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Pupil battle -6-





コンクリートが焦げる匂い、そして煙を立ち上がらせて勢いよくブレーキをかけたソルスティスから飛び降りて、雪菜は目の前の光景に息を呑んだ。
格納庫全体は破壊は免れたものの、右半分程が真っ黒崩れ落ち、黒い煙を上げている。
つい数時間前まではいつも通りの景色だった筈なのに、と雪菜は背後でジャズが変形する音を聞きながらその場を走り出した。

「ラチェット!」

かけつけた先に集まる、オートボットの姿。
その中心部で身体を横たえるラチェットが視界に入り、雪菜は迷わず近くへと走り寄った。
パチ、パチとまるで戦地から帰ってきたときのような音が耳に届く。
傍に居たオプティマスに促されるまま彼の手をつたい、そして彼の――ラチェットのカメラアイを覗き込んだが、そこにはいつものブルーの色は飛び込んでは来ない。
それに慌てて更に近寄ろうとするや否や、背後から怒りを含んだ低い声色が聞こえてきた。

『雪菜、お前ラチェットに箱を渡すよう伝えたのか?』
「、え?」
『コイツに何か渡すように頼んだのか?!』

腕についた銃器を唸らせながら問いかけてきたアイアンハイドの言葉に、雪菜の身体が竦む。
敵意、悪意、怒り……そんな色を浮かべたアイアンハイドのカメラアイを見返して暫く、身動き一つしないラチェットの顔にチラと視線を寄せてから雪菜は首を横へと振ってみせた。
何を問われているのかは分からないが、少なくともラチェットに何かを渡すように伝えた覚えは一切無い。
そう雪菜が否定をするや否や、更に低い音を立て始めたアイアンハイドの銃器の音、それからサイドスワイプがDamn!と吐き捨てたのと同時に、アイアンハイドの足下でレノックスに取り押さえられている一人の男の姿が雪菜の視界を翳めた。

『やはりお前がっ!』
「っ、ハイド、駄目だっ!!」
『止めるな、レノックス!』
「……いいのか、俺の頭ぶち抜くと直せる奴がいなくなるぞ」

グォンと唸りを上げる音は幾度となく訓練場から格納庫まで響いていたそれと同じ。
それが今間近で聞こえ始めたのと、レノックスが声をあげて止めるのとどちらが早かっただろうか。
緊迫したレノックスの声とは違い、落ち着いた男の声がヤケにクリアに響く。
加えて、コンクリートの床に押さえつけられた前任者の男は、雪菜を見上げて恐怖等何も感じさせないかのように口元を歪め上げてみせた。

「ラチェット先生が居ないと、リペアできる奴なんて限られてるよなぁ?」

告げられた言葉に、すぐに合点がいく。
ラチェットが爆破に巻き込まれた、とジャズから伝えられたその言葉、そして今捉えられている男の姿。
そして今の彼の言葉に原因なんて聞くまでもない、間違いなく――この男が仕掛けたのだろう。
何故、と問いただしたくなる気持ちに、雪菜は震える自分の拳を握り締めた。

「貴方が……!」

まさか、こうしてラチェットに直接被害を加える事で今の状態を覆そうとするとは。
自分一人ならこの状態で、スパークさえかろうじて動いているラチェットのリペアなんて到底出来る筈もない。
この男は、それが分かっているが故に……故に、ラチェットに"死なない程度、しかし雪菜にはリペア出来ない程度"の傷をラチェットに負わせたのだろう。

だけど――

「ジャズ!緊急用に使うリペア器具をお願い!」

かっとなりそうな感情を押さえ、震えていた拳を再度握りしめてから大きく深呼吸。
今は男の事を尋問している場合ではない、それよりも足下でバチと嫌な音を立てるラチェットの身体を看る方が先だと、隣に居たジャズを見上げて雪菜が口を開くと、すぐにジャズが小さく頷いてガシャガシャと別棟へと走り出した。

「はっ、お前なんかが直せる訳ねぇだろ」

届く男の言葉を振り切りながら、雪菜は自分の足下にあるラチェットの胸元を見下ろした。
ピクリとも動かないその身体を見下ろすと、涙が込み上げる感覚、そして不安が一気に雪菜の胸にぐるぐると渦巻いてくる。
――本当にちゃんと出来るだろうか、と。

