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Nobody but u.





誰が想像しただろう、まさかあれから半年もしないうちにイギリスに永住する事が決まったなんて。
職場を離れる事は惜しまれたけれども、結局は雪菜の幸せを願ってくれた上司や同期と涙の別れを済ませたのは……1ヶ月程前。
その後、両親への挨拶をすませ……渡英。
いつの間にかシリウスが用意してくれていた家に転がり込み、慌ただしいながらも懐かしの旧友達に一通り挨拶をし終わった。
("あぁ、雪菜!雪菜!雪菜なのね!"と泣きながら雪菜に抱きついたリリーの姿は、きっと一生忘れないだろう。)
まったくもって、人生はどうなるか分からないものだ、なんて笑いながらも二人で一つ一つ家具を揃え始めたある日の事。
ちょっと開いた時間に休憩がてら親友夫婦の家を尋ねたが、生憎家に居たのはリリーだけ。
それに少しだけつまらなさそうにシリウスが外に煙草を吸いに行ったのを良い事に、雪菜は久し振りの魔法界での生活のあれこれを話し始めた。

「ねえ、リリーは知ってた?昔リリーとよく行ってたカフェが、今はインテリア屋になってたの!」
「あぁ、そういえば……結構前に変わってたわね。だけど新しいお店も雪菜好みのインテリア屋だったわよね?」
「そう!そうなの!でね、そこでマグカップ買おうってシリウスと入ったのよ。勿論私はピンクのマグカップが良かったのに、シリウスったら勝手に2つとも黒いの買っちゃってさ!私はお皿とセットの柄が良かったのに別々のも買っちゃうし……」
「あら、それはシリウスが悪いわ」
「でしょう?ほんと、昔っから人の意見聞かないのは変わらないんだから」

ふん、と鼻を鳴らして温かい紅茶を啜り、そしてジェームズが不在なのを良い事に、彼が大好物だというリリーのお手製クッキーを遠慮なく口に放り込む。
そしてその話をテーブルの向かいで聞いていたリリーは、くすくすと笑い声を漏らしながらティ―ポットに向かって杖を振った。

「それに、クッションだって勝手に決めちゃうし」
「きっと雪菜が選んでたなら、日が暮れちゃうからじゃない?」
「そ、そりゃ……ちょっと時間はかかったかもしれないけど……」
「ふふ、やっぱり相変わらずなのね。何も変わってないわね、貴方もシリウスも。本当に、良かったわ……本当に」

コポコポと間もなくして響いてくるお湯を温める音が耳に届くと同時に、雪菜の耳元にリリーの言葉が重なった。
その言葉に今までとは違う雰囲気を感じ取り、そっとリリーに視線を送ると、彼女は目尻を下げながらどこか申し訳なさそうに小首を傾げる。
そんなリリーの仕草の意図する意味は、考えなくても分かる――何も告げないまま距離を置いてしまって申し訳ない、と言いたいのだろう。

「リリーも、それにジェームズもリーマスも……みーんな、何も変わってない。あ、ハリーがあんなに大きくなってたのはびっくりしたけど」
「雪菜、あの、」
「ねぇリリー、勘違いしないでね。私は本当に誰も責めてないよ。じゃないと戻ってくるなんて考えないでしょう?」
「だけど、」
「それに、過ぎた事はいくら後悔しても仕方ないじゃない?確かに友達と……ううん、魔法界と連絡を断てってシリウスに言われた。だけど、それは最終的に私が自分で決めた事なんだし」

だから、と言葉を紡ぎながら、雪菜はクッキーの残りを口に投げ入れた。
結果オーライ、だなんて過ぎ去った長く辛い月日を思い返すと簡単に片付けられないが、そもそも誰が悪かったなんて今更責任を押しつけても意味なんてない。
それに、諸悪の根源でもあるヴォルデモートはもう居ないのだから……、と雪菜は笑みを浮かべながらごくりとクッキーを飲み込んで元気よく口を開いた。

「責めるならシリウスだわ、ホントに!彼女の私に何も言わずに居なくなるなんてさ」
「私達もそれはシリウスに強く言ったのよ……なのにあの馬鹿犬ったら、全く聞かないんだから」
「ほーんと、馬鹿なのは今も昔もぜーんぜん変わらないんだから」
「だ、れ、が、馬鹿だって?」

不意に、雪菜が座っていたソファが重みを受けてギシと音をたてる。
次いですぐに、雪菜の背もたれの後ろから顔を出したその姿を視界にチラといれたものの、雪菜は大袈裟にふい、と顔を背けてみせた。

