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New Text on Anatomy -修正項目その4-





午後の仕事といってもやる事は普段と何一つ変わらない、つまり始末書を片すだけ。
それも何だか申し訳なくて格納庫に戻っててもいいよとジャズに問うてみたが、彼は首を横に振り今こうして雪菜の隣に座って周りをきょろきょろと物珍しく見渡している。
勿論、ジャズの人間の姿にレノックスもエップスも嬉しそうに話しかけたり、これを食えだの、あれを試してみろだの、他の隊員達も加わって終始話に花を咲かせていたのだが、これは如何せん――仕事に……ならない。

「ちょっと少佐!それに軍曹も、そろそろ仕事に戻ってくださいよ。」
「今日ぐらい別にいいだろう、それよりジャズ、これも食ってみろよ」
「あ、これもどうだ?」

いつもなら引きずってでも仕事机にへばり付けるエップスも、今日は彼も至極ご機嫌にお菓子を手に抱えていて。
出されたジャズも、物珍しさにどれも手をつけるものだから一向に納まる気配はない。(途中途中、苦い!と悲痛な叫びが聞こえたが。)
大げさに再度”仕事してください”と伝えてみても一向に耳をかそうとしない彼らに雪菜が呆れた声を上げるのは何度目なのか。
レノックスに至っては、まだきちんと動作確認していないにも関わらず”オートボット人間化祝いパーティー”なるものを即効で企画したぐらいだ。
気が早いですよという雪菜からの苦言も、悲しいかな、彼らの耳には届かない。
普段の過酷な任務のストレスを発散するかのように笑いあっている彼らはまるで子供のようだ。

「今日ぐらいって……今日締め切りの始末書だってあるんですから」
「まぁまぁ、お偉いさん達もこれは喜ぶって」
「ですが……、」
「それに何より雪菜が一番嬉しい癖に、なぁ?」

にやりと雪菜にしてみれば嫌な笑みを浮かべるレノックスに、雪菜は手元の書類を大きく音を立ててしまいながら頭を降った。

「べつに、私はジャズが別にどんな姿してようと……人間だろうと……関係ないですよ」
「へぇ?何だ、もうキスはしたのか?」
「なっ!?」

しまった、と思ったときには既に時遅し。
手からスルリと絵に描いたように書類が抜け落ちた、そんな分かり易い反応に質問を投げかけた張本人のレノックスはそれは悪戯に笑い、そして普段はこちら側につく事の多いエップスも、今に限ってはどうやらレックスサイドについているらしい。

「お前、中学生かよ」
「な、な、だって仕事中ですよ少佐!」
「キスの一つや二つで照れてるんじゃあ男が廃るよなぁ、ジャズ?」
「へ、」

ガシ、と隣に座っていたジャズの肩に手をかけて何やら耳元に顔を落とすエップス。
”ほら”なんてまるで親友にでも送るように背を押したエップスに、最初は戸惑った色を宿していたジャズもすぐに悪戯っ子のような笑みを浮かべるものだからどうしようもない。
そのまま雪菜の腰を簡単に引き寄せて体を寄せてきたジャズに、思いっきりその胸板を押し返してみるが勿論男の、機械の力相手には敵うわけも無くて―ーぐっと近づいたジャズはやっぱりとてもかっこよくて思わず惚けてしまいそうになる――のではなくて。

「ちょちょちょ、ちょっとジャズ!何簡単に影響されてるの!」
「いいじゃねぇか減るもんでもねぇし。さっきもうまく逃げられたしな?」
「いや、でも、その、でも!」
「俺とキス、したくないのか?」

そうじゃない、と言いたくても顎にかかった冷たい手を解く事はできない。
せめて誰も見ていないところでゆっくりと、だなんていう小さく抱いていた雪菜の下心が崩れたその時。
一瞬の抵抗がなくなった隙をついて、にぃ、と口元を上げて笑いながらジャズの唇が有無を言わさずに――触れた。

「っ、」
「、」

キスの経験なんて勿論これが最初じゃない、だけども整った顔立ちが目の前にあって、バイザー越しであろうと少し細められた視線とばっちり合ってしまい。
顔も真っ赤になってるだろう、”おぉ”なんてレノックスが囃し立てる声も聞こえてくる。
それに反してジャズの頬は――悲しいかな、それまで把握する余裕なんて今はない。

