薄桜鬼-江戸- | ナノ
 





Untitled -9-





ここに来てから何度か外出はした事があるが。
今日の外出は少し緊張する。
その元凶の男、横を歩く近藤の姿をちらりと横目に見つめて雪菜は少し足早に彼を追った。

「ん?すまない、歩くのが早かったか?」
「あ、いえ。大丈夫です。」

ここに来た当初から、何度か顔はあわせてはいるものの。
新選組の局長ともなればやる事も多いのだろう、地方への度重なる外出に、長い間屯所を開ける事も珍しくない。
久しぶり顔を見たとなっても、仕事の事で立て込んでいる様に見えるので、雪菜と会話する事も少なかった―――はずが。
夕食の準備を始める前に、野菜を確認してみると。
いつもなら隊士達が揃えてくれている野菜が足りないという事が判り、土方の部屋へと足を運んでみれば、珍しくそこに近藤の姿。
雪菜の事情を聞くと、新選組がいつも買い出しをしている八百屋へとわざわざ連れて行ってくれるという事になった。

「それにしても、どうだね。屯所での生活に不便はないか?」
「はい、皆さんとてもよくして下さるので、……私にはもったいないぐらいです。」
「やっぱり女性が交じると自然と隊士達のやる気も出るんだろうな。」
「はぁ。」

それでは男装をしている意味がないのでは、という疑問を浮かべながらも、雪菜は近藤に続いていつもの町並みを歩いた。
たまに巡察に連れて行ってもらう道筋と同じ道を歩き、そして少し行った所で角を曲がり。
普段は入らない路地裏に入った所で、近藤は足を止めた。

「いつも、この八百屋で野菜を仕入れているんだ。」

人気もなく少し寂れてはいるものの、店の前にはたくさんの根菜類が無造作に並べてある。
丁度、店主からお代と野菜を交換している初老の客を見るあたり、知る人ぞ知る、と行った所なのだろうか。

「さぁ、どれがいるんだい?」
「えっと…」

近藤に促されて、必要な野菜を脇においてあった籠へと入れ始めていると、背を向けて客を見送った店主は、店先に立つのが近藤だと分かると慌てて頭を下げた。

「これはこれは、いらっしゃいませ。今日は何のご用件で……?」
「はは、そんな畏まらなくてもいいぞ。なに、いつもの野菜の買い出しだ。」
「そうですか…どうぞどうぞ、何でも見てってください。」

手を摺り合わせながら店主は、籠に野菜を入れている雪菜を見下ろしすと、見慣れない姿に、二度程視線をやり。
それに気付いて、ぺこりと会釈をしてみれば、店主も同じ様に頭を軽く下げて、近藤へと視線を戻した。
近藤と何言か言葉を交わしているのを耳にしながら、雪菜が玉葱に手を伸ばしていると、ふと。

「雪菜君。すまないが、すぐそこで墨を買ってくるから、少しここで選んでおいてくれるか。」
「あ……はい、わかりました。」

すぐ戻るから、と近藤はぱたぱたと足早に路地を戻りあっという間に姿を消してしまうのを見送ってから、擦りあわせていた手を店主はすっと下ろし。
そのままそこに立ち尽くしていたかと思うと、無言で芋の選別をし始めた雪菜の横にしゃがみ込み、遠慮なく雪菜の顔を覗き込んだ。

「お前さん、新選組としては見ない顔だな。」
「…、最近ここへ来ましたから。」
「へぇ。なんだ、隊士なのか?」
「……小姓です。」

近藤の前での口調とは打って変わって馴れ馴れしいようなその視線と、口振りに、雪菜は顔を反らしながら芋を選び始めた。
その間も、じっと静かに自分の方に向いているの気にかけない素振りをしながら、雪菜が最後に大根へと手を伸ばすと、突然その腕が店主によって掴まれた。

「やっぱり。」
「な、何が、ですか。」
「……お前さん、両方の目、違う色してんな。」

店主の言葉に、意図的に反らしていた筈のその視線を思わず見返してしまい。
それに目が合った店主は露骨に眉を潜めると、暫くしてからゆっくりと口角を歪めあげて笑った。

「へぇ、奇妙な色だ。」
「、離してください…。」

自分を見つめるその瞳が、酷く居心地が悪く、雪菜は思わず店主のその手を引き戻した。
勢いで自分の手から転がり落ちてしまった大根を、慌てて取り上げると、店主はもう一度、へぇ、と漏らし、雪菜を見つめ。

