Pupil battle -1- いくらNESTが少数精鋭部隊からなるとはいえ、雪菜にしてみれば全員の顔を把握するのは不可能に等しい。 とはいえ、"あの"オートボットのお世話係であり途中から採用された雪菜の事は逆に目だって知れ広がってしまうもの。 それ自体は別に不思議でもないし、現に基地内を歩いている時にふと見知らぬ隊員に声をかけられる事は今に始まったことではない。 「貴女が、ミス雪菜・七津角ですか?」 そう、こうやって呼び止められるのも慣れたものだ、と雪菜は足を止めて呼ばれた方を振り返るとそこには一人の隊員の姿。 グレーというかはブルーに近いだろうか、見慣れない髪色に見慣れない顔つきをした男に雪菜はぱちりと目を瞬かせてから首を傾げて見せた。 「はい、そうですけど」 「貴女の事はよく耳にしていました。お会いできて光栄です」 「はぁ、こちらこそ……えっと、失礼ですが彼方は?」 "ジャパニーズだな"といつも周りに笑われてしまうけれども、癖なのだからしょうがない。 へこり、と反射的に頭を軽く下げてから笑みを浮かべてみると、目の前の隊員もまたにこりと人の良い笑顔を浮かべてから雪菜の前に手を差し出した。 「それ、先生に持っていくんですよね?」 「え?」 「僕が持っていきます」 突然差し出された手と、伸べられた言葉に雪菜は虚を疲れたように瞬きをすること数回。 彼の言う先生、とはつまりは自分が"先生"と呼んでいるあのラチェットの事だろうか、そうだとしても今までラチェットの事を先生と仰ぐ隊員は目にしたことがない。 初対面である彼に加えて、どうして今手元にある書類がラチェットへと持っていくものだと分かったのか。 何一つ解決を見出せない疑問を胸に浮かべながら思わず口篭ってしまうと、目の前の男はそれに気付いたのか苦笑めいた笑みを浮かべながら肩を竦めてみせた。 「ああ、すいません。僕はジョルトと言います」 「ジョルト?って、」 「先生から聞いていませんでしたか?先生の助手が近々地球に来るって」 淡々と言葉を口から紡ぐ彼に、雪菜は反射的に眉間に皺を寄せながらその整った顔立ちをじっと凝視した。 言われてみればその顔つきはヒューマンモードをインストールした彼等と似ているような気もしなくはない、が。 それでも情報に入っている彼の到着は明日であって今日ではない筈だ、と雪菜が訝しげに目を細めるとほぼ同時に、機械生命体のようなカシャリという聞きなれた音が雪菜の耳に届いた。 「僕の本来の到着予定は明日の16:32分でしたから驚くのも無理はないですね」 「え、っと……、」 「ちょっと気持ちが逸ってしまって早く着いてしまったんです。連絡を入れれずにすいません」 ぺこり、と綺麗にお辞儀をしながらカシャリともう一度鳴った音に、ようやく雪菜は目の前の隊員が“噂の"ジョルトなのか、と行き着いた答えに目を見開いた。 来るとは聞いていた、確かに彼の言うように本来ならば明日の夕方に到着という連絡受けていたのだが……時計を咄嗟に確認してみても日付は間違えていない。 はたと視界をクリアにしてから慌ててその事実に頭を軽く振ってから、雪菜はその髪、そしてオートボットの印でもあるブルーの瞳を見つめてから慌てて口を開いた。 「ごめんなさい!私何も出迎えを……あれ、え、レノックス少佐にも伝え、」 「いえ、たった今挨拶に行ってきました。という訳で、これから宜しくお願いします、雪菜さん」 「あ、はい、こちらこそ……」 さっと出された手に雪菜も慌てて自分の手を重ねると、丁度いい体温のジョルトが手を軽く握り返す。 その絶妙な力加減に再度胸中で驚きを漏らしてから、ジョルトの指先から身体にいたるまでを――人間にするには至極失礼だが――まじまじと見詰めた。 確かにヒューマンモードのインストールは30分もあれば可能、だとはいえ。 他のオートボット達にこの機能をインストールした時は、やれ握力が異常だとか、やれバランスのとり方が分からないとか、散々だったのに目の前のジョルトはどうだ。 きちりと隊服を着こなしているその様はどこからどう見ても、機械音を除けば人間そのものではないか。 そんな事を考えながら軽い握手を交わしてから雪菜がジョルトの顔を見上げると、ジョルトは少しだけ淡いブルーの瞳を器用に細めた。 