TF | ナノ
 


いよいよ今日からと大きく深呼吸をして鏡に映った軍服の自分を見つめた。

間もなくして、病室の下から響いてくるクラクション、そして聞き慣れてしまった機械音に窓を振り返った先にあったブルーのカメラアイににっこりと微笑んだ。





hello new world





『準備はできたか?』
「ジャズが迎えにきてくれたのね」
『あぁ、今日から楽しみだ』
「別に何をする訳でもないけど、ね?」

揺れる車内に座るのは自分一人であって話しかける人は誰もいない。
傍から見たら異様光景だけれども、ここではそれが当たり前の光景なのだからおかしなものだ。
雪菜は高なる鼓動を感じながら助手席に置かれているピンク色のクッションを膝に抱きしめた。

「あれ、ここに土がついてる。何したの?」
『……さっきツインズが”土団子”ってのを投げつけてきてよう、何だあれは、以外と硬いじゃねぇか』
「まぁロボットの力で握ったら……そうかもねぇ。ていうか朝から何してるの」
『それはあいつらに言ってくれ』
「後で洗車だね」

あはは、と乾いた同情の笑い。それを察したジャズははぁ、と機械音らしい溜息を漏らして”頼む”とボンネットを軽く跳ねさせて格納庫へと車を進めた。
少しずつ見えてくる格納庫。
そういえば最初にここで気絶したな、何て思えば気恥ずかしくもあるけれど、あれ以来頻繁に訪れた格納庫は今となっては見慣れたもの。
正式には今日から働く事になる格納庫を見つめてとくんと少しだけ鼓動が跳ね上がる。

「でもちょっと緊張するなぁ」
『別にいつもと変わらないだろう?』
「そうだけど……今までは民間人、今日からはNESTに属すって事でしょう?……本当に軍なんかに属していいのかな」
『大丈夫だって、雪菜のメカの腕は俺が保証する。ラチェットに比べるとそれはもう最高の腕だ』

ジャズの嬉しそうな声がスピーカーから響いてくるのを聞いて、雪菜は助手席に体を預けた。
そう、あれから格納庫に出向く様になってオートボット達と会話を交わして行く中、具体的にはどういう事をしたら良いのだろうかと日々彼等を監察していた時。
やはり興味があるものに視線がいってしまうのは致し方が無い。まさかこんな所で役に立つ日がくるとは、と”あの日”の事を思いだした。



あれは格納庫でのんびりと過ごしていたある日の事。
リペアルームにて隙あらば逃げようと目論むオートボット達を軍医であるラチェットが押さえつけて、バチバチと光やら煙が溢れているのを雪菜はまじまじと見ていた。
こう見えても一応は機械工学専門であっただけに、複雑に絡むコードや工具はやはり雪菜の視線を引きつける。

『うわ、ちょっ、ラチェット!やめろ!そこは壊れてない!』
『ジャズ、ちょっとは黙ったらどうだ。レディの前でその騒ぎ様は無様だぞ』
『違うって、そこ!おまっ!だからそこは関係ないって!』

”俺をスクラップにするつもりか!”と騒ぐジャズ相手に容赦なく火花を散らすラチェットに、最初こそは驚いて唖然としてしまったがもはや慣れたもの。
戦地から帰ってきた時や、日頃の”ちょっとしたお遊び”で傷を追って帰ってくる彼らを毎回小言を漏らしながら修理するのはいつもラチェットの仕事。
今回の可哀想なモルモットはジャズ。
バンブルビーがツインズと仕掛けた罠に見事に引っかかってしまった彼の右腕が人間で言う”脱臼”の様にぶらりとなってしまい、更には指までもが軟体動物のように動かなくなってしまったのだ。

『ああもう、こんな細かい作業面倒だ、いっそ腕を切り取ってみようか』
『ムリムリムリ!俺死ぬぞ、出血多量で死ぬぞ!』
『何言ってるんだ、血液なんて入ってないだろう。よし、そうと決まれば、』
「ラチェット先生?」
『ん?何だ、雪菜君』

