TF | ナノ
 


hello new world





怖くはなくなったとはいえ、それはアイアンハイドとバンブルビーのお話。
この調子で明日は1ヶ月世話になる格納庫にもう一度近づいてみようかな、なんて思っていた矢先。
病室に近づいたトップキックのウィンドウ越しに見えた光景に雪菜はシートを無意識のうちに強く掴んでいた。

「あ、あの」
『オプティマスに、ジャズか』
「あ、アイアンハイド。できれば……避けて戻れないかな」
『それは……今更、無理がないか』

ですよね、という程相手にも自分にも視界に入る距離。
やっぱりあの車は彼らだったのかと裏付ける様にロボット姿の二人は車と同じ色をしている。
オプティマス何やら病室へと顔を突っ込んでおり、その腰の辺りにジャズが帰ってきたアイアンハイドに気付いてこちらへ歩き始めてきた。

「わ、きた、きた!」
『大丈夫だ、何もしない』
「でも……」
『降りるか?』

ガチャと開いたトップキックから慌てて降りて少し離れえ見れば、今度は何も言わずにアイアンハイドがロボットへと戻る。
先ほどみた光景だった分、恐怖心は湧いてこなかったが、それよりも。

「ひっ」
『ん?』
『よぉ、アイアンハイド。勝手に抜け駆けとは、ずりぃじゃねぇか』
『たまたま通りかかっただけだ』

へぇ、と体格の違う体を下から覗きこんだジャズをアイアンハイドの足元からそっと見上げ。
ロボットなのに良く見ればバイザーをしている、と影からこそこそとその顔を観察していれば。
首を上げて見上げていたその視線に気付いたのか、アイアンハイドの目の前にジャズが急に腰を下ろした。
ガシャンとコンクリートに機械がすれる音。
先ほどはアイアンハイドがこれ以上ないほど気を使っていてくれたお陰で音に驚く事はなかったけれども。
またしても叫びそうになった自分に必死で怖くない、怖くない、と呪文の様に頭の中で繰り返す。

『どうした、アイアンハイドの足に隠れたりして。こっち来て話そうぜ?俺の名前、わかるか?』
「っ、じゃず、さん」
『そう、それが俺の名前だ、雪菜』

そして目の前に座ったジャズもまた、人間らしく指を鳴らす仕草を見せる。
もちろん、パチンなんて音はせずにギリギリと金属の擦れる音が聞こえてくると思えば、耳に届いたのは指を鳴らす人間の音。
どうして、と目をぱちくりとさせた雪菜に、ジャズは楽しそうに笑っている表情を金属に反映させた。

『どうだ、上手く言ったと思うか?』
「は、はい……」
『インターネットってやつで人間ってのを研究してるんだが。おもしろいな、って、あ』
「ど、どうしました?」

これまたパチン、と指を鳴らす音と同時にジャズが今度は額を叩く。
その音は少し違うんじゃというツッコミは置いておいて、何が続くのかと右手にしっかりと握り締めたアイアンハイドの機械のパーツを握りなおした。
ちょっとだけ汗ばんでるのは、やっぱり緊張しているせいだろうか。

『その……投げちまって、悪かったな、この前は』
「え?あ、……」
『”たかいたかい”ってのが小さい人間を喜ばすってインターネットでヒットしたんだけど、』

決まり悪く頭をかく仕草に、雪菜はぽかんと開いていた口の端がつりあがるのを感じる。
どうやら、ロボット一人間とやらに興味のある目の前の銀色のロボットは、取り乱した自分相手にブレインサーキット内で即、落ち着かせる方法をインターネットを叩いたらしい。
そこで出てきたのがどうやら……たかいたかい、だったとは。
気絶する少し前に薄らと残る記憶には、そういえば、ひっひっふーだなんて自分に言っていた気もしなくもない。

『あれは赤ん坊にやるもんだって、後でレノックスに怒られた』
「あぁ、はい……」
『しかも、俺の手は鉄板だから……痛かったよな。本当に悪い』

ガキン、と今度はちゃんと機械がぶつかる音が聞こえて、目の前に座ったジャズが両手を器用に手合わせた。
ごめんなさい、という仕草の検索でも今度はしたのだろうか。
その仕草に、釣りあがっていた頬の先からようやく笑みが零れはじめる。
殺されるとすら感じたあの恐怖感を、むしろ返してもらいたい程だ。

