*注意! 本文中に4カ所、挿絵に繋がるリンクが貼ってあります。 擬人化、挿絵等が苦手な方はクリックをせずに、スルーして下さい。
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失礼しました、と木製の大きな扉を閉めてから、雪菜は大きく身体を伸ばした。 ホグワーツへの1年の留学を終えて、日本の学校に戻ってきたのは1週間程前。 帰って暫くは、事後処理やら報告やらで忙殺されていたけれども、どうやらそろそろ一息がつけそうだと目処がつくと、自然と雪菜の口から安堵の息が漏れる。
「帰ってきちゃったなー……」
先週の今頃は、足下からはコツコツという石の上を歩く音が響いていたのに、今はキシキシと響くのは木が軋む音。 加えて1年間袖を通していなかった日本の制服に感じる違和感は――どうやら、少しばかり太ったみたいだ。 その変化の全てが懐かしくもあり、同時にモノ寂しい感覚を覚えながら雪菜は廊下の窓に首ごと視線を向けた。
「ジャパニーズってほんと、損な性格してるわ」
自分でそう呟いておきながら、雪菜から同時に苦笑が漏れる。 最後の最後まで、何度も想いを伝える機会はあったにも関わらず、最後まで言い出せなかった自分の気持ち。 "これから"の事なんて考えしか頭に出てこず、結果的に言い出せなかった自分が情けない――どうせもう、会う事なんて数える程しかないというのに。
「シリウス……」
たった1年、されど1年。 あんなに嫌で仕方が無かった留学がこれ程までに充実し、そして"帰りたくない"とまで思える様になったのは間違いなく彼と出会ってしまったせい。 最初は"何てふざけた人だ"ぐらいにしか思っていなかった筈だったのに。 気がつくと目で追いかけていた、なんてお決まりの恋の落ち方をした自分にリリーがどれだけ呆れた表情を宿した事か。
「また逢える、かな」
そう呟きながら雪菜は生徒手帳を胸ポケットから取り出して、中の写真を取り出した。 今朝方届いたばかりのそれは、ホグワーツの親友達からの贈り物。 梟の足に括りつけられた小包の中に入っていたのは5人で撮ったクリスマスの時の写真。 隅々まで細かく綺麗な装飾がなされたいかにも"ホグワーツらしい"写真立てから、そっと写真を抜き出したそれは今自分の手の中にある。
「もう逢えない、かも?」
掠れて漏れた声に、写真の中のシリウスが少しだけ顔を顰めたような気がした。 日本と、イギリス。 少し想いを馳せただけで、雪菜の胸がツクンと小さな痛みを訴える。 そして鼻の奥に過ったツンとした感覚に足を止めると、同時に視界の端に入ってきた生徒の気配に、雪菜は思考をストップさせた。
「戻ろ……」
少しの溜め息をついて、そしてキシキシと再び木の音を軋ませながら足早にその場を後にし始める。 こういうセンチメンタルな気分に浸るのは、誰もいない自室に限る。 贈られてきた写真立てを横に、彼らへ長い長い返事でも書こう。 日本のお菓子も一緒に封にいれてみようかな、という思いに雪菜が生徒手帳に写真を戻そうとした――その時。
「何だ、泣いてんのか?」
雪菜の隣を通り過ぎようとしていた筈の生徒から、ふと、声がかかった。 それだけならば良くある光景にしか過ぎないのだが、問題はその声色。
「……は?」
チラ、と先程生徒が雪菜の視界に飛び込んできた時は、確かに学生服に身を包んだ"日本の生徒"だった。 否、正確には今雪菜に声をかけた生徒も日本の生徒が着用する学生服を着ている――のだが。
「し、し……!」 「お前、もう俺の名前を忘れたとか言うんじゃねぇだろうな?」
