薄桜鬼-江戸- | ナノ
 





Untitled -15-





結局、役人らへの対応を土方が道を塞ぎながら淡々と済ませた後に池田屋へ向かった時には既に戦火も収まっており。
そして夜が開けてからやっと負傷した隊士達を抱えながらも屯所へと戻ってきた。
到着するや否や、待ち構えていた松本が片っ端から隊士を見て回ったものの、ようやく自分の元へと彼が姿を見せたのは、それから大分してからの事。

「そこまで、深くはないが。君も無理をするんだな。」
「すいません。」

左肩を露にしながら、適切に処置を行って行く松本に、雪菜は走る痛みに歯を食いしばった。
男として表向きは居る為、負傷した隊士と供に手当を受ける訳にはいかないのは百も承知。
それでも、現れた松本の疲労具合に、雪菜は漏れ出るため息を歯を食いしばって誤摩化した。
それ程までに、負傷した隊士達が多いという事実に、もう少し、自分が早く伝令を伝えていれば、と。

「しばらくは、安静にしておるんだぞ。まぁ、土方君の小姓ならそもそも危ない事に首を突っ込まないだろうが。」

暗い顔をしていたのであろう雪菜に、どことなく念を押しながら松本が包帯を巻き終えて肩から手を離し。
片付けという程の道具もなかったが、それらを簡単に風呂敷に包み上げると、松本はすっと立ち上がった。
すいません、ともう一度頭を下げて彼のを見送ろうと立ち上がろうとすれば、松本は笑って雪菜の肩を軽く押さえて留めさせ。

「見送りはいらぬよ。数日もすれば大丈夫だろうが、何か異変があればすぐに連絡するんだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」

仕様が無く、部屋から松本を見送った後、破れた着物からそっと腕を離し。
片腕が上手く動かないせいで、いつもより手間取りながらも何とか着替えを済ませた。
気付けば昨夜から一睡もしていないとはいえ、もうすっかり昼下がりの今となっては昼寝をする訳にも行かず。
恐らく仕事に追われているであろう土方へ、せめてお茶でもと、とりあえず部屋へ向かってみれば。
いつもなら声をかけてから入るものの、中から聞こえてきた声に、雪菜は反射的に口を閉じた。

「山南さん、あれ程あいつには持たすなって釘をさしておいただろうが。」
「えぇ、だから刀は持たした覚えはありませんが。」
「木刀だって同じだろうが。」

苛立った声が耳に届き、雪菜は襖にかけていた手を止めた。
中から聞こえてくるのは土方、そして山南の声。
そして、木刀云々と言っているあたり、自分の事が話題になっていると見当がついたが。
どうも声色から察する彼の語気の荒さに、雪菜は息を潜めて耳を澄ませた。

「あいつは、新選組でもないだろう。なにの、怪我なんてしやがって。」
「自分の剣は役に立つか、と聞いてきたのは雪菜君の方ですけれども。」
「だとしても、だ。俺はあいつをこっち側に引き込む気はない。それは近藤さんも同意見だ。」

襖越しにはきぱりと言い放たれたその言葉に、雪菜はかけていた手をそっと退いた。
何もしていないはずなのに、どくんどくんといつの間にか大きな音を立て始めた心臓を打ち消そうと息をつき。
この場に居続けるよりか先にお茶を煎れてこよう、と雪菜は静かにその場を後にして勝手場へと踵を返した。
昨夜の池田屋打ち入り後という事もあり、格段に静かな屯所内に、隊士達も昼寝でもしているのであろうか。
いつもなら、自分もゆっくりと落ち着いた午後を過ごしていた筈なのだが。
先ほどの土方の言葉が頭に反芻し、雪菜は歪みそうな顔を隠す様に勝手場の中に駆け込んだ。
手近に会った鍋を手を片手で取ろうとして、ずきりと肩が痛む。

「、…。」

何とか伝令を伝えたとはいえ結果的に怪我を負ってしまった、処置までさせてしまう羽目になってしまった。
怪我一つなくあの後合流できた山崎を嬉しく思うも、同時に突きつけられる力量の差。
自分の力なんて、結果的に何も役に立っていないではないか。

「ばかだなぁ。」

自惚れも程々にしろ、と胸中呟きながら雪菜は湯飲みを取り出した。
自分の剣が役に立つか、等、最初から答えは見えていたではないか。
あの時、あの様な問いかけに山南もほとほと呆れ返っていたのだろう。
身を以て分かってこいと言うのは、力量の差を分からす為だったのだろうか。
ふ、と諦めに似た笑顔が雪菜の頬から漏れた。
自分と彼等への見えない線引きを、改めて突きつけられた気がして。

「当たり前、じゃない。」

お茶葉を急須に入れながら、自然と漏れ出るため息。
自分はやはり何の役にも立たない、それなのに、少しでも勘違いをしてしまった自分が滑稽で笑いさえ同時に漏れてしまう。
どこか諦めに似た感情が渦巻く中、お湯を急須へ、そして急須から湯飲みへと注いでから、勝手場を後にした。
一応、二つの湯飲みを持ってきたけれども、まだ山南はいるのだろうか。
第一、まだ二人が会話をしているとなればどのように入っていけばいいのか、今更になってそんな事が頭を過り。
それでも冷めた茶を出す訳にも行かず、重い足取りで土方の部屋へと向かってみれば。

「お、もう動いて大丈夫なのか?」
「原田さん。」

まだ開けたままの襖からは、ちょうど部屋からでたばっかりと言った様子の原田が目の前に現れ。
雪菜がお盆を抱えているのを見れば、そのまま襖を締めようとした手を止めた。

「はい、そんなに酷くは無いですから。」
「ちょうどよかった、土方さんに団子持ってった所だったんだ。」
「あ、そこのお団子って。」
「そうそう、この前一緒に買ったやつな。ん?でも土方さんの分だけでいいんじゃねぇのか?」

湯飲みの数を見下ろして、首を傾げた原田に、雪菜の心臓がとくんと跳ねた。
どうやら、山南は既に部屋を後にしているらしく、言葉からするに恐らく部屋にいるのは土方のみ。

「あ、いえ…、昨日の今日ですから……、誰か部屋にいらっしゃるかと思って。」
「へぇ、気が利くじゃねぇか。」

ひょい、と雪菜の手にするお盆から一つ湯飲みを取り上げると止める間もなくそれに口をつけ。

「ん、やっぱお前の茶は美味ぇな。丁度いい、お茶出し終わったら部屋で余った団子、食おうぜ。」
「え、でも……。」
「土方さんなら事後処理で相手にしてくんねぇぞ。」

今は苛立ってるみてぇだし、と言葉を付け加えた原田の背後から、うるせぇ、と土方の言葉が室内から聞こえてくれば。
原田は苦笑を漏らしながら、しっと唇を軽く押さえる仕草をしてみせた。

「えっと、じゃあ。後でお部屋にお邪魔させて頂きますね。」
「あとで、な。」

大袈裟に言葉を殺しながら耳元でそっと囁いてその場を後にする原田に。
先ほどとは違う意味で心臓が大きく音を立てはじめ。
それを消す為に大きく何度も深呼吸を終えてから、ようやく雪菜は土方の部屋へと足を踏み入れた。




****
いや、でも土方さんは過保護だし、デフォが。
それを分からないとやっぱり、葛藤しちゃう…。
心に視点を上手く置ければ良かったけれど……
どうも…いつも以上に文が。
いやはや。
いやはや。
何この言い訳にもなってないあとがき…!
左之さんと団子いきましょう、わほい。

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