Untitled -12- チチチ、というすっかり聞き慣れた鳥の鳴き声。 ここに来てからの目覚まし時計代わりのその鳴き声に、雪菜は顔をしかめた。 少し重たいその瞼を開けてみれば、襖が陽の光に明るく染まっている。 ころん、と寝返りを打って、その光を遮断しようとして。 いつもの瞼の重さに加えて、少しだけ熱い目を手で擦ろうと、して。 がばりと布団から跳ね起きた。 眠りの世界に居た頭は、一気に現実へと引き戻されて、雪菜は辺りを素早く見渡し。 「夢……、なわけ、ない、よね?」 自身へと問いかけ、雪菜は首を振って否定の声を漏らした。 しっかりとかけられていた布団を見下ろして、そして昨夜の出来事を思い出せば自然と頬に熱が込み上げてきて。 部屋をもう一度見渡しながら、再度、夢だったのかと胸中に問いかけてみれば、腫れて重たい目が、それを否定する。 「う、わぁ。」 漏れ出た声を抑える様に、雪菜は布団に埋めた。 いくら、弱っていたからといって。 かなり大胆な事をしてしまった自分に、違う意味で泣きたくなる。 「どうしよう、」 恥ずかしいやら、申し訳ないやらの感情が渦巻く中、布団へと顔を埋めたまま暫くして。 チチチ、と再度耳に飛び込んできた鳥の鳴き声に、雪菜は慌てて袴に足を通して勝手場へと向かうべく廊下へと出た。 まだ、静まり返ってはいるが、何人かとすれ違いながら屯所を足早に歩き抜けば、朝稽古でもしていたのだろうか、永倉と藤堂の姿。 「お、早いな、雪菜ちゃん。おはよう。」 「おはようございます。」 へこりと頭を下げてから、ゆっくりと頭を上げてみれば。 二人の背後から土方が不意に角から姿を現し、慌てて雪菜は再度頭を下げた。 「なんだぁ、土方さん、んな朝っぱらから何処行くんだ。」 「なんだとは何だ。ちょっと体動かしにな。」 「うげ、土方さんが?」 「俺が稽古しちゃ何か問題でもあるのか。」 むすっとした表情で腕を組む土方に、藤堂は慌てて首を振り。 不満気に目を細めながら背を向けた土方は、ふと思い出したようにその場に振り返った。 「ところで、例の長州の件だが。おそらく今夜あたり、騒がしくなるぞ。」 「おお。」 「つぅわけで朝食が済んだら、隊士達を集めてくれ。今夜の事で話がある。」 了解、と藤堂がどこか嬉しそうにそれに答えると、永倉もまた、隣で活気に満ちた瞳を光らせた。 今の土方の言葉が具体的に何を意味するかは分からないが、すっかり聞き慣れた長州という言葉に大方の想像はつく。 「えっと、じゃあ私はこれで……、」 勝手場の入り口に立てかけてある盥を拾い上げて、朝食の準備をするべくその場を後にしようとすれば。 今度は山南が姿を現した。 普段は自分一人な筈の勝手場が、今日に限っては偶然とはいえこんなに揃うのは珍しい。 ぺこり、と頭を下げると、彼もまたいつもの様に丁寧にお辞儀を返し。 「、という事は、私は屯所で待機ですか。」 「山南さんには、ここを守ってもらわねぇといけねぇからな。」 「とはいっても、私は使い物にはなりませんけどね。」 人のいい笑顔を浮かべる割には、どことなく皮肉めいたその言葉に、沈黙が走り。 ちらりと気まずいながらも雪菜が山南をこそりと見上げるとほぼ同時に。 「まぁ、貴方が居れば、どうにかなるでしょう。」 しっかりと視線のあった山南の言葉に、雪菜がそのまま体を硬直させて彼の真意を汲もうとすれば。 隣に居た土方はどこか探るような視線で山南を一瞥した。 「山南さん、こいつには持たせんなよ。」 「えぇ、わかってますよ。」 