![]() なんでこうなってしまったんだろう、と目の前の大きな格納庫を前にしてため息を吐いた。 hello new world 何でよりによって善良な市民がこんな軍の機密溢れる場所に居るのか。 そもそもNESTなんて特殊部隊にどうして自分が勧誘されているのか。 レノックス曰く、どうやら”あのメガトロン”相手に命を顧みず足にしがみついたのが、NEST隊員にも、そしてオートボット達にも相当のインパクトを与えたようで。 火事場のバカ力でした、と何度雪菜が訴えても残念ながら聞く耳は持たれない。 最初はレノックスもこんな軍の病院よりか市民病院に送ろうと提案したのを頑なに拒否したのはオートボット達。 どうやら自分がうっかりと救ってしまった彼らの仲間に余程の恩を感じているらしく、司令官であるオプティマスが頑なに輸送を拒否したらしい。 何なら自分達オートボット用のリペアルームで、なんて言いだしたのを何とか抑え込んで決着がついたのが併設されている軍の病棟。 自分の意識のないところでそんなやり取りが繰り広げられていたのかと雪菜は頬が引きつるのを感じた。 「それに、給料はいいぞ」 そう、その一言に上手くまとめられたといっても過言ではない。 ”軍の力をなめるな”と再び黒く笑いながら渡された書類に記載されていたのはどこから調べてきたのか自分の個人情報。 ご丁寧に、10連敗の不採用記録も明記されており、その時のレノックスの勝ち誇った顔は今でも鮮明に覚えている。 「ですが、私はそんな軍に属す程の体力も戦闘能力も何もありませんし……ていうか、そもそも私は一般人です」 「なぁに、それは分かっている。だからお前の仕事はオートロボット達の橋渡し、まぁ言うなれば雑用みたいなもんだ」 曰く、オートボット達をここに”住まわせている”のはいいが、世話をするのはあくまでNEST隊員。 普段は戦闘に明け暮れている彼らが常にオートボット達の格納庫に在中するのも難しく、細かい要望をすぐに聞ける人、つまり、お世話係というポジションなる人材を探していたそうで。 実際に戦地に向かう事もなければ、身の危険を感じる仕事も一切ない。 ただ、彼らの日常の世話、そしてコミュニケーションをとっていればいい、とのこと。 「雑用って……」 「だけど、お前の専門はメカだろう?引く手数多だと思うが10連敗とは」 「確かに機械工学専門でしたが……その中でもあまり広くない分野を専門にしていたので」 「なるほど、マニアックすぎてマッチしなかった、ってわけか。何なら尚更いい。仮にここを出たとしてもいろいろと役には立つ。まずは怪我が治るまでの1ヶ月、お試しでどうだ?」 仮にも一国の特殊部隊のスカウトがこんな簡単でいいものだろうか。 一向に引こうとしないレノックス、それから隣に並んでいたエップスの粘り強い説得についに雪菜がようやく”お試しでなら”と引き受けたのが今日の午前中。 そうと決まれば早速挨拶に行って来い、と病み上がりの体を押されたが最後、今の冒頭に至るわけで。 書類を出したらすぐに行くからというレノックスの言葉に従って病院から離れたこの格納庫まで1時間弱もかけて歩いてきたのはいいが。 「って言われても……、ねぇ」 誰も居ないだだっ広い敷地で、雪菜は大きなシャッターを開けるボタンを押し留まった。 このシャッターのあちらにいるであろう、つい先日病室を吹っ飛ばした機械生命体達を思い出せばざわりと心が騒がしさを増す。 怖くない訳がない。あんな大きな機械生命体相手にちっぽけな人間がどこをどうコミュニケーションを取れと言うのか。 第一、自分をこんな目に合わしたのも、彼らの仲間――違う、レノックスの言葉ではディセプティコンだ――だというのに。 いくら怖くないから、陽気な奴等だからと押されたとしても早々受け入れられるものではない。 「やだもう、泣きそう」 ぼやいてみても助けてくれる人なんてこんな所に居る訳もない。 レノックスが後から来るとは言っていたが、どれぐらい後なのか。 最期に別れを告げた場所から30分は歩いていたかと思うとまだ大分後になるのだろう。 不自由な片手を見下ろして、溢れそうな涙をこらえて。 雪菜は大きく深呼吸をしてからブルーのボタンを指で押し……硬いそのボタンに掌を叩き付けた。 「……車?」 大きなシャッターが開いていくに従って目の前に広がる大きな格納庫内部。 薄暗いそこに光が差し込めば、やがて目の前にロボットではない、見慣れた車が現れた。 軍の基地の、しかもこんなに離れたところに閉まってあるスーパーカーに……トラック、救急車。 言われた場所に自分は来た筈だが、間違っていたのではないかと慌てて格納庫の外の番号を確認しようとしたその時。 『おお?何やってんだお前ら』 「え……?……ひ、ひぁああああああああ!?」 