薄桜鬼-江戸- | ナノ
 






Untitled -17-





肩の痛みもなくなり幾分か経った。
巻かれた包帯の上から触っても何も感じなくなった肩を撫でながら、雪菜は屯所の門を何となく見上げた。
池田屋討ち入りの傷が癒えている隊士はまだ少ない中、慌しく巡察や隊務をこなしている様子を見ていると、野菜が足りなくなりました、等と言いだせる訳も無く。
土方にこっそりとお願いをして、今こうして買出しに出向こうとしているのだが。
はぁ、と雪菜は人知れずため息を漏らした。
行き先は、例の八百屋。
場所も分かるし、買うべき物も把握している、のだが。
あの男に会うとなると、ずしりと心が重くなる感覚が走った。

「お、どこ行くんだ?」

そんな事を考えながら首をあげて門を見上げていれば、ふと背後からかかる声と砂利の音が響いた。
今日は屯所に居るのか、と声の主をすぐに判別して振り返ってみれば。
珍しく髪を下ろしている原田が少し離れた所で立っていた。

「ちょっと、夕飯の買い出しにと思いまして。」
「付き合ってやろうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。」

団子を一緒に食べて以来、慌しくばたばたとしていた様子を何度か見かけてはいたが。
今日に限っては髪を下ろしているという事は、今日は非番なのだろうか。
本音を言えば、一緒について来てもらいたいが。
ここ最近の忙しい中での束ぬ間の休息、今日ぐらいはゆっくりしてもらいたい。

「本当か?」
「はい、原田さんはゆっくり休んでいらして下さい。」

にこりと笑って答えて見せば、少し面白くなさそうに表情を原田は宿しはしたが。
それ以上何も言わずに、ただ、又後でな、と手を振ってみせた。
そのまま見送るように雪菜を見つめた原田に、もしかしたら自分を見つけて来てくれたのか、との思いが湧き上がってきたが、今更引き返すのも分が悪いと思い、雪菜は門から外へと足を踏み出した。
道中目にする光景は、まだまだ目新しいものばかりでつい足を止めてしまいそうにもなるが。
止めた所でそもそも持ち合わせがなければ、こんな所で油を売っている場合でもない、と足早に通い慣れた八百屋への脇道を曲がった。

「こ、こんにちは。」
「ん?何だ、今日は一人か。」

偶然にも店の前に立っていた店主を見つけ、ぎくり、と嫌な予感を思い込みだと言い聞かせ。
それで耳に駆けていた髪だは解いて瞳を隠してから店主へと近づいて声をかけると、相変わらずの品定めでもするような視線で店主は雪菜を振り返った。
そのまま、きょろり、と雪菜の周りに視線を漂わせ、少し薄暗いそのわき道に他に人が居ない事に店主は珍しそうに眉をあげた。

「はい…、すいません、いくつか頂いていいですか。」
「勝手に好きなもん詰めてってくれ。」

顎に手を置いたまま、野菜にはまるで興味がないかのように店主はしげしげと雪菜を見つめ始め。
前回同様に決して心地良くないその視線から逃れるように、前回同様に籠を引き寄せてしゃがみ込めば。
店主も同時にそこへと腰を落とす様子が感じられて思わず雪菜はぴくりと体を振るわせた。

「この前は悪かったな。」
「いえ……大丈夫です。」
「いつも同じ顔ぶれだったから、つい珍しくてな。」

ドキドキと変に高鳴り始めた鼓動を悟られまいと、おもむろに目の前の野菜に手を伸ばし。
前髪のせいでかくれてしまった視界からは、店主がこちらを見ているのかは定かではないが。
それでも、震えそうな手を押し殺すように芋を強く握り締めた。

「お前さん、最近来たって言ってたよな。」
「、はい。」
「どこから来たんだ?」
「ここから…少し離れたところです。」

芋の芽を確認しながら敢えて具体的に名前をあげないでいれば、店主もそれ以上追及することなく。
今ばかりはそれが有難く、雪菜は籠に芋を適当に数個入れ始めた。

「両親は?」
「孤児なので……。」
「へぇ、そりゃ聞いちまって悪かったな。」

まるで謝る音色を含まないその声色に、いえ、と小さく返事を返してみればそれっきり店主は黙ってしまったが、顔はこちらへとまだ向いているのだろう。
それがまた不自然に居心地が悪く、できるだけ早く雪菜は他の野菜も併せてかき集め始めれば、く、と店主の笑い声が聞こえてきた。

