薄桜鬼-江戸- | ナノ
 






Untitled -18-





朝食の片付けも、朝の日課の掃除や洗濯も一通り終え、雪菜は誰も居ない縁側に腰をかけた。
すっかりと太陽は上がってしまい、気持ちのいい温かさを降りおろし。
そんな様子を目を細めてぼんやりと見上げていれば、ふと廊下の軋む音がした耳に届いた。
辿る様に視線を戻してみれば、こきり、と首を鳴らしながら現れたのは土方。
慌ててその場に立ち上がろうとすれば、それに気付いた土方は苦笑を漏らして手でそれを留めた。

「すいません、今お茶煎れてきますね。」
「いや、いい。ちょっと外の空気が吸いたくなっただけだ。」

そのまま、立ち上がろうとした雪菜の隣にどかりと腰を下ろした土方に、雪菜はついていた手を下ろしてその場に体を留めた。
せめて何か飲み物をとも思ったが、一度断られてしまえばどうしようもない。
ふぅ、と大きく息をついた土方の方を見やれば、柱にもたれたまま、自分を見つめる紫苑の瞳と目が合った。

「肩はもういいのか。」
「あ、はい、もう包帯もとれたし、すっかり。」
「そうか。……悪かったな。」

無茶させちまって、と呟いた土方の表情が酷く優しくて、雪菜はツキリと痛む胸をかき消す様に視線を逸らした。
先日の原田といい、そして今の土方といい。
何もできなかった自分を責める素振りを一切見せない様子に、雪菜は申し訳なさから目を伏せた。

「いえ……。私こそ、迷惑かけてしまって申し訳ないです。」
「何言ってんだ。お前のお陰で先回りする事が出来ただろう。助かったんだぞ、んな辛気くさい顔すんな。」

そのまま言葉を閉ざして縁側を見つめた土方に、雪菜もまた同じ先を見つめた。
何とも言えない沈黙に、何か話題を探そうとするが、やはり嫌でも脳内に過ってしまう先日の土方と山南の会話。
自分が新選組じゃないと、明確な線引きでもあるような彼の言葉を思い出し、雪菜は膝の上の両手を握りしめた。
まさかあの話を立ち聞きしていたとは告げる事も出来ず、かといって、何を伝えれば良いのかも分からない。
土方に自分のこの中途半端な居場所を訴えた所で、じゃあ新選組になるかという訳でもない。
第一、”女”である自分が、新選組隊士になるなど茶番も良い所だ、等と頭の中を巡る様々な感情を打ち消す様に、雪菜はもう一度手をしっかりと握りしめた。

「これから、ここはもっと血生臭くなってくる。」

ふと耳に入った、土方の声に雪菜は閉じていた瞳を開いた。

「時代は、荒れてくるだろうな。俺らだって、今以上に……気を引き締めていかなきゃいけなくなる。」

ぽつり、ぽつりとらしくもなく小さ声で紡いだその言葉に、雪菜はそっと視線を上げて土方を振り返った。
いつの間にか、こちらをまっすぐに見ていた土方の表情は、眉間に皺さえ刻んでいないものの少しばかり厳しい色を宿している。
それでもはっきりとしない彼の言葉の真意を掴もうと、小首を傾げて先を促してみれば土方は唸るようなため息を一つ漏らした。

「知ってると思うが……情けねぇ事に、今の新選組は人不足だ。」

情けねぇ、ともう一度同じ言葉を繰り返し、土方は抱えていた片膝に乱暴気味に手を置きながら鬱陶しそうに目にかかった前髪を掻き揚げた。
人手が足りないという言葉はここに来てから耳にすることは何度かあった。
前回の池田屋討ち入りにおいても、人数が足りないとぼやいていた土方や原田の言葉を思い出し雪菜は息をついた。
未熟な自分の腕では実際に戦闘においては戦力にならない。
だからこそ、囮でも捨て駒でもいいから役に立ちたいと、沸と湧き上げた感情に雪菜は口を開いた。

「私も、何かお役に立てればいいんですけれど……。」
「お前はもう十分役に立ってるじゃねぇか。毎日美味い飯にありつけるのは、お前のお陰だ。」
「そう言って頂けると……嬉しいです。ありがとうございます。」

