TF | ナノ
 


怖いかって?

当たり前じゃない!!!





hello new world





”何処に行くつもりだったんだ”、とスピーカーから話しかけられて雪菜はドキドキと高鳴る心拍数を感じながら言い淀んだ。
行き先は特に決めてない、なんて言えば彼―−アイアンハイドは怒るだろうかとおそるおそる緊張で乾いた喉を開いてそう告げてみれば、意外にも彼は”そうか”と呟いてゆっくりと車を走らせ始めた。

「あ、あの」
『何だ』
「どこへ……?」
『適当だが、まずかったか?』
「い、いいえ。結構です」

心無しか小さくなったラジオのスピーカーに話しかけてみるとちゃんと返事は返ってくる。
それでも居心地の悪さに雪菜は流れる景色を見つめていれば、そのうち格納庫のある方向へと進み始め。
反射的にぎくりと体を強ばらせたが、車はそのまま格納庫を通り過ぎて大分離れた海際へと向かって行き。
やがてガチャリ、と自然と開いた助手席の扉に、いつの間にか離れていたシートベルトを解いてそっと車から降りてみた。

さてどうしようか、と雪菜は目の前に広がる海原を見つめ、そして降りたばかりの車を背後に感じながら恐怖でがちがちに固まった脳を一生懸命に解し始めた。
自分を下ろした黒いトップキックはちらりと振り返ってみればだいぶ離れたところまで後退している。
彼なりに驚かさない様にしているのかと無人の車を見つめていれば僅かに車のボンネットが跳ねた。

『怖いか』
「………はい」
『何も危害は加えないと分かっていても、か?』
「………ごめんなさい」

降ろされた車相手に頭を下げるなんて、少し前の自分では考えられなかっただろうし、頭のおかしな人だと思ってはいたけれども。
大きなトップキック相手に情けない声を上げている自分の頭はおかしくない、筈。
どこか途方にくれたように見えるトップキック相手に雪菜は顔をゆっくりとあげてその車を見つめた。


この車が、ロボットに変身する。

大きい金属の塊に。


「アイアンハイド、さん」
『何だ』
「……あの、ロボットの姿になってもらえますか」
『………』
「大丈夫、ですから」

どくどくと高鳴る心拍数がまるでやめておけと言っている様にも感じるけれども。
目の前で戸惑いながら無人の車が更に後退する音、そしてキュインと機械のモーターが回る音を感じながらその変形する姿をしっかりと見つめた。
どこがどうなって、なんてきっと説明はつかない。
だけども確実に車が人形のロボットへと変身していく様に震えながら唾を飲み込み、やがてドスン、と土を踏みしめながら機械音を鳴らす大きなロボットを前にはやはり一歩も動く事はできない。

『……恐がらくていい、何もしない』
「は、はは……や、やっぱり、怖い、です」
『車に戻るか』
「あ、いえ、いいえ……そのまま、で結構です」

そうか、と唸る様な低い声を発したアイアンハイドをじっと見上げる。
ドクドクと体内で音を立てる心臓音は彼らには聞こえないのだろうか、もしかしたら聞こえてるのかもしれない。
見たかったから変身してもらったはいいが、どうも流れる気まずい空気。
今になってバンブルビーがいかにフレンドリーかという事がよく分かる――同じロボットなのに性格までこうまで違うというのか。

「アイアンハイドさんは……その、どうしてココ……地球に、居るんですか」
『事の経緯は聞いたか』
「あ、はい……メガトロンさんとオプティマスさんの喧嘩ですよね」
『……………』
「ち、違いましたか?」

何か間違った解釈だっただろうかと恐る恐る離れて立っていたアイアンハイドを見つめてみれば、一瞬ぽかんと機械の口をひらいていた様にもみえた。
それでも、雪菜がおろおろと顔を歪めたのに気付いたのか、すぐにカシャンと何処からとも無く音が立ち始めた。

『ま、ぁ……まだこの地球にはディセプティコンの残党がいる。我々が招いた問題だ、我々が解決せねばならぬ』
「で、でももうメガトロンさんはもう居ないんです、よね?」
『だが、残った残党とはいえ気は抜けぬ』

どこか慎重に言葉を選んで話しているアイアンハイドの言いたい事は、だいたい理解はできる。
確かに残党とはいえロボット相手に人間が勝てるとは思わない。仮に勝てたとしても大きな代償は免れないだろう。
その後も湧き出る質問に一つずつ丁寧に説明を返してくれたアイアンハイドに、雪菜は少しずつ落ち着きを取り戻した胸に手を当てた。

「少し……落ち着きました」
『そうか』
「近づいてみても、いいですか?」
『し、しかし……』

震えていた足を叱咤しながらゆっくりと進ませてみれば、すぐさま大股で一歩下がるアイアンハイド。
もう一歩足を進ませると、更にもう一歩下がる。
たった2歩、人間でいうと30センチ程なのに、彼との幅は更に数メートルも離れてしまった。
その狼狽えた様子が巨大なロボットらしからぬ動きをまじまじと見つめる事数秒間。
”いや、それ以上は”と更に狼狽えた様にズカズカと数歩下がった大きなロボットに、雪菜は自分の頬が緩んでしまったのをしっかりと感じた。


――あぁ、何だ。

大きな機械で、血も涙も通っていない冷酷なロボット、だなんて思っていたけれども。

なんてことない、自分と何一つ変わらないじゃないか。


そんな感情が芽生えたが最後、ずっと心を覆い尽くしていた恐怖心が嘘の様に晴れていったのが分かった。
何をそんなに怖がっていたのだろうかと、くつくつと漏れて始めた笑いは自分でも押さえきる事はできない。
それが逆にアイアンハイドには不気味に見えるらしくジリジリと2人の距離は開いていく。

