薄桜鬼-江戸- | ナノ
 




Untitled -10-





いつもの様に夕食を終え、雪菜は勝手場にて下げてきた食器を盥にとつけ込んだ。
水道がないのは不便だが、あちらの世界より時間がゆっくりしている分、特に苦痛ではない。
がちゃ、と洗い始めようと皿を手に取ったその時。

「これ、忘れてってたぞ。」
「え、あ、すいません。」

ふとかけられたのは、聞き慣れた声。
それに振り返ってみると、予想した通り、原田が手に小鉢を持っていた。

「お手数をかけてすいません。」
「何、これくらい。」
「ありがとうございます。」

そういって小鉢を受け取り、彼を見上げると、原田は少しだけ目を細め。
見下ろす雪菜の頬にかかっていた前髪をさらりと耳にかけた。

「今日も飯、ありがとな。」
「いえ、お口に合ってよかったです。」
「お前の飯、俺好きだな。……良い奥さんになる。」

さらり、とでた彼の言葉に、思わず目を瞬かせてしまう。
その言葉で全ての動きが止まってしまった雪菜の姿に、原田は眉をあげて首を傾げる。

「どうした?」
「え、え、あ、いや、その…」
「なんだよ。真っ赤になって。」

けらけらと吹き出して笑いだした原田に、より一層熱くなった自分の頬に、水仕事をしていた手をそのまま当てがうが。
どうにか言葉を紡ごうと思ったが、思う様に言葉が口から出てこない。

「本当の事言っただけだってのに。」
「………、余り、そう言う事、言われ慣れてませんから…。」
「何だ、俺だって誰彼構わず言ってる訳じゃねぇぞ。」

原田が不満そうに紡いだその言葉に、今度は思わず落としそうになった小鉢を必死で抱え込み。
その様子に更に可笑しそうに笑いだした原田に、雪菜は苦笑に似たため息を漏らした。

「……、ありがとうございます。」
「ん?」
「お礼の言葉…、かけて下さって。」

へこり、と頭を不意に下げた雪菜に、原田はもたれていた勝手場の柱から体を起こし。
頭を下げた雪菜の顔をしゃがんで覗き上げた。

「おいおい、それはお前が言うもんじゃねぇだろ。」
「でも…」
「美味い飯を作ってくれてるのは、お前だろう。俺らが、感謝するべき事だろうが。」

な、といってわしゃわしゃと撫で付けるその手に雪菜は小さな笑みを漏らした。
この人は、自分がどれだけ雪菜の心を暖めているかきっと分からないのだろう。
事あるごとに、気にかけてくれている彼の行動に、自分は少なからず救われている。

「それに、あっちの世界でも、飯作ってたんだろう?」
「……はい。」
「お前の飯、こんな美味いんだから、自然に礼の言葉くらいでてただろう?」

何気なく出た原田の言葉に、思わず言葉を詰まらせる。
久しぶりに脳裏を過ぎる、里親の顔。
彼らから礼を言われる事なんて、そんな事あったであろうか。
そもそも、顔を合わす事すらしていなかったのだから、会話をする機会さえ無かった。

「、一緒に……食べてなかったので……」
「何でだ?」
「ほら、……私って養子でしたから、……本当の家族が出来ると、やっぱり……」

仕方ないです、と出来る限り顔に笑顔を貼付けて、雪菜は背を向けて手にした小鉢を盥の中へと入れた。
何事も無いように装ってはみているものの、果たして原田の目にはどう写っているのか。

「お前ー……」

ガチャリ、と食器を重ねて水に浸けていると、原田が背後で口を開きながら立ち上がる音がした、のと同時に。
ペタペタとこちらへ向かう足音に、雪菜は手を止めて振り返った。
原田の物言いたげな視線を受け止めたが、すぐにその隣から、ひょこりと藤堂が顔を覗かせ。

「雪菜、居た居た。土方さんが、来客があるから茶をくれ、だってさ。」
「何だ、こんな時間に来客か。」
「みてぇだよ。近藤さんも少し慌ててたみたいだけど。」

そうか、と特に気に留めた様子も無く原田は頷くと、その場の柱へと再び背を預けた。
先程の続きを言う素振りを見せない彼に、雪菜もそれ以上追求せずに戸棚を開けながら、藤堂へと問いかけた。

「えと、お茶、いくつっておっしゃってましたか?」
「あぁ、三つだって。」

手に三の形を作ってだした藤堂に、雪菜は口元に笑みを作り、茶菓子を適当に数個、そこから取り出した。
それを置いて、湯飲みに手を伸ばしていると、背後からぴしゃりと手を叩く音が聞こえる。

「こら、お前は飯食っただろうが。」
「いって、何だよ、一個くらい良いじゃんかよぅ」

相変わらずの掛け合いを耳に聞きながら、雪菜はお茶の準備を進めていると。

「で、左之さんはこんなトコで何やってんの?」
「食器の運び忘れがあったからな。」
「ふぅん…」

少し面白そうに目を細め、黙々とお茶の準備を進める雪菜の背中にわざとらしく藤堂は顎を数回向け。
何やらよくわからない仕草をしている藤堂に、原田は苦笑を浮かべた。

「何だよそれ。」
「別にぃ?ただ、左之さんの抜け駆けっぷりには俺も適わね…って、痛ぇえっての!」
「おお、悪い、ゴミがついてたから取ってやろうと思って。」

聞こえるはずのない、ミシっという音に雪菜はようやく手を止めて振り返ってみると。
そこにはいつもの大きな手で藤堂の頭を押さえつけている原田の姿。
痛い、と悲鳴を上げている藤堂ではあるが、この程度ならいつも見慣れているのと変わらない。
自分が止めるものでもない、と思い雪菜は苦笑を浮かべながらも、茶菓子を来客用の皿に乗せ変えた。

「雪菜も止めてくんねぇし……」
「お前の馬鹿っぷりに呆れてんだよ。」

痛い痛いとまだ声をあげる藤堂に、原田は更に力を込めているようで。
そんな様子を微笑ましく見つめながら、雪菜は藤堂へと茶菓子を一つ差し出した。

「これ、どうぞ。」
「え、くれんのか!」
「おいおい、一度甘やかすと調子にのるぞ、平助は。」

わざとらしく眉を潜めた原田に、雪菜はくすくすと笑いを漏らしながら。
藤堂の頭に置かれていた手とは反対の原田の手にも、茶菓子の包みを乗せた。

「原田さんにも、どうぞ。……じゃあ、私はお茶を出してきますので。小鉢、持ってきて下さって、ありがとうございました。」

へこり、と頭を下げると二人が勝手場の入り口から雪菜を通す様に道をあけ。
藤堂がさっそく茶菓子を頬張りながら、ありがとな、ともごもごと伝えるそれに、お盆を持ったままにこりと笑って雪菜はその場を後にした。




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後ろ姿じって見られたらきゅんってします(見えないけど)


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