目の前に横たわる(正確には締め付けられて固定されている)、いつも自分が乗る掌を見つめてぽつりと雪菜は口を開いた。
いくら指とはいえ、それでも雪菜にしてみれば大きいが、彼らと同じサイズのラチェットからすれば細々して遣りにくいのかもしれない。
現に前回はアイアンハイドが指をもがれたまま数日放置されていたのを見たことがある(ただの嫌がらせかもしれないけれど)。

「私、指の方の修理やってみてもいいですか?」
『ほう、できるかね?』
「見よう見まねですけど……実験がてら」
『うむ、それは良い案だ。どうせ切り取……何か分からない事があったら聞いてくれ』
『ちょっと待て待て待て待て!!!ラチェット、今何つった!?それに雪菜、やめてくれ、いくらあの日の事を根に持ってるとはいえそれはねぇだろ!!』

横になりながらもジャズが派手に暴れてはいるが悲しいかなジャズを締め付けている台はぴくりとも動かない。
未知の経験に胸を弾ませながらコードを指で弄り始めた雪菜にバイザーをあげて真剣に訴えるジャズの声は勿論届く事はない。
ラチェットの修理の様子を日々観察していた分、何と無くの要領は得ているつもりだし、彼が直すやり方はオールスパークという不思議な機能をもつ心臓がある以外は学生時代に扱っていたロボットとは変わりない、筈だ。

『俺死ぬ、死ぬ、あぁマジで俺もう太陽が拝めないかもしれない……』
「大丈夫よ、ジャズ。私こう見えてこっち方面詳しいから。多分、多分大丈夫。多分ね」
『多分が多いぞ雪菜……』

あはは、と笑いながら目の前のコードがはみ出た指に手を伸ばす。
オートボット用の工具箱の中から自分に使えそうな小さな工具を取り出してきて目の前の指を器用に解体し始めた。
さすがにロボットにも恐怖心があるのだろうか、すっかりと黙り込んでしまったジャズからは忙しないエンジン音が響いていたが、慣れとは怖いもので、気にも止めずに雪菜は複雑に絡まったコードに手を伸ばした。


『――俺、今度から雪菜にリペア頼むわ』


問題なく動く手を見下ろしながら嬉しそうに呟くのはジャズの姿。
あの後ラチェットからの指示を受けながらも器用にケーブルを繋ぎ合わせたり火花を飛ばせたり。
悪戦苦闘はしたものの何とか元の形へと戻す事の出来た雪菜に、ジャズだけでなくラチェットも嬉しそうに頷いた――これで荒い人使いから解放されるとでも思っているかのように。

あの日以来、正式なお試し期間がまだ始まっていないとはいえリペアルームが雪菜の定位置になったのは言うまでもない。
機械や工具を相手にするのはな慣れたのだけれども、やはりロボット、しかも”意思をもつ”もの相手にはやはり苦労はしてしまものの、面倒見の良いラチェットから日々教えを乞うてるうちにすっかりと師弟の様な関係が出来上がってしまった。

「まだ指しかできないよ。ラチェット先生に教えてもらわないと」
『なるべく早く習得してくれ、俺らがスクラップになる前に』
「それにしても貴方達の指、取れ過ぎじゃない?バンブルビーなんて昨日も取れてきたのよ」

もともと雪菜に興味津々だったオートボット達へ回る伝達速度の速い事――オプティマスにおいては自分で指をもいでリペアルームに現れた程だ。
あれにはさすがに呆れてしまい唖然とした雪菜に、軍医のラチェットがリペアをしてしまったのだけれど。
―――もちろん彼等にだって痛覚回路と呼ばれる痛みを感じる回路だってある筈なのに。

