TF-dustbin | ナノ
 







飛行機で移動しましょう。





「何かいちいち面倒臭ぇなぁ。」
「しょうがないよ、これがルールだもん。」

背後から聞こえてくるぼやき声に振り返ってみると、彼と同じようにその後ろにもまた似た様な表情を宿した所謂"美男子"が数名列をなしている。
そんな少し目立つ一向の先頭に立った雪菜は肩をすくめて、銀髪の男―ジャズに苦笑を漏らした。

「それにわざわざ飛行機に乗らなくても軍にお願いして輸送してもらったらいいのに。」
「っていっても、万年赤字のNESTにはそんな予算はねーんだよな。」

はぁ、と溜め息をついて微妙な笑みを浮かべている雪菜とは相反して、ジャズの背後からひょこりと顔をだした金髪の青年―バンブルビーはきらきらと瞳を輝かせて雪菜と、その周りをきょろきょろと見渡した。
普段のロボットモードならここまで入ってくる事もできなければ、人間用の飛行機に乗る事も出来ない。
余程飛行機に乗る事を楽しみにしていたのか、カシャカシャと聞こえてくる人間にしてはありえない音を鳴らすバンブルビーはカメラアイで空港の様子をメモリに納めているのだろう。
その後ろでは体格のいい無愛想な男―アイアンハイドが小脇にジャズと似た髪色をしている男―サイドスワイプをしっかりと抱え込んでいる。
空港に着く前から嫌だ嫌だと首を横に振るサイドスワイプを半ば強制的に連れてきた師匠曰く、どうも彼は――高い所が苦手のようだ、どこかの司令官と違って。
"良い機会だから克服しろ"だなんて師匠に引きずられるサイドスワイプにはさすがの雪菜も失笑を隠せないでいると、ふと青髪の長身の男ーオプティマスと目が合った。

「一つ心配事があるんだが。」
「どうしました、オプティマス。」
「機内食とやらはインターネットで検索するに、少し栄養バランスが偏っているかもしれない。」

どうしたらいい、と真剣問うオプティマスに雪菜はついに肩を落とし、そして間もなくやってきた自分達の順番に返事をする事無く手持ちの鞄を籠の中へと入れた。
いつも運が悪く、ゲートをくぐるときに探知機に引っかかる事も多いが今日はどうなるやら、と思いつく限りの全ての貴金属をポケットから取り出し、最後に時計を外してガラガラと籠をX線へと押し流す。
その様子をじっと見ていたジャズの視線に気付き、ああそうか、と今更ながら始めて飛行機に乗るこの金属生命体の姿を一瞥した。

「鞄と、ポケットに入ってるのも全部ここに居れるのよ。」
「何でだ?」
「そういうものなの。爆弾とか持ち込んでないかチェックするため。」

へぇ、と返事を返しながら雪菜がした動作とまるで同じ様に、鞄を籠に投げ込んでごそごそとポケットから財布を取り出し、そして最後に――必要なんて一切ないのに――携帯電話を置いて籠を押し流した。
くるりと振り返ったジャズは今しがた告げられた事を後ろにいる仲間達に次げ、うんうんと素直に頷いて荷物を籠に入れ始める彼等のなんと可愛らしい事か――サイドスワイプを小脇に抱えていたアイアインハイドが籠に彼を押し込もうとしたのはさすがにラチェットに止められていたけれど。

「で?後は?」
「何もないなら、私に続いてゲートを通るだけ。」
「了解。」

さあ行こう、と探知機の向こう側にいる警備員が合図をしたのに軽う頷いてゲートをくぐり抜ける。
悪い事等何もしていないのにドキドキする気持ちを抑えてくぐり抜け、幸運にも今回は音が鳴らなかった事に胸を撫で下ろした、その時。
背後でピーピーピーという聞き慣れた音が聞こえてきた事に雪菜は足を止めた。

「え?」

私?と首を傾げてみると、警備員は面倒臭そうに首を振って自分の背後を指差す。
振り返ってみればきょとんとした様子で目を瞬かせたジャズの姿、その瞬間に雪菜の脳裏にもしや、なんて最悪の出来事が頭を過ったが既に時遅し。
警備員が近づいてジャズを誘導するようにゲートの隣の台を指差した。

