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White bunny





「本日付けで、日本から編入してき、先ほどグリフィンドール生として正式に入寮しました。」

相変わらず背筋を伸ばし、ピシッと立つマクゴガナル教授の横に、夕食を終えて団欒をしていた生徒達の好奇の視線が集まる。
比較的背の高い教授の隣で、小さな、見慣れない制服に身を包んだ少女はその言葉に恐る恐る視線を上げ、周りを見渡した。

「雪菜・七津角です…あ、あの…えっと…ど、どうぞ…よろしくお願いし……」

波打ったように静かな部屋に、これまた消え入りそうな声で少女は小さく頭を下げた彼女の言葉を最後まで聞き取れたのは何人いるのだろうか。
彼女の横には、彼女と同じサイズぐらいの大きな荷物が積んであり、それは今まさに到着したことを物語っていた。

「全生徒の前での挨拶は、ダンブルドア教授もお忙しいので執り行う予定はありません。ですので、リリー・エヴァンス」

その言葉に真ん中のソファに座っていた生徒の一人が、マクゴガナルと顔を見合せて席を立つ。
生徒の視線がちらちらと行くにもかかわらず、堂々としたその様子に雪菜はチラと視線を一瞬だけあげてから、再び地面へと落とした。

「後は、よろしくお願いしますね。」

はい、と頷いたリリーを見届けてから、マクゴガナルは雪菜に向かい合い、慌てて雪菜も向き直す。
厳しそうではあるが、僅かに目尻に笑みを浮かべたマクゴガナルを見つめながら、雪菜は握り締めていた両手に少しだけ力を込めた。

「エヴァンスはあなたと同じ学年ですし、成績も優秀ですから、何かあれば彼女に聞きなさい」
「は、はい……」
「何か今、聞くことはありますか?」
「い、いい……え」

教授の言葉に、首を縦に振ったり横に振ったりしながら質問に答えている雪菜をよそに、ようやく静まり返っていた談話室から声が沸き上がりはじめる。
さっそく日本の場所を地図で探し始める者、カタコトな日本語を交わす者。
その一斉に騒がしさを取り戻した談話室に、マクゴガナルは少しばかり怪訝そうに顔を顰めたが咎めることはせずに溜め息を変わりに一つだけ漏らした。

「それでは、今日はゆっくり休みなさい」

"明日から授業が始まりますからね"とだけ言葉を付け足したマクゴガナルが部屋を出るのとほぼ同時。
残された雪菜がその後ろ姿を見送っているにも関わらずに、不意に雪菜の視界に鮮やかな赤い色が入り込んできた。

「雪菜っ、今日からよろしくね。貴方のこと、教授から聞かされてたの。会える日をすごく楽しみにしてたんだからっ」

いつの間にか目の前で自分の手を両手で取った少女に、思わず雪菜はびくりと体を強ばらせる。
よくよく見てみれば、深い翡翠の瞳を軽く細めて微笑ませていた少女、リリーは、いつの間にか雪菜の手にしていた書類を片手に微笑んでいた。

「え?…、あ、はい…よろしくお願いしま、す、」
「まずは、荷物を部屋に運んじゃいましょうか。部屋はどこかわかるかしら?」
「えっと……」
「あぁ、こっちに載ってるかしら?」

テキパキとした口調で雪菜の書類を覗き込んだ後に、すぐにリリーが自身の書類をペラリと捲る。
ざわざわと相変わらず聞こえてくる騒がしいギャラリーからの好奇の視線も勿論感じてはいたのだが、どことなく遠巻きに雪菜を観察するこの空気に、雪菜は手元の書類にぽとりと視線を落とした。
どちらかというと、内気な部類に入る自分には……今のこの空気は居心地の悪いものでしかない。
そんな事を考えながら手にした書類を機械的に捲ろうとしてみれば、不意にフワリ、と雪菜の横に置いてあった荷物が宙に浮いた。

「手伝うよ、雪菜」

慌ててそれを手で押さえようとすれば、少し離れたソファに腰を掛けていたメガネの青年が杖を構えながらリリーの傍に寄ってくる。
この人の魔法か、と雪菜が荷物を押さえていた手を離すと、荷物は相変わらずふわふわと宙を舞いながら談話室を横切り始めた。