『遊んでもらいたいんだって、雪菜と』
「遊ぶって、ねぇ……」

やたらめったら”遊んでて”、”うっかり”とどこかを負傷してくるオートボット達は後を耐えない――といっても主にツインズとバンブルビーなのだが。
お陰様で指の修理においてはすっかりと自分の仕事になってしまった。
役に立つのは嬉しいけれども、これは素直に喜ぶべき事なのだろうか、と失笑を浮かべながらもゆっくりと停まったソルスティスから降りて、両頬をパチンと叩く。
昨日も気軽に話しを交わした仲ではあるけれども、今日は違う。
格納庫中心に立つオプティマス、その足元にレノックスやエップスの姿を見つけて雪菜は背筋を伸ばして格納庫へと足を進めた。

「おはようございます。今日からお世話になります、改めてよろしくお願いします」

軍隊式の敬礼なんて遊びでやる以外にした事はない。
今日を向かえるにあたって慌ててレノックスやエップス、他の隊員に何とか教えてもらった敬礼に”何か違和感があるがまぁいい”との評価を貰ったのは昨夜の事。
目の前ではビシっと綺麗に音がしそうな敬礼を構えたレノックスにエップス、いつものNEST隊員達はそんな雪菜に笑みを浮かべた。
背後ではオートボット達も自分を迎える様にきちんと整列していて、彼らの真似事だろうか、敬礼を模した風に手を上げている。

「改まったのは節目だからってことにしておいてくれ。というわけで、今日からよろしく頼む。雪菜”准士官”殿」
「准士官、ですか?」
「”仮に”とはいえNESTに属してもらうからな。安心しろ、戦地への同行は極力ない、と思う」
「思うって……行っても、ものの数秒で殉職するのがオチです」
「否定はしない。まぁ、もっと気楽にいこうぜ。こいつらともせっかく打ち解けてきたんだし、な?」

ははは、とすぐ隣に立つアイアンハイドの膝をバシバシと叩くと”むずがゆい”なんて声が振ってくる。
”今度はメガトロンの腕に抱きつくか”という何とも言えないレノックスの言葉に曖昧に頬を引きつらせながらふと、ずっと問いかけようと思っていた疑問が口をついた。

「はい……まだまだこれからですけれど。ところで、レノックスさ……少佐。お試し期間だと何度も念を押していますけど……嘘ですね?」
「……というと?」
「オートボットがいくら人間に害のない存在だとしても、軍事機密には代わりない。素人の私には軍の事はまだ把握できていませんけど、ここ、隔離されていますよね?それだけの機密を扱う部隊の病院に民間人であった私が運ばれてきただけでもマズいのに、オートボット達ともここまで関わってしまった……となると平凡な生活に戻るにしても軍の監視下か、何かしらの制約がつきますよね。たった1人の民間人にそんな労力を使うのはNESTとしても本意ではない筈です、出来たばかりですしね?だからいっそのことこっちに引き込んでしまえばいい、幸運にもその民間人は機械工学、ましてやロボット工学を専門としていたならばきっと役には立つだろう、と言う訳での勧誘だったと思っているのですけども」

流れる様に目の前のレノックスへと告げてみれば、ぽかんとした様子で雪菜を見返してくる。
自分の言葉を理解するのに時間がかかっているのであろうか、暫くの間目をぱちぱちとさせていたレノックスは急に破顔して、隣に立っていたエップスも、まいった、と言いながらも嬉しそうに口元を上げた。

「追加、しかもその民間人は頭もキれるときたもんだ。これは引き抜く人材だろう?」
「戦闘能力はゼロですけどね」
「なぁに、すぐに慣れる……と言うわけで、改めて、本日付でNEST准士官を義務図ける」

慣れるとは何にだろうかという疑問は、ついで振ってきたレノックスの引き締まった声にかき消されてしまった。
やがて緩んだ空気に、日頃会話を交わす隊員達が嬉しそうにハイファイブを交し合い始め、隣ではバンブルビーの陽気なラジオが流れ始める。
ふぅ、と息をついて雪菜は隊員と、オートロボットを見渡してもう一度”よろしくお願いします”と頭を下げた。





end.

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