TF | ナノ
 


病室から見える窓の下にずっと”居る”ポンティアック・ソルスティスの存在。

やっぱり、やっぱり、そうだよね?





hello new world





変身するオートボット達の前で気絶をしてからというもの、雪菜は病室に籠りっきりになってしまった。
怪我が完治していない中で、あんな目に遭えば当然だろうとレノックスは笑っては居たが(笑う事がそもそもどうかと思う)。
だからといって、彼等オートボット達と関わりがなくなったかと言えばそうではない。

『やぁ雪菜!』
「あ、ば、バンブルビー。こんにちは」
『おいら今からサムの所に行ってくるんだけど、帰りにまたケーキ買ってくるね!』
「あ、いや、そんな……毎回悪いよ」

にこりと笑う(ように見えた)バンブルビーに、雪菜も曖昧に笑みを返してみせる。
どうやら出入り口に近い所に併設されている病院のお陰で、何かある度にバンブルビーが雪菜の病室に顔を出す様になった。
といっても、相変わらず自分を上空へ投げたジャズに対する恐怖心は消えないし、病室を破壊したオプティマスも然り。
唯一フレンドリーだと判断されたバンブルビーだけがレノックスから特別に許されたらしく、こうして窓から声をかけるのが日課になっていた。

『これ!咲いてたんだ!』
「う、わぁ……」
『お見舞いには花がいいって、サムとミカエラが言ってたんだ!』
「う、うん、ありがとう」

前回の事もあってか、そっと窓をあけて雪菜に触れない様に窓際に置かれた――どう見ても根っこごと引き抜いてきた土まみれのソレに雪菜は苦笑を漏らした。
未だに怖いかと言われれば、そりゃ勿論怖い。
それでもこうして自分を精一杯気遣ってくれるこの可愛らしいバンブルビーに、少しだけ警戒心が溶けたのは本当の話で。
長居はしないけれども、少しずつ話をしていくうちに、どうやら自分と同じ一般市民のサムという少年に随分懐いているという事もわかった。

『あ、あとね。これはジャズから』
「じゃ、ずさん」
『ここに置いておくね』

カタン、と置かれたCDケースに雪菜は”ジャズ”という名前に銀色の機械生命体を思いだした。
自分の命を助けてくれた機械生命体、自分が命を助けた機械生命体、そして自分を宙へと放り投げた機械生命体。
宙に投げられた感覚と、鉄板でできた掌に叩き付けられる感覚を思いだせば今でも体がゾクリと痛んでしまいそうだ。

「あ、ありがとう。」

バンブルビーは、こうしてたまに、いつも彼らの仲間からお見舞いだといろいろな物を雪菜に渡してくれる。

オプティマスからは、置き物(後々聞くと手作りの湯飲みらしい)
ラチェットからは、分厚い本(彼等の母国語で書かれていて読めなかった)
バンブルビーからは、花(いい加減花壇を病室に作ろうかと思う)
アイアンハイドからは、鉄の固まり(彼等の主食らしい)

そして、ジャズからは本日CDが届いた。
一体機械生命体である彼等が好んで聞く曲なんてあるのだろうか、置かれたCDケースに恐怖心の中にもチラリと好奇心も芽生えてくる。

「……運転、気をつけて、ね」
『うん雪菜も!たまには散歩して気分転換もいいかもね。僕が今度ドライブに連れて行ってあげる!』

またね、と人差し指と中指を器用に動かして窓から顔を引いたバンブルビーについで、キュルキュルと音が聞こえてくる。
動ける様になった体でそっと窓から下を覗いてみれば黄色いカマロが走り去って行くのが見えた。
車内から陽気なBGMが響いてくるあたり、余程サムに会えるのが嬉しいのだろう、心無しか浮き足立っても見えてしまうから不思議なものだ。

「バンブルビーはカマロ、か」

ロボット姿にしかなれないと思っていたけれども、どうやら彼等はビークルモード、つまり、車にも変身できるらしい。
そういえば自分が初めて格納庫に訪れた時に目の前にあった車の中に、バンブルビーも居たなと思えばやがて合点がいく。