「はい貴方、こっちへ来て、あれに乗ってもらいますか。」
「俺?」
「そう、貴方。」

カシャと僅かながら音を出したジャズは一瞬戸惑ったように雪菜に視線を送ったが、彼女がこくりと頷いた事に素直に警備員に応じて台の上へと足を進めた。
乗るや否やすぐにジャズの身体をごそごそと触りだした警備員に困惑の色を浮かべるのは、ジャズとそしてまだゲートを通っていない仲間達。
何事だと言うような不安そうな色を前面に押し出しているその様子はまるで小さな子供達のようで可愛いなんて思っている間等勿論なく、雪菜は脳裏に翳めた"可能性"に背中にひやりとしたものを感じながらその様子を見守った。

「もう一度ゲートを通ってもらえますか?」
「お、おう。」

やがてジャズの身体をチェックし終えた警備員が再びジャズに通るように指示を出し、素直にそれに従ったジャズが再度探知機のゲートをくぐり抜ける。
だが、やはりピーピーピー、と先程と同じように鳴り響いたその音に警備員は顔を顰め、そして雪菜は"あぁやっぱり"と溜め息を零しながら宙を仰いだ。
いくらヒューマンモードは人間となんらかわりない、とはいえ擬態は擬態。
中に詰まっているのは金属の塊でしかないのだから、もちろん探知機に反応してしまうのは当たり前なのだ。

「………。」
「な、何だ?」
「すいませんが貴方にはあちらに来て頂きます。」
「へ?!」

やがて数名の警備員がジャズを取り囲み始めた事に、彼が"俺は何もしてない!"なんて声を上げたが勿論このような場ではそんなもの何一つ通用する訳が無い。
はいはい、と軽く流されながら両腕をがっちりと掴まれたジャズからの助けを求める視線に、どうしたものか、と雪菜がX線からでてきた自分の鞄を取り上げた。

「お、おい雪菜!どうにかしてくれよ!」
「て言われてもこればっかりはねぇ……。」
「何暢気に言って……、うわ、ちょっと引っ張んなってお前!」

ここは一つ、軍の力に頼るか、と携帯電話を取り出して電源を入れているとジャズが狼狽える声が聞こえてくる。
見れば両腕を抱えられたジャズが――悲しいかな、屈強なセキュリティに抱えられると足が浮いてしまいそうになっているのは黙っておこう――連れて行かれようとしている。
どちらにしても、この場で軍に電話をしてやり取りをする話ではないしここは大人しく従うのが身の為だ、と未だゲートをくぐっていなかった他の仲間達に事情を説明して待機をお願いしようと振り返った矢先。

ピーピーピー、と絶え間なく響く音に雪菜は頬をひくつかせた。

「君、私たちに何か用かね。」
「失礼ですが貴方も同乗者ですね?」
「ああ、そうだが何か。彼は何もしていない、離してもらおうか。」

仲間の危機に、ずい、とゲートの下を堂々と音を立ててくぐり抜けるのはさすが司令官といったところか。
真下で止まった彼のせいでやかましく鳴り響いている探知機の異常を告げる音に雪菜が顔を顰めてオプティマスを押し返そうとすると、何やらドラマチックに"司令官!"なんてジャズのほっとした声が聞こえてきた。
"待っていろ、ジャズ"だなんて寸劇さながらの台詞を口にするオプティマスに雪菜がとりあえずその身体を探知機の中から引っ張りだせば、その背後からがやがやと現れた面子に頭を抱え込みたくなったのは言うまでもない。

「司令官、ジャズは何も悪い事してないよ!」
「師匠、やっぱり俺行くのめんどくさ、痛ぇ!」
「黙ってここにいろ、そんなに飛行機とやらが怖いのか。」
「俺は別に怖くなんて!」
「しまった、こういう事を考えてヒューマンモード搭載しておけばよかったな……。」

オプティマスを引っぱりだせば鳴り響かなくなる音、されど鳴り響く音とワイワイと交わされる言葉の数々。
出来れば彼等には空港内で待機をしていてもらいたかった、只でさえ落ち着きが無い彼等まで連れて尋問室に行くとなると――5分で済む話が1時間に伸びてしまうのは目に見えているのだ。
むしろここは他人の振りをして自分だけ目的地に、なんて事すら胸を過ったのだけれど。

「貴方もですね?」

ピーピーピーと鳴り響く音に顔を顰めながら不審な瞳を向けて自分達を見つめる警備員に、雪菜は力なくこくり頷いた。

勿論取調室でオプティマスが暴れたり、チャンスとばかりにサイドスワイプが逃げ出そうと試みたり。
バンブルビーが警棒なんてものに興味を持ったり、ラチェットが警備員に尋問の薬はないのかと尋ねたり。
取調室からようやく解放されたのはそれから数時間後、もちろん飛行機を逃したのは言うまでもない。





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アイドルボッツはヒューマンモードでの移動が大変、なんて。


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