「オーケー、階段を上がってすぐのところだわ。じゃ、行きましょうか」

やがて書類から顔を挙げたリリーは、隣に眼鏡の少年が居る事が当たり前かの様に声をかける様子もないままに、すっかりと冷たくなっていた雪菜の手を取る。
ぴくん、と咄嗟に揺れてしまった身体に雪菜が恐る恐る視線を挙げてみたが、リリーは先程と変わらない笑みを浮かべたまま……むしろ、少しだけ深くなった笑みを浮かべたまま、そのまま雪菜の手を引っ張って歩き始めた。
そんなリリーと雪菜の後をついてくるのは、先程からヤケににこにことした笑顔を浮かべている眼鏡の少年。
完全にリリーからスルーされて居るにも関わらずに、それに不満を漏らす訳でもない眼鏡の青年を気遣うように雪菜が振り返れば、丁度後ろをついてきていた宙に浮かんだ荷物の隙間から背後を振り返る少年の黒髪が見えた。

「リーマス、シリウスが帰ってきたら……」
「了解、捕まえておくよ」

何やら自分の周りで慌ただしく過ぎて行く光景に、どことなく不安が過って眼鏡の少年の言葉の先を視線で追いかければ、クッキーを手に持っていた”リーマス”と呼ばれた少年がひらりと軽く手を挙げた。
リリーとも眼鏡の少年ともまた違う、優しそうな笑みを浮かべた彼に自然と視線を向ければ、雪菜に気がついたのだろう、"リーマス"の挙げていた手がゆらと宙を掻いて雪菜へと向けられる。
"welcome"なんて呟かれた彼の言葉に返す言葉も見つからずにいると、やがてリリーに引っ張られていた腕と供に大きな扉をくぐり抜けた。

「この部屋2人部屋だけど、今は雪菜だけみたい。私が部屋を移動できればいいんだけど、教授に聞いておくわね」
「え、あ、あのっ、そんな…お気使いなく、」
「いいのよ、これから一緒にいる時間も増えるんだし……ね?」
「リリーは言い出したら聞かないから、素直に受けといたほうがいいよ、雪菜」

おろおろと、リリーの言葉に慌てふためいた様子の雪菜に、眼鏡の青年が可笑しそうに笑い声をあげる。
"どういう意味"とリリーがじろりと視線を送れば、眼鏡の青年は両手をあげて降伏のポーズを戯けてみせながら、杖を振って雪菜の荷物を適当な場所へと積み上げた。

「おっと、僕はジェームズ・ポッター。グリフィンドール生として、雪菜を歓迎するよ。よろしくね」
「よろしく、お、ねがいします」

カーテンから手を離して丁寧にお辞儀をした雪菜に、ジェームズはくすくすと笑い、リリーもようやく書類から顔を上げて笑顔を浮かべた。

「そんな他人行儀にしないで?私たち、雪菜と出会えて、すごく嬉しいんだから」
「ほら、下に行こう?僕らの友達が待ってるんだ」
「雪菜は気に入らないかもしれないけど、きっとシリウスもリーマスも、ピーターも貴方のこと、気に入ると思うわ!」

そんな言葉を漏らすリリーに連れられて部屋を後にすると、今度は女子寮内の細かな使い勝手の説明が始まる。
途中途中ですれ違う女子生徒と軽い自己紹介を交わしながら、ようやく談話室に戻ってみれば、数々の生徒の中に明らか先程自分に手を振っていた少年の他に、さらに二人、雪菜を待っている生徒の姿を見つけた。

「紹介するよ、雪菜」

簡単にジェームズから名前の紹介は受けたものの、残念ながらすぐに覚えられるものでもない。
ただでさえ、既に新しい顔ぶれを紹介されたばかり、加えて慣れない英語名のオンパレードに雪菜は何度も何度も小声で名前を呟いた。

「本当に、何でも頼っていいからね。これからよろしく、雪菜」
「迷惑かけちるかもしれませんが……よろしくお願いします。リリー、ジェームズ、えっと……リーマス、シリウス、それにピーター?」

同じ歳の筈なのに、人種が違うだけでこんなにも体格が変わってくるのだろうかと不思議に成る程に見事に違う彼らと握手を交わす中、最後に談話室のソファに腰をかけていたシリウスに手を伸ばすと、丁寧にシリウスもその場に立ち上がってから雪菜の手を取る。
その瞬間、思わず彼の背の高さに一瞬目をぎょっと大きくした雪菜にシリウスも気づいたのか、クスクスと声変わりの終わった低い声で笑いながら、雪菜の髪の毛にポンと大きな手が握手の代わりに降ってきた。