「ほら、ここは交換条件でいいぜ?」
「交換?」
「オートボットの生態研究に1体提供してくれたら、今は"ラチェット先生"を救ってやるぜ?」
「な、何言って……!」

思いもよらない言葉に、雪難の頭に強い衝撃が走る。
まさかそれを見越した上で、と問いかける雪菜の視線にも、今アイアンハイドが腕に力を込めると命さえ落としかねないこの状況を苦ともしない様子の男に、雪菜は強く睨みつけてから顔をあげ――少し離れた所で立ち尽くしていたジョルトの姿を見つけて声をあげた。

「ジョルト、リペアの準備を早く!」

当然のように動くと思っていたジョルトは、雪菜の声に青い身体をびくりと揺らすだけ。
急かすように"早く!"と再度雪菜が声をかけると、いつものキビキビとした彼とはらしからぬ、酷く狼狽えるように首を横に振りながら一歩、ジョルトが後ろに引き下がった。

『無、無理です、僕には……!』
「ジョルト、急いで!」
『僕には、そんな……先生を直す事なんて僕はできません!!もし、もしも僕が間違ったら……先生は、先生は!』

ラチェットの胸元にかがみ込んで負傷した箇所を手で確かめるように触れていると、聞こえてくるジョルトの返答。
予想外の言葉に雪菜が顔をあげてジョルトを見つめると――まるで雪菜の言葉から逃げるかのように、ジョルトは更に一歩、後ろへと引き下がった。
余程動揺しているのか少しバランスを崩して身体を揺らしたジョルトに、まさか、という視線を雪菜が投げ掛けるがジョルトからは忙しない音だけが聞こえてくる。

「ジョルト、何言ってるの!?」
『っ、』
「今リペアが遅れるともっと酷い事になるのは貴女も知ってるでしょう!?」

叫ぶように呟いた雪菜の言葉に、身体を大きく揺らしたジョルトを見つめて雪菜が訴える。
その言葉に、苦しそうに金属パーツを歪めたように見えたジョルトは、それでも雪菜を見つめて暫くしてから……首を横に振った。

『僕のせいで先生に何かあったら、』
「大丈夫、ジョルト。私も一緒に居る」
『貴女が、』

雪菜とて、ジョルトの言葉の意味が分からない訳ではない。
今まで師と仰いでいたラチェットのリペアを自分がするなんて。
もしも自分の判断で何かミスを犯してしまえば――ラチェットに万が一の事が起こりうるかもしれない。

『ぼ、僕は先生に手を入れる事なんて一度も、』
「私だってないわよ!!」

それでも、と雪菜はまた一歩後ろへ引き下がろうとしたジョルトを声で押し留めた。
自分一人では何もできない、自分の技術だけでは――悔しいが、あの前任者には敵わない。
だけど、二人ならば。

「お願い、私には貴女がいないと先生を助ける事ができないの」
『雪菜さ、ん』
「ジョルト、今は、今だけは……お願いだから!』

彼とて気持ちは同じだろう、ラチェットを助けたい想いは誰よりもある筈だ。
ならば、今だけはと雪菜が急かすように何度も視線を送るが、ジョルトからの反応は曖昧なまま。
その間にもパチパチと小さく聞こえてくるラチェットのケーブルからの火花を立てる音に、雪菜は胸がぐっと締まるのを感じてもう一度口を開いた。

「私は先生を、失いたくない。助けたいの……!」

悲痛な雪菜の声と供に頬をつたってしまった涙に、ジョルトのカメラアイがピクリと揺れ動いた。
シャ、シャと忙しなく早いスピードで雪菜の耳に届いていたジョルトのモーター音はまだ忙しない。
だが、少しずつゆっくりと規律正しいリズムを刻みだしたジョルトに、雪菜はもう一度"お願い"と頭を下げて暫く。
ラチェットの負傷部に涙を落としながらそっと手を触れていた雪菜の視界が急に暗くなった。

「ジョルト……」

落ちた陰の主であるその姿を見上げて、雪菜の口からぽつりと言葉が漏れる。
ず、と鼻をすすってジョルトを見つめていれば、やがてジョルトのカメラアイが雪菜を真っ直ぐに見つめてからカシャンとまるで何かの合図かのように音が一度紡がれた。

『……スパークの損傷をスキャンします。雪菜さんはケーブルの確認をお願いします』

聞こえてきたジョルトの声に、一瞬ぽかんと彼の顔を見つめたまま雪菜が目を見開く。
その仕草に、今度はジョルトが急かすように雪菜に"早く!"と先を促したそれに、雪菜もまた頬を伝っていた涙をゴシと拭ってからラチェットの身体へと手を伸ばした。




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