薄桜鬼-江戸- | ナノ
 






Untitled -14-





ここをまっすぐ駆け抜けて土方の元へと向かう、という山崎の指示の元、すぐ隣で雪菜は木刀を持ち直した。
走り出したばかりのせいか、まだ息もそうあがっていない中、山崎が口元の布を引き下げ。

「この先、追っ手がくるはずだ。何があっても、絶対に君は振り返るな。」
「お、って…」

彼の言葉に、暗に自分を踏み台にしていけという意図を汲み取り。
雪菜はちらりと山崎の顔を横目に見たが、彼は正面を向いたまま、足を緩める気配はない。

「今は、副長に池田屋が本命と伝える事を何よりも優先してくれ。一刻も早く、池田屋に隊員を。」
「、はいっ。」

口元の布を再び引き上げて会話を終えた様子の山崎のに、雪菜はただ吐く息と共に返事を返した。
万が一、追っ手が来たとしても。
自分が足止めできるわけがない、それに加えて自分が立ち止まれば戦う山崎の邪魔にしかならないだろう。
今は、何が何でも、四国屋へ向かった隊士達を引き戻す事を優先しなければならない。
と、山崎の言葉を噛み締めるとほぼ同時に。
視界から突如、山崎が消えた、否、足を止めた。

「山崎さんっ!」
「君は惑うな!直に合流できる!」

頭だけで振り返ってみれば、山崎の背後から出てくる数人の浪士達。
チャキと聞こえてきた山崎が短刀を抜く音に、雪菜は思わず足を止めそうになったが。
それを大きな声で制止した彼の声に押されるがまま、雪菜は再び足に力を入れた。
背後から聞こえてくる怒声や、刀音を振り切るように走ろうとすれば、そこに。

「逃がすかぁっ!」

脇道から突然飛び出してきた浪士が二人。
今度こそ行く手を阻まれてしまい、雪菜は足をゆっくりと止め。
少し上がり始めた息を抑えながら、目の前の二人を見つめて初めて、ぞくりと体が震えた。
月明かりに不気味に反射する日本刀に、すかさず雪菜も木刀を構えてみれば、じわりと襲い掛かる恐怖にごくりと唾を飲んだ。
生半可な気持ちでついてきたわけではない、それでも。
いざこうして”本物”の日本刀を自分へと向けて立つ男の表情は、やはり真剣そのもの。
今更になって、本当に自分の腕で太刀打ちできる相手なのか、と構えながらにして逃げ出したくなる衝動に駆られるが。
言葉をかけあう間もなく、男は雪菜が一歩足を後方へ滑らした刹那、手にしていた日本刀を高く振り上げた。

「、っ…!」

十分に男の剣先を目で追う事はできた筈なのに。
降りかかってくるそれに、硬直してしまった体はぴくりとも動かず。
左肩に走る鋭い重みと痛みをただ受ける事しかできなかった。
崩れ落ちそうになる体を何とか踏ん張り支えてみれば、ずるりと軽くなり抜き取られる刀の感覚。
再度叫びながら振り下ろしてきた男の腹に向かって、屈み込んで体が動くままに一突き、大きく打ち込んだ。

「ぐ、ぁっ、」

直に伝わる重たいその感触に、すぐにいつもの練習のように手を引き抜きそうなのをぐっと堪え。
そのままもう一歩足を踏み出し、体を折った男に追い討ちをかけるように更に一突き打ち込んだ。

「くそっ!」

腹を押さえて地面に倒れこんだ男のすぐ隣から、今度は別の男が刀を横に大きく振ったのを何とか抑えながら、雪菜は勢いに任せて男の手元に木刀を振り下ろし。
衝撃で刀を落とした男を確認すれば、男が刀を拾い上げるのより先に、目の前に開いた道を再び駆け出した。
肩に感じる生ぬるい感触よりも、痛みよりも。
ここで自分が伝えなければ、役に立たなければ。
その一心だけが雪菜の心を支え、大通りを駆け抜けた。
途中何人かの浪士が現れたが、今度は足を止めることなく、そして相手に構える隙を与える事も無く。
ただただ、打ち込みながら走り続け、どれ程経ったであろうか。
息も絶え絶えになった矢先、ようやく暗闇の中に浅葱色の見慣れた隊服を見つける事が出来た。

「土方、さんっ…!すいませ、通して下さ、っ…!」
「雪菜?何やってんだ、こんなところで。」

無我夢中で先頭に居るであろう土方の元へと、隊士達を力任せに掻き分けて行けば。
突然目の前に立ち塞がってきた人物に、思いっきり正面からぶつかってしまい、反動でよろめいた体に手が差し伸べられた。

「原田さ、ん、土方さんはっ…!」
「原田、何だこの騒ぎは。」
「土方さん!」

まさかこんな所に自分がいるなんて思いもよらなかったのであろう。
彼の瞳もまた、怪訝に大きく見開かれ。
事情を説明するよりも先に、雪菜は途切れ途切れの息から何とか言葉を漏らした。

「何でお前がここにいる。」
「池田屋……、会合は池田屋ですっ!」
「んだと?………くそ、あっちが本命か。」

厳しい表情を宿した土方は、雪菜を見つめそして数秒思惑を巡らせ理解したのか、溜息をつきながら悪態をつき。
雪菜の肩の傷へと視線を移してさらに眉間の皺を深め考え込んだ土方の隣で隊を纏めていた原田も同じく眉間に皺を寄せた。

「お前、その肩……、やられたのか。」
「大丈夫です、大した事ありません。」
「っても、手当ぐれぇ―――」
「それより、早く。」

原田が隊士に声をかけようとしたのを慌てて制止し、雪菜は首を横に振った。
今ここで自分の為に隊員の数を裂いてもらう等、したくはない。
それよりも、池田屋に向かった少数の隊の援護へ、と土方の顔を振り返れば。

「斉藤と原田は隊を率いて池田屋へ向かえ。俺は余所で別件を処理しておく。お前はこっちへ来い。」

その言葉にいち早く斉藤は自身の隊へと身を翻し、原田も自身の隊を振り返るものの、再び雪菜へと向き直った。

「守ってやりてぇが、悪い。今はそうもいかねぇ。」
「いえ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃ、ねぇだろ。」

いつもより厳しい表情を宿してはいるが。
くしゃりと撫でるその大きな手から感じる温かさはいつもと変わらない。

「俺が帰るまで、安全なとこいてくれよな。」
「、はい。」

頭を撫でていた手がするりと頬へ落ちたかと思えば。
見上げた原田の顔は、何か言いたそうではあったが、彼は手を引くと踵を返して隊を誘導し始めた。
池田屋へと向かう隊を見送っていれば、土方から呼ばれ慌てて傍へと駆け寄った。




****
刀。
刀傷。
ああ、左之さんの心労が増えて行く……。


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