「いえ、そういう事情ならいいんです。すごく……痛かったですけど」
『……お前、結構根に持つタイプだろう』
「だ、だって、……あ」

文句の一つでも言ってやろうかすら思っていたけれども、それよりも先にあの情景が思い浮かぶ。
もしも、あの時。
コンクリートが飛んできたあの時に、助けてもらわなかったなら、今頃は間違いなくこんな所に居なかっただろう。
ずっと言いそびれていた言葉。

「あの時は助けてくださって、ありがとうございます」
『俺が?』

きょとんとした表情でこちらを見返したジャズのカメラアイが、パチパチと数回閉じては開く。
”それはこっちの台詞だろう”と口を開いてからほんの数秒の間、行動が停止した風にも見える。
あの状況下では人間一人助けた事なんて覚えていないのか、と事の経緯を説明しようとしたその時、”あ、俺もお前を助けてたのか”なんて声が聞こえてきた。

「思い出し、ました?」
『あぁ、今リプレイしてた。そうか、あれは雪菜だったのか』

もうここまで来ると驚くよりも関心してしまう。
どうやら機械である彼らのブレインサーキットは人間の脳よりも遥かに出来がいいらしい。
あのときの状態を思い出したジャズは”そっかそっか”と陽気な声で首を数回振ってみせた。

『なら、お互い様ってやつか。あぁ、でも雪菜を助けてなかったら俺は誰からも助けてもらえなかった訳だし……』

”やっぱり、お前は黙ってるべきだ”と言い出したヤケに律儀な目の前のロボットに、雪菜は掴んでいたアイアンハイドの足からようやく手を離した。
それに気付いた彼が、まるでようやく開放されたとでも言いたいのか、ゆっくりと――それでも驚かさない様にそっと足を動かす。
アイアンハイドが十分に気を使ってくれているのは承知ではあるが、万が一踏まれてしまうと、と思いそろそろと雪菜は足の間を潜り抜けて目の前の銀色のロボットの元へと歩み寄った。

『そんなお姉チャンに、今度は快適な手の上へとご案内、するぜ?』
「………投げないで、下さいね」
『あぁ、約束する』

告げられる笑みを含むジャズの声に、先ほどアイアンハイドの手にのったのと同じ様にそっと足を伸ばしてみる。
完全に体を手のひらの上に乗せてそこへ座ってみれば、お尻には冷たい金属感。
なかなか持ち上げようとしないジャズの様子に首を傾げると、何やら背中部分に手を伸ばしていたジャズはごそごそと指先で何かを摘みながら――ピンク色の何かを取り出した。

『ほら、これで痛くないだろう?』
「クッション……?」
『ん、持ち上げるぞ』
「わ、」

アイアンハイドに比べると動きは速かったけれども、渡されたクッションを背に敷きながら上がる上空には慣れはしないがそれ程の緊張感はない。
同時に立ち上がったジャズから伝わる振動に、片手で親指に当たる部分を掴んで入れば、やがて目の前に立っていたアイアンハイドの―ー胸元が見えた。
首を上げてみれば、胸元の装飾が少し邪魔をするがきちんとアイアンハイドの顔は目に飛び込んでくるけど、その背後に見えるオプティマスは、更に首をあげないと顔はきちんと見えない。
ロボットによってサイズが違うのには何か理由があるのだろうか、とあげていた首を”戻して”ジャズの顔をまじまじと見つめた。


ーーもしかして彼は、人間でいうチビと言う部類に入るのだろうか。


「…………」
『お前今、絶対失礼な事考えただろ』
「え、いや、そんな、何も考えてないですよ」
『ほぉ、スキャンしてやろうか』
「え、ええ、そんな事まで分かるんですか?」

口には出していないが確かに思ってしまったソレに慌ててカメラアイを見つめてみれば。
”どうだろうなぁ”なんて不気味に笑うジャズに雪菜がぞくりと冷や汗を感じ。
そんなやり取りを見ていたアイアンハイドがため息混じりにジャズの頭を少し強くガツンと叩いた。

