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whitebunny





朝目が覚めるといつの間にか、ベッドの隣にホグワーツの制服が綺麗に並べられていた。
新品のそれに雪菜は腕を通し、昨夜脱いだままだった日本の制服をハンガーに掛け直そうと手に取れば……つきりと胸が静かに痛む。
いつかまたこの制服に袖を通す日は来るのだろうか、そう思うとヤケに感傷的になってしまい瞳が小さく緩んだ。
朝からこんな風ではいけない、と湧き出そうになっていた感情に何とか蓋をして、雪菜は制服のネクタイを手に取った、のだけれども。

「難しい……かも」

ホグワーツの制服は、日本の制服と違ってネクタイ式。
うまく結べずに、それなりに奮闘はしてみたものの、何度やっても見覚えのある形に整わない。
仕方なく、それを手に持ったままとりあえず部屋のドアをあけて雪菜は談話室に降りていった。

「お、雪菜。おはよ、寝れたか?」
「お……おはよ、ございます」

談話室に降りる扉を開くと、まだ見慣れないそこには降りてきたばかりなのだろうか、昨日紹介されたばかりの黒い髪の生徒が立っている。
よ、っと気さくに手をあげた彼に続いて雪菜もつられたように手をあげてみれば。
ひらりと弧を描く様にして雪菜の手に舞ったネクタイに、男はふ、っと可笑しそうな笑いを漏らしてからそれをシュルリと取り上げた。

「なーんだ、結べねぇのか?」

くつくつと低く笑う彼は、雪菜の返答を待つまでもなく、器用に雪菜の首元で彼の手が動き出す。
何をしていると問うまでもない、落とした雪菜の視界に広がる大きな彼の手先を追いかけていれば、すぐに見覚えのある形がそこに出来上がっていく。
その早技に舌を巻くものの、少しだけ改めてあげた視線に見える彼の顔をじっと見つめて、ドキドキと緊張すると同時に雪菜は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「ん、できたぞ」
「ありがとう……」

に、っと口元を上げて笑う男に、雪菜も軽く会釈を返して更にそっと上目に男を見上げて見た、のだが。
確かに昨夜紹介されたのは覚えているのだけれども、どうしても目の前のこの男の名前が思い出せない。
あの大きな身体の彼だ、頭を撫でてくれた彼だ、とまでは思い出せるのに、と雪菜は重なっていた視線をつ、と逸らした。

「雪菜?どした?」
「あ、の……、えっと。リー……マス?」

逸らされた視線に何か感じたのだろう、少しだけ不思議そうな声を出した男に、ぽつりと、できるだけ小さな声で雪菜が呼びかけてみる。
当たりか、はずれか。
ごくり、と唾を飲み込んでからそっと、本当にそっと視線をあげて相手の反応を伺うように見上げてみると――
目の前の男が大げさに眉を顰めた事に気がついた。

「雪菜ー?もしかして、俺の名前、忘れちゃったのかー?」
「ご、ごめんなさいっ……!」

これは残念、と言わんばかりに男は苦笑を洩らし、大丈夫だ、と言わんばかりに雪菜の頭に昨夜と同じ大木な手が降ってくる。
その瞬間に、突然フラッシュバックの様に昨夜の感覚が蘇り、雪菜は今度は勢いよく頭をあげると、まるで今度こそ、と言わんばかりに息を吸い込んだ。

「シリウス!」
「お、正解。なんだ、覚えてるじゃねぇか。よくできました」

勢い良く紡がれた自分の名前に、シリウスは一瞬虚をつかれた様に固まったものの、真剣な雪菜の瞳にを受け止めると、少しだけ腰を折って屈みこむ。
その仕草は、どことなく兄が妹にする感じにも似ていたが、それよりもシリウスという名が間違っていないという事実に、雪菜もほっとしたかの様にようやく笑みを浮かべた。

「シリウス・ブラックさん、でしょう?」
「お、これは関心、雪菜・七津角さん?」

くすくすと笑いながらわざわざ視線を合わせたシリウスの瞳をまっすぐに見つめてみれば、シリウスもまた、綺麗な灰色の瞳を綺麗に細めて雪菜に笑みを返す。
昨夜には気付かなかったけれども、整った顔立ちをしているなぁ、なんて彼の瞳をまじまじと見つめていると、ふと、日本人の自分とは少し違うシリウスの黒髪についていた埃が目に入った。

「でも、名前、間違えちゃってごめんなさい」

それに手をのばしてみれば、思ったよりも固い黒いその髪の毛が雪菜の手を通り過ぎる。
指でそっと払ってみれば、綺麗な発音でthank youとゆっくり微笑んだシリウスに、雪菜も控えめな笑みを漏らし返した。

