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I call it love -1-





溜まりに溜まった始末書地獄をようやく終えて、雪菜は大きく伸びをした。

「終わ、ったぁ……」
「お疲れさん。処理も早くなったなぁ、お前も」
「そりゃこれだけ毎日毎日書かされてたら、それなりに”ウケのいい”言い訳を書くことぐらい慣れてきます」

それもそうだ、と笑いながらレノックスは受け取った始末書をぺらぺらと捲りながら――ロクに中身も見てないだろうが――最後のページにサインを書き加えた。
”これでも回数は減ったほうだ”と嬉しそに声を漏らすレノックスの言葉には一向に迷惑さを感じない。
何だかんだ言いながらもそれに付き合うレノックスもまんざらでもないのだろう。
現にオートボットの悪戯に付き合うレノックスの楽しそうなことといったら。上司である彼をオートボット達と一緒に叱るのすら恒例になっているのだからほとほと呆れてしまう。

「どうだ、食堂にランチにでも行くか?」

ぐるぐると一際大きな音を立てて腹を押さえるレノックスに、雪菜もまた空っぽになったお腹を押さえ。
”そうですね”と席を立とうとしたその時、机の上においてあった携帯電話がブルブルと音を立てた。
今まで暗かった画面にチカチカと明かりを灯すその差出人――JAZZ――の名前を見て、雪菜は頬を緩めた。

「何だ、また例のベーグルサンドか?」
「はい……すいません、お昼ご一緒できなくて」
「気にするな。それにしても、仲良いよなぁお前ら」

ニヤニヤと意味深に笑うレノックスには一瞥もくれずに、着信を告げたメール画面を開いてからカチカチとボタンを鳴らしてすぐに返信を返す。
ゴホン、と雪菜はワザとらしく咳払いを漏らしては見るが、レノックスには――ついでいうなら隣に座るエップスの嬉しそうな顔といったら、逃げようがない。

「……彼らの橋渡しが仕事ですから」
「あいつは人間に近いよな、趣味とか発言とか」
「……何が言いたいんですか」

まったく、と小言を漏らす様雪菜がに呟いてみても、レノックスの表情を見返すことが出来ないのが苦しいところ。
嬉しいくせに、だなんておちょくりを入れてくるエップスの視線さえも交わしながら、未だにニヤニヤと笑う彼に失礼します、と告げてみれば”ごゆっくり”だなんて返って来る始末。
これが上司の言う言葉かと胸中で悪態を吐きながらも雪菜は逃げる様に建物の外へと足を急いだ。


太陽をめいいっぱい浴びながらキラキラとシルバーのボディを光らせるソルスティス。
建物の前で大人しく停車するその車にNEST隊員達は気さくに声をかけ、それに答える様にソルスティスも数回ライトをカチカチさせたりワイパーを揺らす。
基地の外では絶対に見ないだろう車に話しかける行為は、この基地では見慣れたもの。
心なしかボンネットが微動しているその様子に雪菜は笑みを漏らしながら運転座席へと体を滑らせた。

「さっむい!」
『おーお疲れさん、今日は一段と寒いぞ』
「なになに、どうしてまた?」
『新商品のアボガドとシュリンプってのが美味そうだってあいつらが言っててな。……の割りに今日はこの天気だ』

車内に入るや否やあり得ない程冷やされた空気が身体を包み込み、雪菜は思わずぶるりと震わせる。
そんな雪菜にスピーカーから返ってくる笑いを含んだ声に、”それで”と少し不満ではあるものの納得しながらすぐに発車した車に体を預けた。

「冷蔵庫みたい」
『冷蔵庫並に冷やしておいたからな。食中毒で誰かさんが倒れると始末書を処理するやつが居なくなるからな?』
「その前に始末書を書かなくて良い様に普段の行いを改めて欲しいんだけど」

くすくすと笑いながら助手席においてあるクッションと紙袋に雪菜が手を伸ばして中を見ると、クランベリージュースにベーグルが2個。
軍から少し離れた場所にあるこのベーグル屋が雪菜の大好物だったりするのがが、いかんせん外にでる機会のない自分は買いに行く時間も足もない。
その事をジャズに漏らしたのは来てすぐの事でそれ以来、任務等で外に出る時には――実際任務がなくても買いに行っている様なのだが――こうして自分のためにランチを買ってきてくれる。

ジャズ曰く、人間の食べ物はよく分からないけれども見た目がクールに見えるらしい。
彼のベーグル屋通いもNESTではある種日課にもなっているせいで、女子隊員達からの注文も絶えない。
新商品とやらまで把握している彼には雪菜も驚かざるを得ないが、恐らく同じくデリバリーを頼んだ女子隊員達に聞いたのだろう。