『うぉ、おぉ!?おい、落ち着け、俺だって!』 「し、し、知りませんんんっ、あいたっ!」 『落ち着けって、な?何もしねぇから!』 後ろに不意に落ちた影に顔を、というよりかは頭全体を見上げて雪菜はそのまま後ろに倒れこみそうになった。 視界に飛び込んできた大きな塊に、自分に落ちた影が一体の大きな機械生命体によるものだったのは言うまでもなく。 自分の隣に現れた金属の塊――足―−に、雪菜は悲鳴を上げて慌ててその場を走り抜けようとすれば。 ――ひょいと持ち上げられたのだから、もうたまったもんじゃない。 「きゃああああああっ!!!」 『大丈夫、大丈夫だからっ、雪菜っ、なっ!』 「やだ、やだっ、怖いっ、落ちるっ、死ぬっ!」 『何もしねぇって、ほら、たかいたかーい。』 「いやぁあああああああっ!!」 大きな銀色の鉄板、正確には自分を摘みあげたジャズの手の上。 たった今まで足のついていた地面は、遥か下に見えて雪菜は体全体が震えるのを感じたのと同時に、今度は宙に体が浮き上がる。 浮き上がった体に今度こそ死を覚悟してみれば、激しい痛みとともに冷たい鉄板の中に落ちた、というよりかは全身が叩き付けられた。 『おい、大丈夫か?落ち着いたか?』 「い、たぁっ、…っ、ひぃ、」 『ストップ、ストップ、叫ぶな!』 「だ、だ、だ、だって……!」 『落ち着け、ほら、息を吸って、はいて、ひっひっふーだ!』 自分を取り乱させている張本人である目の前のジャズがひどく人間らしいポーズで手でそっと空気を押さえつける様な仕草を見せる。 もしも落とされたら、もしもこのまま捻り潰されたら。 明らかに目の前のジャズがやってる動作はおかしいが、それよりもぐるぐると渦巻く感情と今しがたの激しい痛みにカタカタという全身の震えはとまらない。 片手が不自由な今の状態では上手くバランスを取る事もできずに、雪菜はただただ震える息を漏らしながらジャズの手の上に蹲った。 『わ、わかった、下ろすからな。ほら、うろちょろするなよ?』 「は、は、はい……!」 『ほら、降りれるか』 何とか指の隙間から地面へと戻ったはいいが、震える足は何も言うことはきかずに、雪菜はその場にへなへなと座り込んでしまった。 一体全体、何がどうなっているのだ。 否、今自分を宙へ放り投げたのはジャズという機械生命体だという事はかろうじて認識はできたが、それにしてもあれはない。 友好的なのか、非友好的なのかの区別が全くつかないまま停まらない震えについにぽろりと一筋の涙が零れた。 「何だ何だ今の悲鳴は!?」 『いや、俺は何もしてねぇぞ!こいつらがビークルモードなんかでここに居たからだなぁ、』 『うぅむ、車で居れば雪菜も怖がらないと思ったのだが』 『でもビークルモードのおいら達の事、雪菜は知ってるの?』 パン、と格納庫に向かって手を叩いたレノックスに、雪菜は方針状態でそれを見つめていれば――ツン、と頭に何かが重なった。 何事かなんて、狼狽えた頭でも簡単に分かってしまう。 頭に走る冷たい、硬い、金属の感覚。 もしかしなくても自分の頭にはジャズが触れているのではないか、もしかしたら頭を潰されるのではないかと雪菜が恐怖に顔を歪めた瞬間。 「雪菜、大丈夫か。怪我は増えてないか。ほらジャズ、やめろって」 「れ、れの、れのっくすさん…こ、これは、ひっ!?」 ガシャンガシャンと音を立てて急に機械音が格納庫内のこだまし始めた。 次の瞬間、つい今の今まで車が置いてあったそこに現れるのは先日自分の病室をぶち壊したロボット達。 その大きな図体が目の前に現れた事に、叫び声を漏らさなかったのはもはや叫ぶ声すら失ってしまったから。 『大丈夫だよ、雪菜。おいら達は何も怖い事しないよ』 「っ、」 落ち着かせる様に彼らなりにそっと変身したつもりなのだろうが、それでも明らかに響き渡る音は大きい。 ついでラジオの音が騒がしく響き始めて完全に理解を超えてしまったのだろう、雪菜は首を傾げる様に見える黄色いロボットに揺れる瞳を返した。 「あー……何だ、何をしたんだお前ら」 『おいらは大人しくしてたんだよ、ただジャズが!ジャズが雪菜を宙に放り投げたんだ!』 『なっ!違う!俺は……っ!!』 しどろもどろに俺じゃないと首と手をぶんぶんと振るジャズに、レノックスは呆れた様にため息を漏らし。 さて、どう説明しようかと頭をぽりぽりとかいて蹲る雪菜を振り返ると。 『どうやら気絶したようだ。心拍数も速い』 彼らの軍医、ラチェットがすかさずスキャンをかけたのだろう、床に四肢を投げ出して倒れている雪菜が視界に飛び込んできた。 慌てて鉄の指でつんつんと再度突付いては狼狽しているジャズの手を払いのけて、レノックスは盛大なため息をついた。 **** >>back >>next |