのを感じた。
すり、っと頬を摺るような原田に、いつの間にか鼻腔にくすぐり始めた彼の香り。

「あ、の。」

何度声をかけても緩まないその腕に、いい加減顔をあげてみれば。
すぐそこにある、原田の瞳に、先ほどまでの涙はどこへやら、煩いほどの鼓動に雪菜は眉を下げてみせた。

「、泣き止んだ、みてぇだな。」
「え、」
「ん?どうした?」

にやり、と目尻を細めて笑う原田に、雪菜は只々首を振ることしか出来ず。
ようやく緩んだその腕に、ごそごそと原田の胡坐から降りた。
くつ、といつもの様に喉で笑う声が聞こえてきたが、すっかりと頬が染まりあがってしまった雪菜はそれ所じゃないかの様に両頬を手で押さえ込み。
部屋を出て行くまでのもう暫くの間、ひたすら耳にまで響く大きな鼓動を聞いていた。




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何かもう、らぶらぶじゃねぇか…?
付き合うって左之さんラインではどこからなんだろう。
キス?いや、でも泣いてる女は〜発言あるしなぁ。


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