「うん、でも確かに美味しそう」
『だろ、匂い的に俺もありだと思う』

やがて停まった車に、紙袋とクッションを片手にひょいと外へ出ると車内と違ってじんわりと暑い熱が肌に染み付いてくる。
確かにこの気温の中で車内にこれを置いておけばあっという間に食中毒まみれのベーグルになってしまうのは容易に検討はつくが。
ガタガタと震える様子でロボットの姿へとトランスフォームをしたジャズに、雪菜はぷ、と噴出した。

「ジャズには"寒さ"とか感じる機能はないでしょう?」
『ねぇけど、……ちょっと真似しただけ』

両手を抱えながらオーバーなリアクションを取ったジャズは”冗談のわからないやつだ”とでも言わんばかりに首を振りながらその場に座り込んだ。
そんな人間のようなアクションに驚かされたり笑わされるのは今に始まった事ではない。先ほどのレノックスの言葉通り本当に彼は人間臭いとつくづく思ってしまう。
地面に座りこんだジャズの足を器用に上りながら”定位置”である彼の膝の上に置かれたクッションの上に雪菜もまた腰を下ろし、ガサガサとラップに包まれたベーグルに手をかけた。

「今日のジャズ冷たいね、やっぱり」
『丁度いいだろ?簡易クーラーだ』
「あはは、そうかも。ジャズはもう食べた?」
『ん、まだ補給しなくていい』

勿論機械生命体である彼らが人間の食べ物を食べるなんて事はない。その代わりにエネルゴンと呼ばれる純エネルギー体を体に取り込む。
何度か彼もここでランチを取るとるときにそれを手にしている日はあるが、今日は持っていない。
どうやら人間よりも食事を取る頻度が少ないらしく、それはそれである意味燃費がよくて羨ましいと雪菜はすっかり減ってしまった自分のお腹に苦笑を漏らした。

「エネルゴンって美味しいの?」
『味覚は俺らには無いからなぁ』
「ふぅん……ねぇ、これ美味しいよ。ありがとう」
『そうか、よかった。成分分析的には雪菜の好みだろうと思った』

さすが副官、と笑えば、だろ、なんて調子の良い返事が返ってくる。
人間と同じものは摂取できないのに、好みを把握したうえでベーグルをいつも選んでくる彼と食事を共有したいと、以前ラチェットに相談をしてはみたが結局二人で頭を悩ませてしまったまま。
忘れてしまいそうになるけれども、誰よりも人間らしい彼等が人間ではないと、そういう時に改めて超えられない壁というものを痛感してしまう。

『午後からも書類整理か?』
「今日はね、サイドスワイプのタイヤ交換だよ」
『あいつが素直に応じたのか?』
「ううん、だからアイアンハイドに頼んで捕まえてもらう予定」

”それなら順調に終わりそうだ”と納得しながら自分の頭に触れたジャズの指に雪菜はベーグルに噛み付いた。
最初こそ最悪な出会いだったけれども、それからこうして彼に触れられる事で痛みを感じた事はない。
むしろ自分の髪をゆるゆると撫でる彼の指先が心地良いとさえ感じてしまうのだから、自分もいよいよ機械オタクになってしまったのかと雪菜は苦笑を再度漏らした。

『ぷ、お前頬についてるぞ』
「え?うそ」
『ほら』

バイザー越しに見下ろされた彼の顔を見上げてみれば、ついで頭に触れていた手が口元へもっていかれる。
絶妙な力加減で頬を拭った彼の仕草にを気にする事無く、雪菜は片手にもっていたクランベリージュースを喉に流し込んだ。
慣れたもんだ、と笑いながらBGMをどこからとも無く流すジャズに、拭われた頬を指で撫でながらも雪菜はベーグルにもう一度口をつけた。

「ジャズは器用だよね」
『人間みたいに、頬を拭ったのを舐めるなんてできねぇけどな?』
「またどこでそんなの覚えてきたのよ」
『この前みた映画でな、えっとタイトルは――』

何をするわけでもない、ただ自分が食べている間に隣に座っている――正式には雪菜の椅子になっているのだが――彼に以前、暇じゃないのかと尋ねてみれば、”この時間が好きなんだ”とさらりと言われた事がある。
レノックスにこそああ言われてからかわれる事もあるけれども、雪菜自身も知り合いの少ないこの基地にて人間ではないけれどもこうして時間を過ごせる相方ができたのは心強い。
インターネットを駆使して地球の文化に興味津々な彼から映画や音楽の話を聞いたり、時には共に映画を見たり。
何だかんだでオートボット達の中でもジャズと過ごす時間が一番心地が良いものになっているのは――否定はしない。

「……機械生命体なのに、人間臭いんだから」
『あんまり変わりねぇだろ?それより後で映画見ようぜ、新しいやつをダウンロードしたんだ』

自身満々に問いかける彼の言葉。
図体こそ違うものの、喜怒哀楽のある彼等は確かに人間とは”ほとんど”変わらない。
にぃ、と笑う仕草を見せる機械生命体のジャズを見つめながら、雪菜も笑みを返してごくりと喉をならしてベーグルを喉に落とし込んだ。





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