「お前、小せぇなぁ」
「す、すいません……」
「シリウスの大きさも異常だと思うけどなぁ、僕は」

"何だよ"と唸るシリウスの声は全く耳に届いていない様に、紅茶をゆっくりと机の上に置き、リーマスが穏やかに微笑んだ。
その笑顔があまりにも優しくて、雪菜の頬もついつい緩んでしまい、シリウスには申し訳ないが、こそりと微笑み返した。

「ねぇ、雪菜はどうして編入しようと思ったの?」
「え?」

ソファの後ろから覗き込みながら不意に顔をだしたピーターに、雪菜は弾かれた様に体を強ばらせたが。
その表情に逆にピーターが驚いた様に目を見開いたのに気付くと、雪菜はすぐににこりと微笑んでみせた。

「あ、その。ホグワーツはとても、素晴らしい学校だって聞いて、た、から」

だから、と小さな歯切れの悪い小さな声で、呟いてから、差し出された紅茶に視線を落とした。
ゆらゆらと、紅茶の表面に移っている自身の揺れる表情を見つめ返して、雪菜は曇る表情を奥へと隠し込み。
にこりと再び笑顔で顔を上げてみせれば、リリーが優しく微笑み返した。

「あら、でも私、日本の学校の制服のほうが好きかもしれないわ。とっても雪菜に似合ってて、素敵だわ」
「……、そうかな?」

さりげなく話題を変えてくれた辺り、自分が編入してきた理由はリリーは知っているのだろうか、それともただの偶然だろうか。
どこか気まずいその感覚に紅茶を口に啜りながら、雪菜はリリーと、そして隣に腰掛けていたジェームズの制服を交互に見つめた。

「僕は、リリーが着てるなら何でも素敵だと思うけどね。」

さらり、と言葉を投げながらリリーの肩に手を回したジェームズに、それを拒否しないリリーの姿。
外国の人はスキンシップが多いとは耳にはしていたが、先程からのやり取りからするに、この二人はもしかして。
そんな考えが過ったのと同じタイミングで、ちゅ、と一目憚らずに頬に唇を落とした二人に、雪菜はちらりと周りを見渡したが、特に反応を示さない一同に疑問を確信へと変えた。

「ねぇ、雪菜は今日、日本から来たの?」
「うん……さっき、来たばっかり」
「疲れてるんじゃない?そろそろ寝る?」

リリーの気遣う言葉に雪菜は一瞬戸惑ったものの、素直に首を縦に落とした。
疲れているのは本当でもあるし、談話室の人もまばらになってきた辺り、そろそろ部屋に戻る時間なのだろう。

「ま、今日はゆっくり休めよな」

ポンポンと雪菜の頭に再度振ってきた大きなシリウスの手に、雪菜もふ、と頬が自然と緩んでしまう。
こうして頭を撫でられるなんて、いつ振りだろうか。
確かにシリウスの身長は同世代でも少し大きいかもしれないが、よくよく見てみると自分が"規格外"なのかもしれない。
日本では考えられなかったそんな些細な驚きを早々に感じながら、雪菜はシリウスの手を受け入れながら彼を見上げた。

「それじゃ、また明日、雪菜」
「うん、本当に、ありがとう」
「おやすみ」

そう言葉を掛け合いながら女子寮へとリリーと階段を上る。
入ってすぐそこにある自室の前でリリーにおやすみと声をかけてから、雪菜はようやく一人で自室へと足を踏み入れた。


「一人だと……結構広いなぁ」

そう呟きながら、先ほど運び込まれたままの位置にある荷物へと歩み寄る。
さすがに今から荷物の整理をする気力もない、と、雪菜は一番上の荷物を開けて中から適当な着替えを引っ張り出した。

来てそうそうに素敵な友達ができた。
まだまだ、慣れない部分もたくさんあるけれど、いいスタートが切れたと思いたい。

だけど。

もしも――……、


僅かに過ったその想いと、だんだんと歪んでいく視界を振り切る様に、雪菜はベッドへと身体を埋め込んだ。




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2011.04.11再始動です。
もうなんかい書き直してるんだこれ…(苦笑
ゆるりとお付き合い頂けると幸いです。

*2012.01.26/revise



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