「別にこれからずっと一緒だから、一つずつゆっくりと雪菜のペースで覚えていけばいいだろ」
「うん」
「日本が恋しいかもしれねぇが、傍に居てやるから、な」

再度くしゃりと頭を撫でるシリウスの手を感じながらも、雪菜は、こくり、と頭を一度下に落とす。
同時に、無意識に自身の拳をぎゅっと握ってしまったのか、少し伸びた爪が肌に痛く食い込んでしまい、雪菜は痛みに僅かに眉間に皺を寄せた。

「雪菜?」
「えっ?」

ぱっと何かに気がついたように顔をあげてみると、いつの間にか元の位置でシリウスが少し目を細めてこちらを見下ろしている。
そんなシリウスに雪菜はぱちぱちと何度か瞳を瞬かせてからにっこりと頬をつり上げてみせれば、シリウスは少しだけ声色を落とした。

「体調悪いのか?」
「ううん、そんな事ない……っ、わ!」
「まぁまぁまぁ、雪菜ったら!」

不意に後ろにかかった体重と香水ではない良い香りに、思わず舌を噛みそうになるのを何とか未然に防ぎながら。
雪菜がドキドキと高鳴る心臓を抑えながら恐る恐る振り返ってみれば、そこにはふわりと綺麗な髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべた少女が一人。

「リ、リリー!」
「おはよう、雪菜。昨日はよく眠れた?」

先ほどのシリウスによって撫でられたせいか、少しだけ乱れた雪菜の髪に手をやりながら、リリーは何故か嬉しそうな笑みを浮かべている。
そのあまりにも綺麗な笑顔に、人種が違うだけでこうも違うのか、と胸中で驚きを漏らすが、リリーはそんな雪菜の様子を気にする事もなく、丁寧に雪菜の髪を整えた。

「おはよう、うん、疲れてたから……すぐに寝ちゃった。、リリーは?」
「私、今日から雪菜と一緒だと思うとワクワクしちゃって逆に寝れなかったわ」

クスクスと笑うリリーに"落ち着けよ"とシリウスが苦笑を漏らしながらも、それでも楽しそうな表情を浮かべている二人を交互に見つめて、雪菜も口元を緩めた。
少しばかり不安だった学生生活も、どうやら友人には困る事はなさそうだ、と改めて安堵を漏らして。

「それに、その制服も、とっても似合ってるわ。素敵よ」
「そ、そうかな?」

そっとプリーツスカートの裾を少し広げてみせれば、リリーからは少し大袈裟なくらいの声をあがる。
そんな様子に雪菜も嬉しそうする様子は、端から見ればさながら姉妹のようだ、とシリウスは目の前の二人に隠れるように喉を鳴らした。

「ほら、朝ごはんに行きましょ」
「うん!あ、でもみんなは?」

周りをきょろりと見渡しながら視界に入ったシリウスに、問いかける様な視線を送れば、それに答える様に灰色の視線がちらりと雪菜の背後へと投げられる。
何事も無い様なその仕草に続いて、くるりと、振り返ってみれば、昨夜紹介された顔ぶれ、ジェームズとピーター、そして紛れも無いリーマスの姿。
いつから居たのか、とぎくりと笑みが一瞬強ばるが、にこりと小首を傾げて笑うリーマスの様子からすれば、先程の会話は聞かれていないのだろうか。

「おはよう、雪菜」
「お、おはよう」
「さ、行きましょ。早く行かないと席がなくなっちゃうわ」

ただでさえ大人数なのに、と少し足早に歩き出したリリーに雪菜も慌ててついて行く。
それに従う様に、何やら含んだ笑顔をシリウスに向けたジェームズはニヤと悪戯に口元を挙げた。

「いやー、さっきは朝からずいぶん意味深な言葉を投げかけていたね、親友?」
「んだよ」

姿こそ見えなかったが"やはりそうだったか"と悪態を突きながらシリウスはポケットに手を突っ込みながら、リリー達に続くように談話室を後にし始める。
その間も、ニヤニヤと意地の悪い視線を感じつつ、そしてシリウスはそれに気付かないフリを何度試みようとしても……少しばかり朱を落としてしまった頬の色が既に全てを物語っているのだろう。
必死にそれを悟られまいと心掛けてみても、悲しいかな、ジェームズとリーマスの前では今更叶う筈も無い。