聞き間違える事のないその声色、そして見間違える筈のないそのグレーの瞳。 突然目の前に現れた、日本の制服を着ているのは……紛れも無い、シリウス・ブラックだ。
「な、えっ?!ちょ、シリウス、え?え?」 「んな驚かなくったっていいだろ?」 「え、でも、でも、え?え?」 「まぁ、それだけ驚かれた方が来た甲斐があるってもんだけど」
クツクツ、と聞き慣れた喉を鳴らす笑い声と供に、シリウスが楽しそうに瞳を細める。 その仕草を唖然として雪菜が見つめて瞬きを返す事しばらく、ようやく我に返ったかのように雪菜はそっとその手を目の前の男へと伸ばした。
「どう、して……?え、ほんもの……?」 「言っとくが、まだ死んでねぇぞ。ゴーストじゃないからな」 「で、でも、でも、」 「今朝届いただろ?写真立て。あれ、ポートキーなんだよ」
雪菜から伸ばされた手を、シリウスの大きな手が重なる。 少し前ならば、触れるだけで心臓が大きな音を立てていたのに、今は違う。 確かにそこに"居る"シリウスを確かめる、雪菜のそんな仕草をシリウスも笑って受け止めながら続けて言葉を紡いだ。
「ぽーと、きー」 「あぁ、さっきマイムから届いたって連絡来たから飛んできた」 「マイムって……私のルームメイト、の?え?」
そう訝しげに告げた雪菜に、事も無さげにシリウスが軽く頷き返すその様子に、雪菜は更に目を丸く見開いた。 確かに、シリウス達の話を彼女にした覚えもあれば、彼女の話をシリウス達にした覚えもある。 けれども、雪菜の知る限りでは彼等が彼女と出会った事等一度もない、筈なのに一体どういう事だ、と雪菜は軽く眉間に皺を刻んだ。
「で、でも、でも、制服は?」 「部屋に飛んだ時に、準備してあった」 「え、ちょとまって、部屋って……」 「お前の部屋だけど?」
そんな雪菜を余所に、淡々と言葉を繋げて行くシリウスを再度じっと見つめ……そして、はた、と雪菜は目を一度大きく瞬かせた。 シリウスと自分のルームメイトが繋がっている云々はこの際後から考えるとして、今彼が告げたように写真立てが本当にポートキーだったとすれば。 そこまで考えてから今朝方慌ただしく部屋を出た自分を思い出し、雪菜はひくっと頬が引き攣るのを感じた。
「わ、わた、私まだ部屋の片付けしてな……」 「もうちょっと綺麗にしとけよなー?」 「なっ!っていうか!!なんでシリウスがこんなとこにいるのよ!?っていうか、先生にばれたらっ……!」 「バレねぇように、こうしてちゃんと変装してるんだけど」
ヒラ、と学ランを主張するように首元に手をあげたシリウスは、至極得意そう。 ちょっと短いかもな、なんてくすりと笑ったシリウスは、やがて未だに呆然とコチラを見つめる雪菜をチラと見つめ……そして大きな声をあげた彼女に向かって、歩みを進めた。
「しーっ、静かにしてねぇと人が集まってきちまうだろ?」 「いや、え、だから、え、っていうか、シリウス近い!!」 「だから、お前声でけぇって」
しっ、と雪菜の唇に触れるのは少し冷たいシリウスの指先。 その当てられた指先にすら叫び声を挙げそうになるのを何とかの見込んだものの、いかんせん、すぐ目上にあるシリウスの顔の近い事。 あと5cmあるかないかのその距離に、雪菜が身体を身じろぎさせても……簡単に距離を詰められてしまい、背中を糸も簡単に壁に押し付けられてしまったこの状態では身動きすらとれない。
「っ、て、ていうか!な、こ、ここ、でっ、何……してるの、よ」 「逢いに来た」 「だれ、に……?」 「んな事今更聞くか?お前に決まってる」
