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Nobody but u.




「んじゃあ……適当にやってきます」
「おいおい、頼むぞ?わざわざ先方がこっちまで来たんだからな、全力で頼む」
「Yes sir.」

トントン、とデスクの上で資料を整えながら、雪菜は溜息まじりに肩を落としてみせる。
別にやる気が無い訳ではない、とチクリといい知れない胸に走る痛みに目を閉じてから、雪菜は会議室の扉をノックした。

「I'm sorry to have kept you waiting. I……」

日本人らしく頭を下げて会議室へと足を踏み入れ、そしてお決まりと言わんばかりに握手の手を差し出そうとしてーー
会議室の中でソファにゆったりと腰をかけていた男が目に入り、雪菜の身体が完全にフリーズした。

「よぅ、久し振りだな」
「…………え、」

パタン、と軽い音を立てて背後で扉が閉まる音がする。
それとほぼ同時に、ドクン、と大きな心臓の音が雪菜の聴覚に届いてきた。
ありえない、そんな訳が無い、夢に決まっている……だけど。

「変わらずだな、お前も」
「……、」
「それにしても、お前がこんな仕事についてるってのは意外だったけどな」

クツ、と喉を僅かに鳴らして笑う男の視線が、雪菜の瞳を捉えた。
10年以上の月日が経っても、見間違える事なんて絶対にありえない――グレーの瞳。
まるで金縛りが襲ったかの様に身動き一つ取れない雪菜に、目の前の男はゆっくりとソファを立ち上がった。

「な、なん、」
「ん?何でって?そりゃ、お前と約束しただろう?」
「やく、そ……」

喉が渇く、耳鳴りがする、あぁ、目眩さえしてくる。
何が何だか全く思考がついていかない雪菜の前に、コツ、コツ、と目の前に歩いてきた男を何とか見上げて再度、視線がぶつかったその瞬間。
バサリ、と書類が手から滑り落ちた。

「悪かったな、随分と待たせちまって」
「し、りう……す?」
「良かった。名前はちゃんと覚えててくれたか」

はにかむ様に微笑んだ彼、シリウスの手がそっと雪菜の頬に伸びてくる。
まるで壊れ物を扱う様に、優しく、ゆっくりと頬を撫でたその手先から香るのは……嗅ぎ慣れた彼の香水。
いつの間にかぽたり、ぽたり、と大粒の涙が雪菜の頬に静かにつたい始めれば、シリウスは目元を僅かに歪めた笑みを雪菜へと向けた。

「雪菜」
「……っ、しりう、す……シリウス、な、の?」

本当に?と雪菜が濡れた瞳で見上げれば、シリウスの表情が苦しそうなものへと変わる。
そして次の瞬間、力の抜けかけていた雪菜の身体を支えるように、シリウスの両腕が雪菜の身体をしっかりと抱きしめた。

「し、しりう、っ、シリウス、シリウス……っ、ふ、」
「あぁ、俺だ……っ」

どれだけ月日が流れても、決して忘れる事ができなかった温もり。
こんなに小さかったか、と今更ながら再認識すらしてしまう震える彼女の身体を精一杯に抱きしめながら、シリウスは腕の中の雪菜の頭に唇を押し当てた。

「全部、終わった」
「ほ、んと……?ほんとなの……?」
「ヴォルデモートも居ない。もう安心して……お前を、」

そこまで口を開いて、シリウスは口を閉じた。
勿論彼女を連れて行くつもりでここに来た、けれども。
長い年月が経った。
もしかして、と今更ながら過った悪い予想にシリウスが一瞬胸を震わせた矢先。

「シリ、ウス……?」

ゆっくりと見下ろした雪菜の表情は、涙でぐちゃぐちゃだったけれど。
それでも彼女はズっと鼻をすすってから、言葉を区切ったシリウスを不安そうな瞳で見返してきた。

「迎えにきて……くれた、の?」
「雪菜」
「もう……離れなくて、いい、の……?」
「……あぁ、これからはずっと一緒だ。絶対に……ぜってぇ、離したりなんてしない」

フツ、と堰を切ったかのようにポロポロと涙を流し始めた雪菜を、シリウスは再度愛おしく抱きしめて、そして長く堪えていた安堵の溜息を漏らした。
胸が熱く、吐く息が震える。
そして、それ以上に腕の中で嗚咽をあげる雪菜の顔を、シリウスはそっと持ち上げた。

「遅い、よっ」
「はは、悪ぃ」

濡れた瞳で見返したシリウスの瞳からも、雪菜とは比べ物にはならないが、幾筋かの線が光っている。
そんな彼のグレーの瞳を真っすぐに見つめ、そしてそっとシリウスの頬に雪菜が手を這わせれば、甘えるようにそこに頬をすり当ててくるシリウス。
その反応が懐かしくて、何も変わっていなくて……雪菜は背伸びをして、そのままシリウスの首筋に両腕を絡ませた。

「おかえりなさい」
「ただいま」

13年振りに唇に感じる熱を懐かしみながら――





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I didn't, I don't , I won't forget u.

btw, they r in the meeting room……shhh!!



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