「でも残念、”僕達も”ずっと一緒なんだよね?」
「何言ってんだよ」
「またそんなこと言って」

くすくすと嫌な笑い声を隣であげ始めた二人の会話をシャットアウトするゆに、シリウスは大きくため息をついた。
そのまま目の前を歩くリリーに、まだどこか控えめな笑顔で笑いかけている雪菜の横顔を視界に入れて……改めて、とくんとラシくもなく胸が音を小さく立てる。
しかし、それと同時に先程一瞬自分が見た、どこか重たい空気の雪菜の様子がチラと頭を過った。

「気になるかい?」
「別に。勝手に言ってろ。……なぁ、編入って一応志願制だろ?」
「、そうだよ、ホグワーツの規則はそうだったと思うけど」
「へぇ」

自分の質問とは別に返ってきたその質問に、ジェームズは肩眉をあげて大袈裟に不満さを打ち出してみる。
それでも、シリウスの瞳は相変わらず目の前を歩く雪菜を捉えており、その表情をちらりと横目に見ながら、ジェームズは面白そうに笑みを深めた。
目の前を歩く雪菜は、リリーの言葉と供にきょろきょろと物珍しそうに周りを見渡している。
恐らく雪菜が感じているホグワーツは、自分達が新入生の頃に感じたソレと同じものなのだろう、なんて微笑ましい気持ちにもすらなっていたその時――……

「雪菜、ストップ!」
「え、っあ、れっ?!」
「うぉっ、あぶねっ!」

優雅に天井を舞っていたゴーストを目でおいかけていた雪菜の視界が一瞬で暗転し、地を踏みしめていた足が空を掻く。
そして次に気付いた時には、自分の腹部に大きな男の腕が抱きかかえる様に絡まっていた。

「なっ、なっ、に……!」
「私ったら!!そうよね、日本の学校には動く階段なんてないわよね!!雪菜、大丈夫!?あぁ、こんな時にシリウスが役に立つなんて!!」
「動く階……?だ、大丈夫だけど……」

あまりの衝撃にドキドキと高鳴る鼓動に、そして着かない足下に下を見下ろせば、遥か彼方に見える地上にぞっと雪菜の背筋に悪寒が走る。
叫び声をあげそうになるのを必死に堪えていれば、腹部にかかっていた腕が不意にぐいっと自分を引き上げた。

「シリウ、ス」
「良かったな、ついて早々医務室行きにならなくって」
「ご、ごめんね、ありがとう。うわ、びっくりした……」
「よかったね、雪菜。シリウスに”偶然”捕まえてもらえて」

未だにどきどきと高鳴る鼓動を押さえる様に胸元に手をあてていれば、気遣わしげに大きな腕が自分の体から離れる。
その腕を追いかけるように雪菜が振り返ると、底には腕の差出人のシリウス。
そしてシリウスの隣では事も無さげに、クスクスと笑いを堪えているジェームズとリーマスの姿。
事も無さげの3人の様子を呆然としながらもコクコクと頷いて言葉を紡ごうとすれば、自分とジェームズの間を遮る様にズイっとリリーがホグワーツの地図を雪菜に差し出した。

「怪我がなくて本当によかったわ……私が言わなかったせいで、ごめんなさい」
「そんな、リリーのせいじゃないよ。それにしても……こんな階段があるのね」

口元に手を当てて3人のように雪菜が笑いを漏らすと、まだ心配の色を落としていリリーの表情は晴れてはいなかったが。
やがて"楽しいね"と一言雪菜が付け加えてみると、ようやく八の字に落としていたその眉をあげた。

「ホグワーツにはまだまだたくさん、こういった仕掛けがあって……今全部説明しちゃうと、1週間はかかっちゃうから、おいおい、ね?」

"そんなにあるの?!"と笑いから一転して目をパチクリさせた雪菜に、リリーはどこか得意そうに胸を張り。
そして秘密話でもするかのように雪菜の耳元でこそりと囁いた。

「ジェームズ達に説明求めちゃうと、2週間以上はかかっちゃうわよ。でも、何かあったら聞くといいわ。一番知ってるのは彼等だから」

その言葉にへぇ、と出てしまった感心の声を潜めててちらりと雪菜が後ろを振り返ってみれば。
何やらシリウスの首に肩を回しじゃれあってるジェームズ、そしてその両隣でリーマスとピーターの姿。
こういう様子は日本の学校でも良く見ていたもので、どこも男子の友情というのは同じなのだろう、とその様子に日本をふと思い出したが。
今は考えるべきではない、と頭を左右にふって切り替えるように、雪菜は大広間への扉を開くリリーに続いた。




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white bunnyわんこわんこ。
何度も書き直しているが故に前のverと話の流れが変わってきてそうで怖いです(ガクブル
だけど王道で行こうと思ってるのでヨロシク!(何


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