薄桜鬼-江戸- | ナノ
 






Untitled -13-





ばたばたと慌ただしく出て行った隊士達を見送って、しばらくが経つ。
いつもより早めの夕食を準備し、片付けが終わる頃にはすでにほとんどの隊士が入り口へと隊を成していた。
長州の会合がある、という話は土方が朝食時に話してはいたが。
いつもより、出動人数の多い隊の集まりが、今日の”捕り物”がただ事ではない事を物語っていて。
それでも、いってきますと元気よく出て行った隊士の後ろ姿に、雪菜はいつものように無事を祈ってから大分経つ。
一方自分は、広間にて山南と供に待機という事だけを命じられた為、特にすることもなく鎮座していた後、雪菜は勝手場からお茶を運び広間へと再び戻ってきた。

「山南さん、お茶入りました。」
「貴方は、土方君の小姓でしょう。」

静かな広間のどことなく重い空気の中、鎮座していた山南に湯飲みを差し出してみれば。
それを厳しい表情で見下ろしてから後、ふ、と表情を緩め。

「貴方は飲まないのですか?」
「あ、いえ、私は大丈夫です。」
「わざわざ煎れて頂いて、すいません。」

一つしかないそれに、山南は口をつける前に少しだけ顔を傾け。
雪菜の返答に、目だけで笑うとゆっくりと湯飲みを持ち上げた。

「これくらいしか、出来ませんから。」
「私は、片腕でお茶すら満足に煎れませんよ。…それに、少なくとも、貴方も私よりかは刀を持てば、力になるでしょう。」
「そんな……」

自嘲のような笑みを漏らしながら、湯飲みに口をつけた山南に、雪菜は思わず口を噤んだ。
ここに来てから暫くして、山南の負傷の事は聞いたとはいえ。
たびたび交わす言葉の節々に漏らす彼の皮肉めいたそれに、雪菜は曖昧に返事をするしか術はない。

「私も、都合良く神隠しにあってしまえば良いんですが。」
「……、神隠しにあったからといって、良い訳では……。」
「新選組としてここに身を置く以上、剣で力になれないとなると…、ただの役立たずですよ。」

表情さえいつもの様に笑ってはいるものの。
度重なる山南の言葉に、雪菜は堪えきれずに俯きながら目を伏せた。
この時代に生きる人々にとって、新選組に属する者達にとって。
剣が使えないという事がどれほど命取りになるのか、体験こそしてないものの、理解は一応しているつもりだ。
だからこそ、言葉だけの慰めがどれだけ彼を惨めにするか分かるからこそ、気の利いた返す言葉が見つからない自分を情けなく思いながら、雪菜は小さく唇を噛んだ。

「貴方の居た所では、戦はありましたか?」
「いえ、日常的には……、稽古場以外での剣を持つ事が禁止されていたので…。」
「それにしては、貴方の剣の腕はなかなかのものだとお聞きしたんですが。」

練習に励んでいたのですね、と述べてからお茶を啜り。
そして俯いている自分へと視線が送られているのを感じながら、雪菜はお盆を膝の上に置きなおした。

「別に、貴方に剣を持てと言っている訳ではありませんよ。」

すいませんね、と暫しの沈黙の後に言葉を漏らした山南の表情をそっと見上げてみれば。
先ほどまでの自嘲の笑みではなく、どこか寂しい色を落とした彼の笑みが見受けられた。

「我が身がどうなろうと、少しでも役に立ちたいのですが、それが出来ない今となっては、」

そこまで述べてから、山南は言葉を切り。
そして苦笑のような笑みを浮かべて雪菜を見据えた。

「だから、貴方を見ていて純粋に羨ましいんですよ。貴方は自分の剣の腕が何れ位のものか分かる程の、上級者であると太刀筋からお見受けしたので。」

もう一度、すいませんね、と彼は言葉を呟いて、小さく息をついた。
そんな山南を見やりながら、雪菜は膝の上に置いていたお盆を見下ろし。
彼の今しがたの言葉を心の中で反芻しながら、言い返す言葉も無くお盆の上に重ねていた手に力を込めた。
自分はここで小姓として身を置く。
それは、自分の行き場所が無い為、ただそれだけの理由で、自分をここに置いてくれた土方、そして新選組。
常日頃、生と死を隣り合わせに置く彼等にとって、知識もほとんどない自分という存在はどれ程の重荷になるのか。
食事や掃除の世話だけで本当にいいものか、と小さく浮かんでいた疑問が燻った。
かといって、自分の力が他に役に立つのか等、烏滸がましくも聞く事もなかったが。
先ほどからの山南の言葉に、ついに雪菜は乾いた唇を舐め、口を開いた。

「私の、」

沈黙が走っていた広間に響く、雪菜の声、山南はぴくりと眉をあげた。

「私の、剣は役に立つと思いますか。」

その言葉に、山南が口を開こうとしたその時。
勢い良く広間の襖が開かれた。

「山南総長、奴らの会合場所が、池田屋と判明いたしました。」
「ああ、それは困りましたね。」

忍び装束に身を包んで広間に入ってきた山崎を、山南は手にしていたお茶を戻してから立ち上がり。

「山崎君、ひとつ面倒を頼まれてくれますか?」

山崎は山南からの言葉を待つ様に先を促す視線を山南に、そしてその隣に鎮座していた雪菜へと向けた。

「まず敵の所在は池田屋へあると、四国屋へ向かった土方君に伝えて下さい。そして、」

そのまま広間の端へと歩きながら、山南は言葉を続ける。

「この子を、連れて行って下さい。」
「え、」

緊迫した空気が流れる中で、発された山南の言葉に、山崎だけでなく雪菜もまた、目を見開いた。

「お言葉ですが総長。伝令であれば俺ひとりで事足ります。」
「伝令に向かう途中、他の浪士に足止めされるかもしれません。それに、―――彼女の腕は私が保証します。」
「山南さん…!」
「これを持って行きなさい、……土方君に刀は持たすなと言われてますからね。」

彼の言葉に、思わず雪菜が言葉を上げてみれば、彼は広間の端に相変わらずたてかけてあった木刀を手にとり。
それを真剣な表情を浮かべる雪菜の前に差し出した。

「貴方の剣が役に立つ身を以て分かる良い機会でしょう。伝令は一刻を争います。途中で浪士に足止めされた場合は、貴方が。」

山南の言葉の裏に暗に意味するそれに雪菜は顔の力を引き締めた。
それ程まで、緊迫している様子は、急かす様に雪菜をみる山崎からも容易にみてとれる。
貴方ならこれで十分でしょう、と山南が差し出したそれを見て、雪菜は暫く戸惑った後に。

「わかりました。」

手に馴染むその木の感覚をぐっと握りしめて。
再び走り出した山崎の後を追いかけてはじかれたように広間を後にした。




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短っwww
木刀って、意外とすごいですよね。
あ、意外でも何でもないか…。


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