「散歩ねぇ」

その辺なら適当に歩いていいぞ、というレノックスの言葉に雪菜が意気揚々と散策をしようとしたのは数日前。
天気のいい昼間に病院の1階に降りて出口へと向かって、すぐにUターンを華麗に決めたのも数日前。

入り口に見えたのは、派手な塗装のトレーラートラックに、シルバーのポンティアック・ソルスティス。
トラックの派手な模様を忘れる訳が無い、間違いなく自分の病室を破壊したあのオートボットではないか。
何でココに居るのか、見張りでいるのか。
部屋に戻ってからそっと顔を出してみれば、やはりそこにきちっと並ぶ二つの車に雪菜が溜め息をついて散歩を断念したのは言うまでもない。

「今日は居る、かな?」

”彼等”が居れば、出るに出れない。何でいるのか、何をしているのか。
第一、レノックスからバンブルビー以外は来る事を許されていないと聞いていた筈なのに、連日そこに鎮座するトレーラートラックとソルスティス。
誰が誰かなんて今の所、バンブルビーがカマロという事しか分からないけれどもあの色はオプティマスに違いない。
お願いだから今日こそは、と願いを込めてみて見ればーーー

「やった!」

いつも見える派手なトラックも、その隣の小柄なソルスティスも今日は見えない。
こんなチャンス滅多にない、と言わんばかりに雪菜は一目散に病院の入り口まで走って降りた。
やっと、一人で散歩に行ける。
ここにきて2週間は経とうとしているがようやく外に出れた喜びに、漏れ出る笑みすら楽しく感じる。
半ば気が滅入ってきていたが、いい気分転換になりそうだと意気揚々と病院の自動ドアをくぐり抜けた。


――のが、間違いだったと気付いた時には既に時遅し。


病院の入り口から出てみれば、久々の外の空気に大きく伸びをしたのも束の間。
ブン、と派手な車のエンジン音が聞こえてきて、何気なく振り返ったのが運の尽き。
たった今、彼等が車に変身できると再確認したじゃないか、と泣きそうにすらなってくるその理由は、自分のすぐ後ろに黒いトップキックを見つけたから。

「…………」
『…………』
「…………」
『………乗るか?』
「ひっ!?」

軍用の車ではないのは一目で気付いた。ついで言うならば、このトップキックも見覚えがある。
それを肯定するかの如くに車から発された言葉と、同時に開いた助手席に雪菜はびくりと体を強ばらせた。
残念ながら”彼”が誰なのか、何に変身するのかは全く覚えては居ないがその低く発せられる声に自然と足も竦んでしまう。

「え、っと……」
『大丈夫だ、危害は加えない』
「………こ、殺される?」
『だから危害は加えないと言っているだろう。ただ、足が必要なら乗れと言っただけだ』

”ここは広いから”と少し不機嫌そうな声に雪菜は涙を堪えるのに必死になった。
今から踵を返すのは明らかに露骨すぎ上、毎日来てくれるバンブルビーからは自分を嫌ってはいないという事は何となく察しがつく。
それに、格納庫から離れたこの病院の前にずっと居てくれたのかと思えば断るのも決まりが悪い。
本当に自分は彼等の橋渡しや雑用係としてともに過ごす事が出来るのか、ゆっくりと考えてみようと思っていた当初の予定がちらりと頭を翳めた事も重なるが、しかし。
湧き出る恐怖心は相変わらず、”だけども”と、大きく息を吐いて雪菜は片手で頬を叩いた。

「、み、ミスター……?」
『アイアンハイドだ』
「あ、アイアンハイドさん、あの、それじゃあ……お邪魔、します」
『あぁ、車高が高い、気をつけろ』

片手でその車によじ上るのは一苦労だったけれども、何とか雪菜はそれに這い上がった。
非常に怖くもあったがバタンと自動的にしまった扉と、勝手に締まったシートベルトに逃げ道ない。
これが死へのドライブになるか、否か。
ブォン、と音を立ててゆっくりと動きだし、スピーカーから緩やかな曲が流れ始めた事に雪菜は瞳を閉じて大きく深呼吸をするべく息を吸い込んだ。





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