冗談ですよと笑いながらその場を後にした山南を見送り、雪菜はいまだに自分の隣でその後姿をじっと見つめる土方の顔を見上げた。 「あの、何を持つんですか?」 「おめぇは、知らなくていい。」 質問を許さない、ばっさりとした彼の物言いに、雪菜はそのまま黙って盥を持ち直した。 どことない、気まずい空気が四人を包んでいたかと思うと、今度はくぁ、っと大きな欠伸を漏らしながら原田が顔を出した。 「ねみぃ。」 「お、左之。珍しいな、何やってんだ。」 「お前らこそ、こんなとこで何やってんだ。」 もう一つ大きな欠伸を漏らすと、原田は眉を上げて四人を見やる。 端から見れば、勝手場の前でたむろしているこの光景はかなり珍しい光景だろう。 「俺らは朝稽古してたんだよ。」 「へぇ。」 ぽりぽりとお腹を掻く彼の様子は、まだ随分眠たそうで。 その原因が計らずしも自分にあると思えば、申し訳なくなる一方で、昨夜の出来事の胸をざわつかせ。 恐る恐る原田を見上げてみれば、土方と会話を二三交わす彼の横顔が目に入る。 思わずその横顔を見ただけで、頬に熱が再び上がって行くのを感じて、雪菜は慌てて頭を下げた。 昨夜の事を謝りたいが、今ここで謝るべきだろうか、等と彼等の会話を耳で聞きながらぐるぐると考えを巡らせていると。 「おっと、やっべ。稽古場に手ぬぐい忘れちまった。」 取ってくるわ、と踵を返して廊下をドスドスと走りだした永倉に、土方の、走るな、と怒鳴る声がすぐ耳元で響き、思わず肩を竦めてしまう。 そして永倉を追う様にその場を去った土方に、恐らく土方は後ろを向いていると思ったのであろう、変な顔をしながら振り返った永倉に、ケラケラ原田と藤堂の笑い声が響いた。 永倉の走る音と、土方の怒声がもう一度響き渡るのを受け止めながら、雪菜は手にしていた盥を持ち直した。 「お、悪いな、朝飯の準備の邪魔しちまって。」 「あ、いえ。」 それに気付いた原田からかけられたその言葉に、土方の時とは別の意味でぴくりと肩を縮ませ。 そっと彼を見上げてみれば、どうした、といつもと何食わぬ表情でこちらを見下ろしている。 「あ、雪菜!俺の朝飯、大盛りにしてくれよな。お前の飯、美味ぇし箸進むんだよな!」 にかっとまっすぐな笑顔を向けられて、おずおずと頷いてみれば、藤堂は更に顔を破顔させ。 いつも食事中にも美味いと声をかけてくれる藤堂に、昨日の原田の言葉を思い出す。 自分のご飯を楽しみにしてくれている人が、いる。 それがじんわりと嬉しくて、雪菜もまた彼の笑顔に笑顔で答えた。 「んじゃ、俺、飯までに汗流してくる!」 「俺も、顔洗ってくるわ。」 タッ、とその場を走りだした藤堂の後を追うように、原田も雪菜の前を通り抜け。 ぽんぽん、とまるで当たり前の様にその頭を数回撫で。 「あ、あの、」 「ん?どうした?」 まるで昨日起こった事等、夢であったかのように。 いつもと変わらぬ原田のその首を傾げた様子に、謝るべきか、お礼を言うべきか迷っていると。 頭上でふっと笑う気配を感じたかと思えば。 「今日も飯期待してっからな、―――雪菜。」 そのまま歩き出し、ひらひらと背中越しに手を振る原田の後ろ姿に、雪菜は今しがた触れられた頭を自分の手で抑え。 最後に付け加えられた、自分の名前に。 昨夜の事が夢ではないと裏付けられるかのようで。 どきどきと高鳴る言い知れぬ鼓動を押さえて、雪菜も小走りに井戸へと向かった。 **** 鳥とか書いておきながら、この時代の目覚ましって、鐘の音とかですよね? 私はきっと起きれない… >>back |