「あの。……触っても良いですか」
『構わんが……平気なのか』
「はい、何だか……急に平気になっちゃった、みたいです」

そう言って足を止めたアイアンハイドまでの距離はすでに10mはあるかもしれない。
小走りにその足下に近づいてから、やがて近い距離になったと同時に足の速度を緩めた。
遠くでみるよりかはやはり近くで見てみればその黒々と光るボディーの足下にも及ばない。
そっと自由のきく手で足の大きなパーツに触れてみれば、キュルキュルと小さな音を立てていたモーター音は更に加速している様にも伺える。

「あの、アイアンハイドさん。一つ……お願いしてもいいですか?」
『出来る事ならば』
「……手に、乗せて頂いてもいいですか。お顔が見たいです。」
『少し、高いぞ』
「大丈夫、です。お気遣いありがとうございます」

手を差し伸べると同時にガチャガチャと音を立ててその場に座った事に気がついて、雪菜はごくりと唾を飲んだ。
座っていても十分高いが、立っているよりかはましだろうという彼なりの配慮なのだろう。
目の前に差し出される硬い掌にそっと足を乗せてみれば、”バランスを崩すから座っていろ”という気遣いまでしてもらった。
驚かさない様にゆっくりと、ゆっくりと持ち上げられる手に、前回の事を思いだしてしっかりと片腕ながら大きな指に捕まっていれば、やがて目の前に大きな顔が現れる。

「さすがに……迫力が、ありますね」
『す、すまない』
「あ、いえ、謝る事じゃないです……私こそ失礼な事を言って申し訳ないです」
『いや、気にする事は無い』
「…………」
『…………」

すっかりと彼が安全だと体も理解したせいか、普段の落ち着きを久し振りに取り戻せた気がする。
アイアンハイドの目をまじまじと見つめていれば、カシャ、カシャ、と目ーーカメラアイというらしいーーが音を立て始めた。
”写真ですか”と聞いてみれば、これが彼等なりの脳ーーブレインサーキットというらしいーーへの伝達方法らしい。

やがてゆっくりと降ろされた手から大地を再度踏みしめる。
前回はあんなに怖かったのに、一度受け入れてしまえばどうってことない、と思える自分の楽天さにこの時ばかりは自分に拍手を送りたいぐらいだ。

『大丈夫なのか』
「え、あぁ、大丈夫です」
『そうか、それは良かった』
「………心配性なんですね?」

ぽつりと呟いてみれば、何か言おうと口を開いた座ったままのアイアンハイドは雪菜をじっと見つめ。
おそるおそる、それはもう腫れ物に扱う様に手を差し伸ばし……つん、と雪菜の頭に触れた。
何事だと体を固まらせて彼を見上げていれば、慌てて手を引っ込められ。
余計に意味がわからないと首を傾げた雪菜に、アイアンハイドは傾いた首を反対側からそっと元に戻した。

『お、お、折れたか!?』
「え?あ、ちょっと曲げただけです」
『そ、そうか……』
「そんなに壊れ易いものじゃないですよ、人間は」

唸る彼曰く、ここにきてから人間と接する事は会ったが実際に触れるという事は一度たりとも無い。
それゆえ、メガトロンに飛ばされて全身包帯まみれの雪菜を見れば一重に、自分達と比べて人間は脆いものだとは理解ができるらしく、全身武器で溢れかえってる自分が万が一触れて壊れてしまったら、と思うと恐ろしくて触ろうなんてできないらしい。
何ともまぁ、可愛らしい事を考えるロボットがいるものだ。

「あの、大丈夫です。あれぐらいなら痛くも痒くもありません」
『複雑な構造だな、人間とは』
「えぇ、まぁ……」

こちらからしてみれば、車がロボットに変身するほうが十分不可思議だが。
安心の笑みを漏らす様に金属パーツの唇を動かしたアイアンハイドに、雪菜はくすくすと笑みが溢れてきた。
今まで交わした彼との会話からするに恐らくアイアンハイドは口数は多い方ではないのには検討がつく。
そんな彼に可愛い、なんて言ってしまえばもしかしたら一生口をきいてもらえないかもしれないと思うと、この言葉は胸の奥に隠しておく事にして。

『戻るか、そろそろ』
「あ、はい。そうですね」

次に彼がトップキックへと変身する様子はむしろ好奇心をもってまじまじと見つめる事が出来た。
行きに連れて行かれた時と同様に自動で開く扉。
帰るぞという事なのだろうか、車に乗り込んでみればやはり自動で閉められるシートベルトに今は湧き出る恐怖は払拭されてしまった。

『雪菜』
「はい?何です、アイアンハイドさん」
『……我々の仲間を助けてくれて、ありがとう』
「仲間……、ジャズさんの事ですか?」
『あぁ。それから………アイアンハイド、でいい』
「呼び捨てって事ですか?え、いいんですか」

呼びかけてみても反応はない。
もしかして聞こえていなかったのかと車内をきょろりと見渡せば、鳴らしても居ないクラクションがビッと音を鳴らす。
今のは、イエスという意味だろうか、どうして今まで喋っていたのに突然クラクションで返事をするのか。


それ程までに――照れているのだろうか。この大きなロボットが。


途端、沸々と笑いが込み上げてきてしまって、ククっと堪えていた笑みを”うっかり”漏らしてしまうと。

「わ、わぁ!ちょ、アイアンハイド!私、怪我人!」

大きく跳ね上がったトップキックに思わず舌を噛みそうになってハンドルにしがみ付く。
そんな自分には全くお構いなしで、不機嫌そうななエンジン音を響かせながらトップキックはゆっくりと病棟へと戻り始めた。





****
>>back >>next