薄桜鬼-江戸- | ナノ
 




Untitled -11-





布団の中から顔をだしながら、雪菜はぼんやりと天井を見つめた。
嫌でも考えてしまう、昼間の男の事。
自分を見つめる男の瞳は、自分があちらの世界で両親に引き取られたのと同じ光を宿していて。
自然と緩まりそうな涙腺を堪えるように、瞳を閉じた。
瞼の裏に浮かび上がるのは、もといた世界。
ここに来て数ヶ月は経つが、久しぶりにあちらを思い出し、雪菜は布団の中で小さく体を丸めた。
時間が経てば経つ程、なくなっていった自分の居場所。
ひく、と気付けば自分の体が震えている事に気付いた。
考えないようにしていた、開けないようにしていたその記憶がじわじわと蘇ってくる。
ここの生活が良くなれば、なる程。受け入れられれば、受け入れられる程。
本当にここに居ても大丈夫なのかという、疑心が込み上げてくる事実。

「も、いや……」

そんな事は無いと、強く言い聞かせれば言い聞かすほど。
蓋を閉めていた疑心が、涙となって零れ始めた。
堪えるように指をぐっと噛み、それを落ち着かせていた、その時。

「雪菜、起きてるのか?」
「っ……」

不意に襖越しにかけられた言葉に、雪菜は閉じていた瞳を開いて体を強張らせた。
噛んでいた指を更に強く噛み閉めて、必死で声を押し殺すが。

「悪い、入るぞ。」

すっと襖が開かれ、そして差し込んできた月の光の眩しさに瞳を開けてみれば、そこから覗き込む原田のとすぐに視線が合い。
襖からこちらを覗き込んだその瞳が、雪菜に気付いて目を細めたのがすぐに分かった。

「どうした、怖い夢でも見たのか。」

その問いかけにはじかれたように雪菜は目を擦り、顔をこすり。
体を起きあげて顔に張り付いていた自分の髪の毛を払った。

「い、いえ…すいません、ごめんなさい……」
「雪菜?」
「起こしてしまって、ごめんなさい、ごめんなさ…」
「おいおい、落ち着けって。」

自分と原田は布団を挟む程の距離はあった筈なのに。
なのに、力強く引っ張られたかと思うと、目の前に入ってくるのは彼の紅い後ろ髪。

「……どうした?」
「な、なんでも…」
「なくはないだろう?」

温かい、その腕の中。
くっきりとついてしまった歯型の残るその手を撫でながら握り締める、大きな手。
そして、自分の頭をしっかりと押さえ込むようにまわされたもう片方の、大きな手。
自分が抱きしめられているという事実に気付くまで、暫くの時間がかかった。

「雪菜?」
「……ごめ、なさ、」
「何が、あった。」
「………。」

原田の表情こそ見えないが、彼はしっかりと自分を抱きしめたまま。
結いあげていない雪菜の髪の毛に指を通しながら、安心させるように何度も頭を撫で続けている。
胸の中でぐるぐるといろんな感情が沸き上がる中、雪菜は原田の胸元を縋るように掴んだ。

「雪菜?」
「や、怖い…、」
「怖い?」
「………、」
「吐いちまえ。…大丈夫、こう見えて口は堅いからな。」

頭にかかった手が少しだけ緩んだと思うと、力の入っていない体を支えるように、原田は雪菜の顔を覗き込んだ。
少しだけおどけるような彼の言葉に、雪菜は戸惑ったように首を横に振ったが。
彼の瞳は、先を促すように雪菜をじっと見つめ。
ずいぶんとその状態が続いた後に、雪菜は目を伏せて言葉を紡ぎ始めた。

「名前を、呼んでもらえることが、お礼を、言ってもらえる事が。私を、必要としてくださっている事が。今まで一度もなかったので…だから、すごく嬉しい、筈なのに。」

視界に入る、原田の胸元を掴んでいる自分の手。
もう反対側の手は、相変わらず原田の手が重ねられており、その心地いい温かさが冷たい手をゆっくりと温めていく。
その、労るような優しい温かさに、震える自分の体を押さえて。

「いつか、……また飽きられてしまうと…居場所がなくなってしまうとって……、思う、と。」
「飽きる、だと?」
「……物珍しいだけ、だから。」

何を、とは言わずに雪菜は胸元から原田の顔をゆっくりと見上げた。
語らずしても、その双方の瞳で原田を捉えるだけで、彼にはきっとその意図が伝わったのだろう、彼は表情を少しだけ歪めた。
その彼の表情に、雪菜の心がズキリと痛んで見上げた事を後悔するように再び視線を下げ。

「やっぱり、気持ち悪い、ですよね……」
「誰がいつ、そんな事言ったんだ。」
「………、でも……。」
「ここに居る誰かが、一度でもお前の瞳を見てそんな事言ったのか。」

脳裏に過ぎる里親の顔、そしてここでの八百屋の店主の男の顔。
それでも、雪菜は頑なに首を振るしかできなかった、これ以上心配はかけれない。

「生まれつき持ったもんは、仕方ねぇだろ。」

そう、彼の言う通り。
こればかりは、自分ではどうしようもない。
どれだけ取り繕っても、異質な存在として、嫌悪や好奇の瞳で見られてしまう。
そして、好奇の視線は、やがて嫌悪のものへと変わっていく事も、身を以て経験してきた。

「俺は、一色しか持てない色を、二色も持てるなんて綺麗だと思ってたけどな。――――お前の瞳、俺は好きだ。」

まっすぐに伝えられる言葉は、上辺だけの言葉でも、偽
りの言葉でもない事は、十分に伝わる。
幾度となく見てきたその琥珀色の瞳に、雪菜は止まっていた涙が再び流れそうになるのを必死で堪え込んだ。

「誰が飽きるんだよ…もうすっかりお前の作る飯になれちまったってのに。」

先ほどの真剣な瞳に、穏やかな色を落とし。
その泣きたくなる程優しい瞳に、原田の存在に。
大声をあげて泣いてしまいたかった、甘えてしまいたかった。
それでも、これ以上迷惑はかけれないという思いも胸に過ぎり。
歪みそうになった顔をぐっと唇をかんで堪えて体を離そうとするならば、その体が強く引きとめられた。

「たまには…誰かに身を任せて泣くのもいいだろう。」
「、でも」
「泣いちまえよ、楽になる。」

本当に、いいのだろうか。
その疑問が胸の中で燻るのを、見越していたように。
原田は雪菜の額にあやすように軽く唇を落とした。
いいから、と言わんばかりに。

「……、ごめ、なさい…」
「謝らなくていい。」

耳元に落ちてくる原田の声に、雪菜は瞳を閉じて原田の胸元を強く握り返した。
ぎゅっと更に自分を抱きしめる力が強くなったのを感じながら、雪菜はその大きな体に身を預けると、再び涙を零し始めた。




****
泣くのを我慢している時に、おでこにちゅうされると泣きたくなりませんか。
恋人に限らず、家族でも、友達でも。
あやすっていうのかなぁ。
多分、外国文化?
あれ、左之さんどこでそんな技を身につけて…?(笑

>>back