「ああ、悪い。何でもねぇ。」

つられて顔を上げて店主を見やれば、店主は未だに顎に手をかけたまま、にやりと笑みを零しており、雪菜の視線に気付くと慌ててその手で口元を覆った。
焦るあまり、何か可笑しな事をしただろうかと胸中冷や汗を流してみたが、店主は良く分からないため息をついてその場に立ち上がった。
最後の一つを籠にいれてから、雪菜もまた腰をあげて立ち上がろうとすれば、ふと、店の中から、鮮やかな色が視界を掠め。
少しばかり目を細めてそれが何かを確認しようと首を伸ばせば、店主もその視線に気付いたのか雪菜の視線を追って店内を振り返った。
よくよく見てみれば、あれは玩具の風車だろうか。

「親戚のガキが来てんだよ。あんまり、じろじろ見んじゃねえ。」
「あ、いえ、その。すいません……。」

何も聞いてはいないが、自分の視線がそれを問うていたのだろう。
店主が幾分声色を変えたのが分かり、雪菜は慌てて視線を店主の手元へと戻し、懐から預かってきたお金を差し出しせば、相変わらず碌に数える事もせずにそれを仕舞いこんだ。

「ほら、持っていけ。」
「ありがとうございます。」

ずしりと重いそれを籠ごと両手に受け取り、雪菜はそのまま頭を下げてみれば。
近藤がいないせいか、店主はさっさと店内へと戻ってしまい、雪菜もまた店主が落ちていた風車を足で店内で蹴り込む様子を見つめてからそそくさと来た道を戻り始めた。
一人で持つには大きすぎる籠であるが、中はそれ程重たいものでもない。
持ち難さが難点だが、この時代にスーパーの袋なんてものは存在しないのだろう。
そんな事を考えながら籠の穴に両指を突っ込みながら歩いていると。

「おお、雪菜君。」
「え、あ、近藤さん。」

思わぬ方向から声がかかり慌てて籠の穴から視線を上げてみれば、いつもの笑顔を浮かべた近藤の姿。
どことなく恥ずかしくなってあわてて籠の穴に突っ込んでいた指を引き抜いてしまえば、思わず落としそうになった籠を慌てて持ち直した。

「おっと。もう少し早く出ていれば一緒に行けたんだが、すまないね。」
「いえいえ、気にしないで下さい。近藤さんはどちらへ?」

今も尚屯所の中で仕事に追われていた土方を思いだし、近藤がこうして町へ出ている事に雪菜は首を傾げた。
局長ともなれば、普段は土方程仕事をする事はないのだろうか、否、土方が働き過ぎなのかもしれない、と思惑を巡らせてみれば。
少しばかり目を見開いてから、近藤はどこか焦ったように口を開いた。

「いや、その、あれだよ。墨がなくなってしまってね。」
「おっしゃって頂ければ買いに行きますよ。」
「いやいや、もうそれ以上持てないだろう。気にしないでくれ。」

身長的に雪菜を見下ろしていた近藤は、やけに空笑いを浮かべ。
先ほどよりもやけに大きくなったその声に、道ゆく人が何事かと振り返りもしたが、本人は気にする様子もない。
余り触れて欲しくない事だったのだろうか、と雪菜もそれ以上何もきかずにいれば、近藤は籠から野菜を見下ろして満足そうに笑みを浮かべた。

「うん、相変わらず良い色をした野菜だな。どうだ、あいつは居たか。」
「えっと…八百屋さんの…でしたら、はい。親戚の子供が来ているとかおっしゃってましたが。」
「親戚?、まぁいい。それじゃあ、また後でな。気をつけて戻るんだぞ。」

ぽんぽん、と手を伸ばして雪菜の頭を撫でてから歩き出した近藤にぺこりとお辞儀を下げ。
今しがた自分が歩んできた道を颯爽と歩き出した近藤をちらりと振り返り、小さく首を傾げた。
あの道には八百屋へと続く道しかないはずだが、等と考えを巡らせてはみたが。
自分が探る事でもない、と籠を抱えなおして屯所への道を再び歩き出した。




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左之さんは非番の日でも髪くくってるのかな、とか。
全然本文と関係のない事を考えてみたり。

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