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Pupil battle -7-




ガキン、と重たい金属音が一つ響いた。
それと同時に雪菜は顔を上げて、手元を覗き込んでいたブルーのカメラアイへと視線を受け返す。
そしてゆっくりと、ゆっくりと首を縦へと落とした。

「でき、た」
『……はい、僕もこれで間違いないと思います』
「大丈夫かな」
『絶対に大丈夫です』

先ほどまで右往左往していたジョルトはどこへいったのか、しっかりとした彼の言葉に雪菜は手にしていたケーブルを握り締めなおした。
あとはこのケーブルを差し込むだけ、そうすれば……おそらく、自分の考えの上ではラチェットは復活する――筈。
だけども限りなく襲ってくる不安に幾度手を止めたことだろう、その度にかけられるジョルトからの言葉に何度後押しをされただろう。
緊張で震えて冷たくなっている手に、ジョルトの爪先が少しだけ温かみを持って触れる。
それにもう一度こくりと首を縦に振ってから、雪菜は最後のラチェットのケーブルを然るべき位置へと差し込んだ。

「う、わっ」

途端に揺れたライムグリーンボディ。
慌ててその場にしがみ付こうとした雪菜の身体は、本人の意思に反してふわりと宙へと浮き上がった。
咄嗟に声を上げそうになったものの、それはジョルトの手の上。
すぐに差し出されたもう片方の手での足場に、雪菜はチラと彼を見上げて――ジョルトの視線の先、ラチェットを追いかけた。

『……治ったのか』
「先生!」
『ラチェット、無事か!』

ギチギチと響く音、そしてゆっくりとモーターが起動するような音。
他のオートボット達も固唾を呑んで見守る中、彼らしくなく低く響く呻き声に、コンクリートを鉄のボディが摺れる音。
今の今まで生体反応もなく静かな"鉄の塊"だったそれとは思えぬほどに、途端に生を取り戻した目の前の存在に、雪菜はへな、とその場に座り込んだ。

「よか、った……」
『いたたた……。……うん、やはり見込んだとおりだね』
「……はい?」
『で、うまくいったかね?』

ゆっくりと身体を起したラチェットから紡がれた言葉に、雪菜ははた、と目を瞬かせた。
おそらくジョルトもなのだろう、雪菜の頭上からカシャンとカメラアイの瞬く音も同じくその場に響く。
だがそんな一人と一体の反応を他所に、腕や足、そして胸元をスキャンにかけながら自身の接続を確認しながらラチェットは当たり前のように再度少し焦げた口を開いた。

『そんなに大きくない爆弾だっただろう?大方仕掛けた輩の目処はついてはいるが』
「え」
『だけどやはりこういう役はアイアンハイドが適任だな』
『おい』

何を言う、と不満そうな声を唸らせたアイアンハイドからは、やれやれなんてため息が聞こえてくる。
先ほどまで彼もまた切羽詰っていた筈なのに……目の前のラチェットから全てを把握したのか。
チラと顔をジャズへと向けてみると彼もまた、ぽりぽりと頭を掻く仕草をしてみせ……足元に座り込んでいたサイドスワイプからは軽い悪態なんて聞こえてさえくる。
その様子を見つめる事暫くして、雪菜は気の抜けた声をぽつりとジョルトの手の間から漏らした。

「せんせ……爆弾だって知ってたの?」

もしかして、と最後に付け加えてみれば、大方のスキャンを完了したラチェットが顔を上げる。
その金属でできた表情を改めて目に入れると、雪菜はへな、とジョルトの手へと座り込んだ。

『こうしたら、簡単に取り押さえれると思ってね』
「な、」
『それに、君とジョルトの腕は信頼してたからね』
「……そん、な」

緊張の中に長い間身を包んでいたせいもあってか、力の抜けてしまった雪菜の身体を支えるジョルトの手。
しかし彼もまた、いろんな緊張が切れたのだろう、大きくて長い排気音が響く。
そして今込み上げてきている感情は、おそらくジョルトと同じだろうと雪菜が彼を見上げてみると――彼からも"同意"と言わんばかりのカメラアイの視線が返ってきた。

『どうしたんだい?』

その一方で、二人の視線のやり取りを見ていたラチェットが首を傾げてみせる。
自分が爆発に巻き込まれるまではジョルトの雪菜への反発は強かった筈なのだが。
今ジョルトの手の中に小さく収まる雪菜の表情、そしてそれを受け止めるジョルトの表情を交互に見つめてから、ラチェットはギシとカメラアイに埃を挟んだまま目を瞬かせた。

「ジョルト、私、」
『はい、僕も同じです』

その上、いっきに縮まった二人の精神的距離。
二人が協力しないと確かに治療はできない、うまくいけば二人の溝も埋まるかもしれないとは確かにラチェットのスパーク内にはあった。
結果、二人が仲良くなればこれで全てが解決、なんて能天気に思っていたラチェットに向けられる、二人からの不満気な色。
それに再び首を傾げようと少しはみ出たケーブルをラチェットが手で抑えると――

「先生のバーカ」
『え?』
『ほんと、最低です』
『え?え?』

思いがけずかけられた二人からの言葉に、ラチェットが何度もカメラアイを瞬かせる。
"当たり前だ"なんていうジャズからの声、そして"バーカ!"なんて真似をするバンブルビー。
完全に自分の考えていた"円満解決"とは程遠い今の結果にラチェットがゆらりとカメラアイを泳がせるとすぐに。

「行こう、ジョルト」
『そうですね、行きましょうか』
『お、おい雪菜?』
「とめないで、ジャズ」
『すいませんジャズ副官。暫くの間、雪菜さんをお借りします』

"邪魔をしないでください"と冷たく響くジョルトの声の何と恐ろしい事か。
思わず返す言葉を失ってしまったジャズの視線と手を振り切るように、やがてガシャンとスムーズな音を立てて現れたのは一台のシボレーのボルト。
トランスフォームと同時に雪菜を運転席に組み込んだのだろう、彼女が窓を開けると同時に電気自動車な筈なのにブォン、とエンジンらしい音が響いた。

『ちょ、二人してどこに行くんだい?』
「ここの片付けは先生がしてくださいね」
『で、でも私は怪我をして……』


「『自業自得です』」


同じタイミングで二人してそう告げてから、ボルトがその場をゆるりと走り出す。
まだ背後から聞こえてくるラチェットの慌てた声(僅かにジャズの声も聞こえた気がする)を遮断するように、雪菜はあいていた窓を締めた。

『雪菜さん、どこに行きましょう?』
「そうね、とりあえずジョルトの歓迎会もかねて、甘いものでも食べにいこう」
『ケーキですか?』
「タルトもいいね、あーお腹減った」

勝手に動くハンドルを一撫でして、雪菜はクルリと鳴ったおなかに苦笑を漏らす。
それにクスリと素直に笑う音がカーステレオから聞こえてきたかと思うと、すぐにジョルトから"勿論、請求は先生にですね"と。
悪戯っ子のようなジョルトの言葉に雪菜が満面の笑みで頷いたのを合図に、ボルトが颯爽とNEST基地のゲートを潜り抜けた。



暫くしてから、町外れのカフェで中睦まじく談笑をしていた二人の前におずおずとした白衣の男性が二人の前に現れた、とか。
その二人の前で完全に無視されていた軍医が居たらしい、とか。
暫くしてNESTの軍医宛に高額な菓子代の請求が届いて更に顔面蒼白になった、とか。
そんな話が笑い話になるのはもう少し後のお話――。




end.

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