「では、それを」 「え?」 「手に持っている書類です、僕が先生に持って行きます」 「あ、いやそんな……、」 「いいですよ、僕は先生の助手ですから。これは僕の仕事です」 ほら、と握手を交わしたばかりの手で書類を求められ、にこりと笑う彼にはどこか気押しされてしまい雪菜は言われるがままに書類を彼の手に乗せた。 一体どうして彼が自分の書類の中味を知っているのだろう、スキャンでもかけたのか、はたまたラチェットに聞いていたのか。 性格に少々難がある、とラチェットが漏らしてはいたが、目の前にいるのはどちらかというと完璧な助手の姿ではないか。 更に礼儀正しく"ありがとうございます"とにっこりと綺麗な笑みを浮かべたジョルトは雪菜に軽い会釈を落としてから、受け取った書類を大事に両手に抱えてすぐに来た道を戻って行ってしまった。 「……わぉ」 立ち話にして5分にも満たないその会話を終えて、小さくなっていく後姿に雪菜は感嘆の声を思わず漏らしてしまった。 本当に今の彼は"あの"オートボットの一員のジョルトなのか。 今更疑う事はないにしろ、それでも少し喋っただけで分かる程の礼儀正しいその様子には――正直疑ってしまいたくもなるのは、それ程までにオートボット達の普段の行いが閉口してしまうようになる事ばかりだから。 一体彼らのうち、一体誰が"会釈"等するのか、と今だに目を白黒させていると、ふと雪菜の背後から声がかかった。 「おー、お前も会ったか」 「少佐……、え、彼はやっぱり本物のジョルトなんです……よね?」 「ああ、間違いはないが……その気持ちは分かる。いや、俺もびっくりしたぞ」 「サイドスワイプみたいな到着かと今回も冷や冷やしていたんだが、まさか被害を抑える為に海に着陸したらしいぞ。その上もうヒューマンモードまで搭載してやがって、執務室に現われた時は一瞬何を言ってるか分からなかったぐらいだ」 しげしげと感心したように笑うレノックスに、雪菜もまた同じく笑みを浮かべた。 確かにサイドスワイプが師であるアイアンハイドに呼ばれて地球に来た時は――それはそれは、目を覆いたくなる程の被害を辺りに撒き散らしたのは雪菜にとっても忘れる事ができない"良い"思い出だ。 ジャズから"ジョルトはそんな事ないぞ"と笑いながら告げられてはいたもののやはり前例があると思えば自ずとジョルトの到着に際し構えてしまっていた、のだが。 「……礼儀正しいオートボットもいるもんですね」 「ああ、あれでこそオートボットの鏡だよな。お世話になりますってクッキーまで貰っちまったぞ俺」 ほら、とレノックスが翳したのは雪菜が良く知る有名な焼き菓子のお店の名前が刻印された紙袋。 そういえばラチェットから以前"好きなところはあるか"と聞かれたが、もしかしてラチェットからジョルトに話がいったのか……とひょいと袋の中を覗き込んでみると丁寧に包装までされているそれを見て、雪菜は"ワォ"と再度言葉を漏らした。 自分でさえ入隊当初に菓子折りなんてをレノックスに持っていかなかったというのに――まったく何とできた機械生命体な事か。 「私先生のとこに持っていく書類まで、持って行かれちゃいましたよ」 聞きたいことあったのに、とようやく思い出したラチェットの元を訪れる本来の目的に苦笑を浮かべると、レノックスは"出来た助手だ"なんて笑いながら漏らし、そして雪菜の手に紙袋を手渡した。 「ほら、もっていけ」 「いいんですか?」 「おー、お前こういうの好きだろう」 「ありがとうございます、じゃあお言葉に甘えて」 がさりと渡された紙袋を受け取るとレノックスはにっと笑みを浮かべたが、やがてすぐに鳴り出した携帯電話に顔を露骨に顰めてみせる。 余程でたくない相手なのだろう、ディスプレイを見つめて溜息なんて漏らした上司に、雪菜はくすりと笑みを漏らして軽く頭をジョルトのように下げてからその場を後にした。 手元の書類は持っていかれてしまったけれど、ラチェットに用があるのには変わらない。 もしかしたら今嵐のように過ぎ去った新しい"仲間"が居るかもしれない、と雪菜はわくわくとする気持ちを抑えながらリペアルームへと向かった。 **** >>back >>next |