何とか平然を保とうとしても、そんな事今の雪菜には無理に等しい。 驚きと、嬉しさと、そして恥ずかしさ。 全てがぐるぐると込み上げてしまった胸中のおかげで、バクバクと耳鳴りしそうな程に心臓が五月蝿い音を掻き鳴らす。 もはや自身の心臓が音を立てすぎてシリウスの声すら聞こえない程だ、と雪菜は乾いた喉にごくりと唾を飲み込んだ。
「……忘れた事があったから」 「何が、……っていうか、ねぇ、近いって、ば……!」
ぐい、と雪菜が目の前のシリウスの学ランの胸元に手を当て押し返してみれば、すぐに温かい彼の温度が手に伝わってくる。 確かに、ホグワーツに居た頃は一緒に悪戯をした際や、ちょっとじゃれあっている時にぴったりと身体がくっつく事もあった――けれど。 まだ離れてからそれ程時間が経っていないに筈なのに、雪菜は緊張を通り越して目眩さえ感じる額に手を当てようとして――
「好きだ」
嬉しいのに恥ずかしい、あぁ、会えただけで嬉しくて泣きそうだーーなんて雪菜がくらりと揺れる頭に瞳をぎゅっと閉じて暫く。 クツと頬に触れるシリウスの喉が揺れたのと同時に、雪菜の耳元にダイレクトにシリウスの声色が響いた。
「……は?」 「……おまえ、ンとにロマンチックのかけらもねぇよな」 「え、だって……え?」 「もう一度、言わせるなんて事はナシだぞ」
"shhh"と軽く口を尖らせてみせたシリウスに、雪菜は目をぱちり、ぱちり、と二回程瞬かせる。 そんな雪菜にクッ、と再度笑ったシリウスは、相変わらず虚をつかれた様に自分を見上げる雪菜の表情に、"しょうがねぇなぁ”と苦笑を浮かべてみせた。 そして、雪菜の頬にかかる髪を軽く手で撫で……頬を撫でて。
「お前が好きだ」
もう一度、今度はしっかりと雪菜の瞳にグレーの瞳が一直線に結び合う。 物理的なものは何もないのに、それなのに、まるで瞳をしっかりと射抜かれてしまったかのように逸らせない。 大好きなシリウスのグレーの瞳。 その瞳がいつもの冗談ではない事ぐらい十分に瞳が物語っているのを感じれば感じる程に、紡ぎたい言葉を邪魔するかのように喉がぐっと詰まってしまう。
「言っておかないと、もう逢えない気がして」 「……」 「まぁ、言っておきながらフられたらそれこそもう逢えねぇ気もするけど」 「……し、」 「だけど、後悔はしたくなかったから」
シリウスの胸元においたままの自分の手を握り締めるシリウスの手が、少しだけ痛い。 そして、自分を見つめるシリウスの真剣な表情に、嬉しさで胸が締め付けられるような感覚がいっきに全身へと広がっていく。 それと同時に、ゆらりと揺れ始めた視界に雪菜は何とかグレーの瞳から視線を逸らして、シリウスに握り締められた手へと視線を落とした。
「……う、ん」 「うん?」 「……うん」 「……なぁ、雪菜チャン?」 「……え?」 「一応、"うん"じゃなくてちゃんとした返事が貰えるとありがてーんだけど」
クツクツと可笑しそうに笑うシリウスの笑い声はいつもと何一つ変わらない。 だけど声の奥にある何かが、そして自分の手を握り締めるシリウスの手の力の微妙な強さが物語っているのは、彼の本音。 今すぐにでも大きな声で自分からも想いを告げたい、告げたい筈なのに。
「…………好きな、ように……、とっておけば?」 「へぇ。俺、ネガティブだからフラれたって取っちまうけど、良い?」 「なっ、」
漏れてしまうのはやっぱり可愛げのない言葉ばかり。 けれどもまるでそんな雪菜の気持ちなんてお見通しだと言わんばかりに、くい、とシリウスの手によって再び顎を持ち上げれ、視線が重なった。 それから瞳を逸らす事なんて簡単な筈なのに。 縫い付けられた様に離れる事のできない瞳に向かって、雪菜は震える声を悟られない様にゆっくりと口を開いた。