「あーら、聞こえてた?」
「さっきから耳の痛い話ばっかしやがって。何だ、そんなにあのマグカップが良かったのか?いいだろ、お前はもうミセス・ブラックなんだし?」

同じ色じゃないか、なんてクツクツ喉を鳴らして笑うシリウスの大きな手が、雪菜の頭にぽんと触れる。
――あぁ、学生の頃もよくこうやってリリーとガールズトークなんてしながら、互いの彼氏の悪口を冗談半分で言い合ってたっけ。
そしてシリウスやジェームズが、聞いてましたと言わんばかりに現れて……と、ふと思い出した学生時代に、雪菜はくす、と頬を緩めた。

「シリウス。キッチンは奥さんの聖域なのよ。貴方だけで決めちゃ駄目よ」
「それを言うなら、リリーからも言ってくれ。こいつ、式で着るウェディングドレス、結局あのシンプルなやつにしたんだぜ?」

そんなほっこりとした想いを胸に宿して懐かしんでいたのも束の間、今度は頭上から不満そうな溜息と共に言葉が降ってくる。
ぎくり、なんて雪菜が緩めていた頬をひくつかせながらリリーを見やれば、案の定、想像した通りに眉を落としたリリーの表情が視界に飛び込んできた。

「あら、雪菜ならもっとふわっとしたのが似合うと思ったのに、ほら、あのカタログの表紙にあったドレスとか」
「だろ?俺もあれはどうだってアドバイスしたのにさ。他にも、あのリボンみたいになってるやつとかさ」
「だ、だって……そ、その、私も……その、そんなに若く、ないし。あんな派手なドレスなんてきっと、」

"あれ”だの、”リボンみたいに”という曖昧な単語なのに、ぽんぽんと雪菜の頭の中に浮かび上がってくるのは穴があく程に(リリーとシリウスが)差し出してきたウェディングドレスのカタログのせい。
式なんてやらなくていい、と雪菜が主張したにも関わらず、盛大にやるぞ!なんて張り切っているのは未来の旦那と、勿論目の前に座っている親友。
加えて、本人の居ない所でシリウスが勝手にウェディングドレスを発注しようとしたのを慌てて阻止したのはほんの1週間前の話だったりする。

「似合う、つってんだろ?俺が」
「、で、でも」
「まぁ、そうね。私も雪菜なら何着ても似合うのは間違いないと思うわ」
「リリー!私もうそんなに若くないって!」
「バーカ。いくつになっても似合うに決まってんだろ」

コツン、と軽くシリウスが小突いた事に、雪菜が軽くうなり声をあげれば、シリウスが相変わらず楽しそうに笑いながら額に唇を落とす。
ちゅ、なんてリップノイズの僅かな響きに身体が跳ねそうになるのをぐっと堪え、雪菜はコホン、とワザとらしく咳払いをしてからゆっくりとソファーから立ち上がった。

「じゃ、じゃあ!そろそろ私達もお暇するね」
「えぇ、また週末に。今度はジェームズとハリーと遊びに行くわ」
「うん、楽しみにしてる!それまでに、せめてお客さんを呼べるぐらいにいは家を片付けておくわ」

じゃあね、と軽いハグをリリーと交わしてから玄関を出ると、温かい部屋から一変して空気ががらりと変わる。
突然身体を包み始めた冷たい空気に、雪菜が身体を縮こめようとすれば……きゅ、と隣に居たシリウスの腕が雪菜の腰を引き寄せた。

「冷えてきたな」
「うん。あ、晩ご飯どうする?」
「家に何かあったっけ?」
「んー……あんまり凝ったものは出来ないけど、野菜があったから……シチューか、カレーとか?」
「んじゃ、カレーにしようぜ。ジャパニーズカレーな!」

ぱっと顔を輝かせながら、雪菜を抱き寄せていた反対側の指先でバイクのキーを遊ばせたシリウスに微笑みを返してから、雪菜は彼の胸に頭を寄せた。
大好きな友人と他愛も会話をして、そして大好きな人と一緒に家に帰る。

「ねぇ、私、すごく幸せだよ」

噛み締めた想いが、不意に雪菜の口から溢れるように漏れる。
それに一瞬驚いたような顔を浮かべたシリウスは、すぐに笑みを浮かべながら雪菜の身体を更にぎゅっと引き寄せ、そして雪菜の唇に顔を寄せた。


"You know,my happiness is simply being with you, hun."





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さらっと終わらせてみました。
相変わらず意味不明なお話でしたが、お付き合い、ありがとうございました!


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