予想していた返答とは違った土方の返事に、
それでも、何か会話を繋ごうと、喉から出た雪菜の言葉に、土方は瞳を僅かに細めてから柱にもたれていた体を起こした。
ぺこり、と頭を軽く下げてみれば、苦笑の表情を浮かべた土方に、雪菜もまた薄らと口元に笑みを作ってみせた。

「お陰で、風邪やら何やらで体調を崩す奴も大分減った……お前の飯のお陰だろう。」
「いいえ、そんな。」

ふる、と首を数回横に振りながらも、現金にも笑みを深めてしまいそうになる自分を抑えながら、雪菜はそのまま視線を避けるように縁側へと首を戻した。
何度かここで見かける雀を目で追っていれば、一握の風が縁側を通り抜け。
砂埃を避けるように目を細めていれば、風にかき消される事の無いはっきりとした言葉が不意に耳に響いた。

「だがな、お前は。新選組じゃねぇんだ。」

吹き上げた風に靡いた前髪を押さえようと手をあげた、その時。
届いたその言葉に、思わず手を止めれば、どくりと大きく心臓が胸を打ちつけた。
まるで冷水を浴びせられた様な感覚が一瞬にして心を襲い、聞き間違えなのかと確認するように土方を振り返れば。
相変わらずこちらをまっすぐに見つめたままの彼は、真剣な表情を宿しながら雪菜を見つめていた。

「だから、お前が。ここに居る理由なんてねぇんだよ。」

続いて振ってきた土方の言葉に、雪菜は遂に言葉を失った。
頷き返す事も、返事をする事も出来ずに、只々土方の表情を見つめ続け、嫌な予感に胸がざわつき始め。
その様子に気付いたのか、土方は雪菜を安心させる様に少し頬を緩めてみせながら口を開いた。

「勘違いするなよ、お前の事が迷惑だとかそういうん

じゃねぇ。ただこれ以上、新選組でもないお前を危ない目に遭わせる訳にはいかねぇんだ。」
気の利いた言葉を返す事もできずに、代わりに喉から漏れるのは細い空気音。
言葉を紡ぐ事のできない雪菜の視線に、土方は眉頭を下げた。

「近藤さんが、何件か知り合いを当たってくれててな。引き取ってくれる所を探してくれてる。もちろん、お前さえ良ければ、だが。」

さらり、と耳から落ちた雪なの髪を土方は手にとり、そっとそれを耳に戻し。
黙り続ける雪菜の頭をぽんと軽く撫でてみれば、それに目が覚めたように雪菜は頬を強張らせた。
心に溢れてくる様々な感情に何を紡げばいいのか見当がつかない。
ただ、なかなか出てこない声に、腹に力を入れて何とか言葉を紡ぎだした。

「わかり、ました。」
「、そんな顔するな。別に俺らと一生会えないって訳ねぇだろう。寂しくなったらここに来ればいい。」

そう言いながら顔を覗き込んだ土方は、困ったような笑みを浮かべており。
それが申し訳ないながらも、直視する事が出来ずに涙腺に涙が溢れるのを堪えるように唇を噛み締め視線を伏せた。

「もっと早く、怪我なんてする前に探してやれればよかったんだが。」
「いいえ……そんな。」

気を抜けば溢れそうになる涙をぐっと堪えて、雪菜は首を静かに振った。
土方の言わんとしている事は理解している。
彼が自分を迷惑だと思って余所へやろうとしているなんて事はない、純粋に、自分の怪我を案じてくれたが故なのだろうが。
それでも、それでも。自分は。
震える指先をしっかりと握りしめて、雪菜は精一杯口元を上げてみせた。

「今すぐにとは言わねぇが……また、返事を考えておいてくれ。」
「はい。」

返事と共に何とか頭を上下に、頷いてみせれば土方は最後にもう一度と雪菜の頭を撫でつけた。
そのまま立ち上がり、部屋へ戻る、と告げた土方の背中が離れていけば離れていく程。
じわじわと込み上げて来る涙は、土方が襖を閉じると同時にぽろり、と遂に頬を伝い始めた。




****
短い……。
同じシーンのまま次続きまする。
土方しゃん…


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