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Pupil battle -5-





ぼんやりと窓から外の景色を見つめている雪菜を車内に感じながら、ジャズはカーステレオのボリュームを下げた。
"ちょっと癒して"なんてリクエストと共に雪菜がジャズのもとへやってきたのは少しばかり前。
車内に乗り込むや否や黙ってしまった彼女の様子がいつもと違うのは――恐らく最近彼女を取り巻く環境のせいだろう、とジャズは人気の少ない適当な場所でエンジンを止めた。

『雪菜、平気か?』
「ん?うーん、平気だよ。だけどなんていうか……」

"いろいろ難しいね"と誰にとは言わずに漏らした彼女の言葉に、ジャズもまた小さく車体を揺らす。
明らかにいつもより語気も弱く、助手席に足を抱えて座っている雪菜はどうみても平気な様子ではない。
今の今まで悩み事を自ら口にする事も、ましてやジャズへと相談する事もなかったが故にこうしてようやく自分のところにやってきた雪菜を内心で嬉しくも思うが、それでも、とジャズは溜息に似た吐息を漏らした雪菜に同じく、溜息で返事を返した。

『お前は気を使いすぎなんだよ』
「別にそんな事は、」
『じゃあ何で俺とのデートを優先してるんだ?』
「そりゃ、……ジャズが私の彼氏だから……」

ぼそぼそと呟かれた言葉に"今更"なんてジャズが苦笑をもらせば、雪菜もまた気まずそうに抱えていた膝に顔を埋めた。
別にジャズとのデートを後回しにしていたわけではない、ただ、気付くとデートをする時間がなかったという方が正しいのだが。

『お前がジョルトに遠慮してんのは一目瞭然だっての』

ステレオから出たジャズの音声が車内に響く。
その言葉に雪菜は相変わらずに膝に顔を埋めたまま、ぴくりと一度だけ揺れたからだはさらに更に縮こんでしまう。
やがてゆっくりと頭を倒して、瞳だけでちらりと車内を見渡した雪菜は、どこと言わずに宙で視線を止めた。
傍目に見ればただの車の中で独り言を呟くようにも見えるだろうが、ここはジャズの中。
どこへ視線を向けようとジャズの視線が追いかけてくるいつもの感覚に、雪菜は無人の車内へと口を開いた。

「遠慮なんてしてないもん」

怒っている訳でもない、悲しい訳でもない。
ただ、自分の実力がもう少しあれば、ジョルトの言葉にも堂々と何かを宣言できたかもしれない。

「引け目……だもん」
『お前なぁ』

だけど、今の知識の無さも、経験の無さも。
ジョルトにも、"あの"前任者達にも敵わないという事は――本人である雪菜が一番分かっている、だからこそ……もどかしい。

『どっちが上とか下とか、そんな事は関係ないだろ?』
「そうだけど……」
『おいおい、こないだの自信は一体どこいったんだ』

そう告げられて、雪菜は返事の代わりにもう一度溜息をついた。
確かに上も下もジャズの言うように関係ないむしろ自分はまだ知らない事が多すぎる分、自分より知識のある彼らには素直に尊敬の念が湧いてくる。
だからこそ、もっと知りたい、もっと学びたいという想いに駆られるがままに今までやってきたのだが。
あまりに露骨に感じてしまうジョルトの行動には、どう接したらいいのかわからないのが本音のところ。
彼の気持ちは簡単に想像はつく、長年師と仰いでいたラチェットを"取られた"なんて雪菜に思っているのだろう。
そして今自分に過ぎる説明のつかないこの感情は……もしかしたらジョルトが抱いているものと同じなのかもしれない、と雪菜はぐっと瞳を閉じた。

「だって」
『だってじゃねーだろ?』
「……だって」

どうしても自覚してしまう自分の力量の無さに、呻くような声が漏れてしまう。
いい年をしながらも子供染みた反応をしているのは、雪菜自身自覚をしている。
それにジャズが呆れたような溜息が聞こえてきたのも、普段ならば抗議なんてできるのだが、生憎今はそんな元気はない。

「ジョルト、人間の事も……私の事も、嫌いなのかなぁ」
『何かあったのか?』
「ううん。あーあ、ジョルトと上手くやりたいなぁ……」
『おっと、その台詞は聞き捨てならねぇな?』
「……ちゃんと意味は分かってるくせに」

ジロリとどことなく車内に視線を送ってみると、ククなんてジャズが低く笑う声が聞こえてくる。
それにふん、と鼻を鳴らしながらも口を閉じて、雪菜は抱え込んでいた膝から手を離した。
思っていた以上に強く膝を抱えていたのか、ジンジンとした感覚が足を襲いながらも、もぞりとその場で身体を捻る。
そして助手席の座席をゆっくりと雪菜が振り返ると同時に、ジャズの声が車内に響いた。

『俺が一言、言ってやろうか?』
「それは絶対駄目。こう見えて……全然見えないけど、だけど仮にも副官のジャズがそんな事絶対言ったら駄目」

振り返った座席に抱きつくように両手を伸ばして、今度はそこに顔を埋める。
投げられたジャズの言葉にも首を横に振り――ついでに言葉をかけると、車体全体が不満そうに揺れた。

『お前一体俺のこと何だと思ってんだよ』
「彼氏」
『様をつけろ、様を』
「彼氏様。冗談よ……大丈夫、自分で対処できる……ありがとう」

ぎゅ、と抱きついたそこに、頬を摺り寄せる。
もしも今彼が今ロボットモードだったら、何だかんだいいながらもジャズの鉄の指先が雪菜の髪をそっと撫でてくれてるだろうか。
そんな事を考えながらヘッドレストへと頭を預けると、しゅるりと身体を抱きしめ返すように絡まったシートベルトに、雪菜は鼻に過ぎったツンとした感覚を堪えるように座席を抱きしめる腕に力を込めた。

『しょうがねえから、今なら特別に鼻水つけていいぞ』
「つけないわよ、バカ」

くつり、と少し震えてしまったが笑い声を漏らすと、ジャズからも低い笑い声がカーステレオから聞こえてくる。
そんな少し緩んだ空気に、雪菜がもう一度口を開こうとした――その瞬間。
え、とジャズが小さく漏らすのと同時に、ブォン、と今まで停止していたソルスティスの車体が大きく揺れ始めた。

『雪菜、緊急だ』
「へ?」
『リペアルームから爆発反応、急ぐぞ』
「え、ちょ、爆発って?!」

突然告げられた言葉が雪菜の頭にたどり着くよりも先に、キュルルル、と地面をタイヤが擦る音が車内にまで響いてくる。
膝立ちなうえに後ろ向きという妙な体勢ではあったが、しっかりと背後から回されていたシートベルトのおかげでバランスを崩す事はなかったとはいえ。
本来のソルスティス以上のスピードで走り出したジャズに、雪菜が助手席を抱きしめたまま慌てて車内を見上げるとカーステレオから聞こえてくる余裕のないジャズの声に、雪菜は目を見開いた。

『ラチェットが巻き込まれた。飛ばすぞ、捕まっとけっ!』




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