「ん、……?」

ちゅ、とリップノイズは”プレイボーイ”なジャズなりのサービスなのだろうか、少し離れた唇に雪菜はそっと瞳を開く。
まだ至近距離にコチラを見つめているジャズの瞳が視界に入り、そして唇が触れたという”その”情報が脳裏に辿り着いた瞬間――雪菜は自らもう一度唇を重ねた。

「お?なんだ、雪菜もけっこ……ぉお?」
「意外と……これは」

そんなやりとりが耳に届いてきたけれども、それよりも、と雪菜は自分より背の高いジャズの首に手を回して引き寄せながら唇にやわやわと噛み付く。
今の今まで涼しい顔をしていたジャズも流石に咄嗟の彼女の行動に、キュイイインとブレインサーキットが高回転しまったけれど、それよりも。
雪菜のその噛み付く様なキスに――考えたくもないが、キスの仕方なんてDLしたのかもしれない――、ジャズも答える様に唇を開いて……そっくりにできた舌を雪菜の口内へとするりと入れようと――した矢先。

「熱っ!!」
「へ?」

ドン、と胸元をつき返した雪菜に今まで至近距離に居たジャズも、それに周りで囃し立てていたレノックスやエップスまでもが咄嗟の雪菜の行動に目を丸くして何事かと口元を押さえ、更に眉間に皺を深く刻んでいる雪菜を見つめた。
慌てて机においてあったミネラルウォーターに手を伸ばした雪菜に一体何事か、もしやジャズが舌でも噛んだのかとレノックスが声をかけようとしたその時。

「……アウト、これ絶対駄目」
「なんだ、どうした?」
「内部温度が高温すぎるんです」
「内部温度?なんだそれ」
「口内の温度です。ジャズ達は正確には”人間”ではないので表面温度や内部温度は別の回路で構築した筈なんですが……表面温度の不具合、それが内部温度の回路に影響、結果異常をきたして……ありえないぐらいの高温になってるみたいです」

熱い、と舌をひらひらとさせながら若干涙目にすらなっている後輩の説明に、まだぽかんと目をぱちくりさせているジャズの半開きの口に軽く小指をつっこんでみると――

「あっちぃ!!」
「へ?なんだよ、え?」
「何だお前、人間兵器か!?ハニートラップか!?」

どうやら突っ込んだ小指がそうとう熱かったのか――凄い勢いで小指を振るレノックスを見れば、雪菜が犬のように舌を出したままひぃひぃ言っているのも納得がいく。
きょとんとした様子だったジャズもまた自分の人差し指を舌でぺろりと舐め――”そうなのか”と言葉を零したのはいいのだが。
飛び跳ねた雪菜やレノックスに比べるとその反応もイマイチなジャズに、どうしたとエップスが声をかけてやれば彼は――その端正な顔立ちを気まずそうに歪めてみせた。
その表情はまるで何かを訴える様な、困り果てた顔でエップスを見つめるものだから、エップスもまた不思議に目を瞬かせて少し屈んだジャズを覗き込んだ。

「どうした?」
「、いや、その、」
「ん?腹でも痛い、の、か……って、まさか」

は、と何かに行きついたらしいエップスの顔に、ジャズは今度こそ頬を、顔を真っ赤に染め上げる。
何事だとレノックスがひょいと二人を覗き込んで、すぐに事情を察した彼もまた……ニヤリと笑みを漏らした。

「何、どうし、」
「おう雪菜!これちょっと借りるぜ!」
「え?ちょ、」
「任せろ、俺らがしっかりと見てきてやるから」
「は?」

ぽかん、とミネラルウォーターを片手に首を傾げる雪菜の机の上からレノックスがファイルを取り上げ、何やらひどく抵抗するジャズを引きずりながらレノックスもエップスも楽しそうに部屋を後にし始めた。
慌てて追いかけてみたが、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら必死の抵抗を繰り返すジャズを気にもかけないかの様にその3人の後姿は男子トイレへと消えてしまい、流石に追いかける事はできない。


暫くして完全に疲れきった様子で戻ってきたジャズに、何やら満足そうに頷くレノックスとエップスから再びファイルを手渡される。
どうしてもそれを奪い取ろうと足掻くジャズを横目にファイルへと視線を落とし――雪菜もまた真っ赤に染まりあがった。




修正項目その1 衣服の初期設定
修正項目その2 体温の出力異常→表面温度の出力異常
修正項目その3 塩分に対する抗体
修正項目その4 内面温度の出力異常
修正項目その5 男として異常なし





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