「すまねぇな。珍しかったから、つい。」

そのまますぐに立ち上がった店主に、残された
雪菜もその視線に振り返ると、近藤が軽く手をあげて二人に笑顔を向けた。

「待たせてすまないね。終わったかい。」
「は、…はい。」
「じゃあ、これを頂くかな。」
「いつもありがとうございます、旦那。」

今しがた自分が見た様子とは打って変わりながら、へこへこと、頭上で店主へと頭を下げるのを感じながら、雪菜は息を吐いてから手にしていた大根を籠へと突っ込んだ。
それを持ち上げようと腰を浮かせば、近藤は中の野菜を見て満足そうに笑うと、雪菜に代わって籠持ち上げて店主にそれを差し出す。

「そうだ、”彼”もここへ来たばかりでな。これからここへ顔を出す事もあるだろうから、よろしく頼む。」
「……それはそれは。こちらこそ、是非とも。」

雪菜の顔こそ見はしなかったが、店主は少しだけ声色をあげてそれに言葉を返すと、籠の中をちらりと見ただけで受け取る事無く、それを押し返し。
近藤が苦笑しながら差し出したお金を確認もせず懐へしまうと、最後にもう一度だけ雪菜に視線を向けてから、二人へと丁寧に頭を下げた。

「さて、じゃあ行くか。」
「あ、近藤さん。私、持ちますよ。」
「これぐらい気にする事でもないだろう。」

にかっ、と笑いながら差し出した雪菜の手を首を振って断ると、近藤は店主にもう一度挨拶をして歩き出してしまった。
慌ててその後ろ姿を追いかけ、もう一度手をさし伸ばしたが、それもまた断られてしまい。
しょうがなく、近藤が今しがた購入してきた墨を代わりに受け取り、歩きながら耳にかけていた前髪を視界へと引っぱり戻した。

「あそこの店は、新選組がここへきてからずっと世話になっててな。」
「そう、なんですか。」
「まぁ、金勘定は少しいい加減な奴なんだがな。それでも、毎回切らす事なくこうして美味しい野菜を提供してくれてるんだ。昔は、家庭を持っていたらしいが……、」

そこまで言って、近藤は口を閉じて困ったような笑顔を浮かべた。
そこまで聞くと大方の事は想像がつく。
寂れた店先から覗ける店の中は、到底家族が居る様には見えない。
恐らく、あの店主一人で切り盛りしているのだろう、それでも。
あの一瞬見せた店主の表情、言動がちりっと頭に焼き付いて、雪菜は無意識に震え出た息を静かに押し殺した。
そっと足を止めて後ろを振り返ると、まだ店先でこちらを見つめていた店主と目が合い、慌てて近藤の後を追って角を曲がると、すっかり見慣れた浅葱の隊服が目に入った。

「お、近藤さんに……雪菜じゃねぇか。何やってんだ、こんな所で。」
「おお、巡察ご苦労。」

ちょうど、いつもの道順で巡察を行っていたのか、そこには隊士達をつれた原田の姿。
新八達はあっちだ、と二手に分かれている、そのもう一組が巡察しているであろう別の通りを指差しながら。

「ん?何だ、この前の買い出しじゃ足りなかったのか?」
「ついでだからな、雪菜君にあの八百屋を教えていたんだよ。」
「へぇ。ま、お前の作る飯は美味ぇからな。隊士達もいつもより箸が進んじまうんだろうな。」

な、っと不意にこちらへと視線を落とした原田に、思わず視線を受け止めきれずに後ろの隊士の列へと視線を反らしてしまい。
暫くしておずおずと原田を見上げると、彼は苦笑を漏らしながら、いつもの様に大きな手で雪菜の頭をくしゃりと撫でつけ。

「それじゃ、今日も美味しい飯期待してっからな。近藤さん、また後でな。」

さらりと手にかかった雪菜の前髪に原田は少しだけ手を
止めたが、そのまま何も言わずに隊の列へと戻って行った。
その後ろ姿しばらく見つめ、ふと、既に反対の屯所へと向かい始めた近藤に気付いて、雪菜は慌ててそれを追いかけた。




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わしゃわしゃ、されたい。

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