「……私も、好きよ、馬鹿」
その言葉が届くと同時に、ふっとまるで力が抜けたかのようにシリウスが"well done"なんて嬉しそうな笑みを漏らす。 そしてそのまま壁に押し付けていた雪菜の背中をさするように手を廻し、抱き込む様に腕の中に雪菜を押し込んだ。 ようやく、と言わんばかりに漏れ聞こえたシリウスの満足気な溜息が、雪菜の耳に吐息と供にかかる。
「そ、か」 「っひ、シリウス、苦し、てかっ」 「だってお前、あっちは今深夜だぞ……眠ぃ」 「眠いって、ちょ、やだ、もたれないでっ……っ!?」
余程耳元にかかった吐息に"何か"を感じたのだろう、不意に雪菜が勢いよく頭を上げた。 二人の身長差は20cm弱といったところか、咄嗟にシリウスが僅かに頭を引いたおかげでコントのような頭突きはせずに済んだけれど。 雪菜の身体を抱き込む様に抱えていたシリウスへと雪菜が見上げるように頭を上げれば必然的に――否、確信犯的に、シリウスの"何か"が雪菜の唇に重なった。
「い、いま、」 「二度も言うのはさすがに気がひけるけどさ、お前って本当にロマンチックのかけらもねぇよな」
呆れた様に、けれども楽しそうに笑ったシリウスの声に雪菜からはもはや小言も苦言も出る余裕なんて微塵もない。 むしろ、今触れたのは本当にシリウスの――と唇をそろと触って、確かめ、そして――頬が更に熱を持ち始める。 珍しく言葉の少ない雪菜をまるでそれを好都合とでも言わんばかりに、シリウスはもう一度、手にしたばかりの彼女の頬へと顔を擦り寄せた。 腕の中でカチンコチンに固まってしまっている、やっと捕まえた彼女の頬に――今度は唇を擦り合わせ、そして頬の中心部からゆっくりとこめかみに唇を滑らせる。
「だけど、そんなトコも好きだ」 「っ、ひ、」
くすぐったいのだろうか、それとも。 敏感に腕の中で声にならない声をあげた雪菜の耳たぶへと、今度は唇を落とす。 かぷり、と僅かに歯を立ててみればようやく、雪菜から"いい加減に……して下さい"だなんて他人行儀な言葉が聞こえてきた。 そんな今にも泣きそうなその声色に、シリウスが一つ苦笑を浮かべて顔を離してみれば、まるで茹で蛸のような雪菜の頬色が視界に入る。 ――あぁ、もっと早く伝えていればよかった、とラシくもない後悔を僅かにチリと胸に感じたけれど。
「……前みたいに、毎日顔を合わせれる訳じゃねぇけどさ。逢いにくるから」 「……うん」 「んで、あと1年経って卒業したらさ――……迎えにくるから、待ってろ」
その言葉に素直にコクリと頭を落とした雪菜を見つめながら、雪菜の後頭部をやわやわと撫でる。 それを少しくすぐったそうに受け入れながら照れくさそうに笑い、そして照れ隠しのように自分の胸元に顔を隠した雪菜を改めて強く抱きしめた。
***** (やっべ可愛すぎてもったいねぇ!) なんていうアホな事考えてたらいいです、シリウス君。
そしてそして!スペシャルサンクスfor 春和ちゃん(・∀・)! 素敵なシリウスを3枚頂きました! イケメソです、相変わらずイケメソですふぉおお(*´д`*) シリウスの学ラン姿とか脳内でしか再生されてなかったのに具現化具現化!ふぉおおお!! 皆様もこの感動を味わって下さい、味わいましょう、噛み締めましょう(キリッ 転写は勿論禁止です、このお話の内だけでお楽しみ下さいませ(ヘコリ
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