『嘘を教えるな』
『いって、何だよオッサン。俺は別に嘘はついてねぇよ、心拍数とかで人間ってやつは嘘を見抜くらしいって調べただけだ』
『だとしても、怖がらせるな』
『へぇへぇ』

”スキャンなんてしねぇよ”と悪戯な声色で話すジャズに、ほっと胸を撫で下ろす。
ふかふかとしたクッションは一体どこから持ってきたのか、というかどこに隠していたのか。
そんなことを尋ねようと口を開いたその時、”おーい”と上空にも関わらずに呼びかけられる声がして振り返ると――同じ視線の先にレノックスの姿。
どうやら自分の病室を訪れていたらしい彼に、ジャズがゆっくりと近づけてくれた。

「すっかり慣れたようだな」
「レノックスさん……、はい、何とか。すいません、何か用事でしたか?」
「あぁ、ちょっとな」
『ん、飛び込めるか』
「ありがとうございます、ジャズさん」

クッションを持ったまま、指し伸ばされたままの指の上をすべり華麗に窓から病室へと帰還する。
隣にあるオプティマスの大きすぎる顔にひくりと体に一瞬緊張が走ったものの、クッションを抱えなおして窓際に立っていたレノックスへと向き直った。

「どうだ、可愛い奴らだろ?」
「まぁ、はい……人間と同じなんだなって、思いました」
「そういうこった。見てくれはこうだけどな。1ヶ月、やってみるか?」
「……私にこなせるか不安ですけど、一度引き受けたからにはしっかりとやらせて頂きます」

”そうか”と笑うレノックスの笑いは上手くしてやった風にも見えるけれど、とりあえずはやってみようと思う。
自分に何ができるかはわからないが、当初は恐怖心しかなかった”彼ら”への恐怖心も消え、むしろ好奇心さえ湧いてきているのは事実。
”なら詳しい話をするぞ”と持ってきていた書類にレノックスが手を伸ばしたその時。

『やはり、この病室の窓は狭いと思うんだが』
「お、おいオプティマス、もう壊すんじゃないぞ」
『しかしこれでは雪菜の顔が見えなくてな……こういう話しは皆でした方がいいだろう、ふむ、ちょっと待て』
「っだー!手をかけるな、手を!!やめろ、やめるんだオプティマス!」
『なぁに、心配するな。前回の事で力加減は学んだ』

HAHAHA、と笑いながらミシっと窓際が立てることのない音を立てる。
やばい、と認識して咄嗟に部屋の入り口へと走れば、レノックスも同じことを察したのか窓際においていた書類を慌てて持ち上げて奥へと引っ込む。
勿論、前回の破壊具合を覚えての事。いくら力加減は学んだとはいえども、力任せに窓を拡張しようとすれば何が起こるか大体の想像はつく。


ミシ、ミシ、ガシャン、ガラガラ。

半壊した前回に比べれば……だいぶマシにはなった、とは思う。


ぐんと近づいて窓から満足気に顔を覗き込ませて”やぁ”と爽やかに笑うオプティマスの背後には見える筈のないアイアンハイドとジャズの姿。
アイアンハイドからは溜息の様な機械音を鳴らしながら肩をすくませているし、こちらに手を合わせていたジャズはキュインという音とともに慌ててオプティマスの方へと走りよってきた。

『オプティマス!俺があげたCD!ちょ、踏むなっ!』
『うん?どれだ?』
『動くな、動くなって!』
『うぅむ、わからんぞ?勘違いじゃないのか、ジャズ』

どうやら先ほどバンブルビーが置いてくれたままにしてあったCD―そういえばジャズからだった―が、さっきの衝動でどうやら下に落ちてしまったらしい。
もちろんバンブルビーが持ってきてくれた”根っこごと引き抜いた花”も残念ながら病室には見当たらない。
ジャズに言われて首をかしげながら足元を覗き込んだオプティマスは動くなという同胞の言葉を完全に無視して――動いた。

『ソレだ!それだっての!あ、あ、あーっ!!!』

オォウ……、と何ともいえない残念そうな声を漏らしたオプティマスに、隣でレノックスがついに絶望から崩れ落ちた。





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