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New Text on Anatomy -修正項目その3-





目の前に並ぶメニューをじっと見つめること早10分、未だに睨めっこをしているジャズに雪菜は溜息とともに苦笑を漏らした。
何でも好きなものを食べていいとは伝えたが、エネルゴン以外のものからエネルギーを吸収できる事が嬉しくて仕方ないようで、どれにしようかと悩み始めて随分と時間が経ってしまった。

「そろそろ決めた?」
「んー……」
「別に今日だけじゃないんだから、そのうちいろいろ試したらいいじゃない」
「よっし、決めた!このハンバーガーにする!」

びしっと指をさしたジャズの指先にある”ランチ定食”に雪菜は笑って了解の意図を伝えるとカードを切って購入を伝えた。
まだお昼時から少し早い食堂には人も疎らではあるけれど、それでも早めに昼食を取る隊員の姿もちらほらと見える。
ちらりとあたりを見渡して、幸いにも直接の知り合いが居ない事に雪菜は安心してカウンターからトレーを受け取った。

「雪菜は何食うんだ?」
「私はこれ、ジャパニーズ定食」
「日本食ってやつか」
「そ。味は……本場に比べたら落ちるんだけどね、それでも結構いけるの」

へぇ、と物珍しそうに雪菜の手元を見たジャズはスキャンをしたのだろうか、ロボットらしく”味噌汁か…”なんて呟く。
そんな彼の好奇の視線は間もなく手元に届いた自分のトレーに並ぶハンバーガーを見下ろして、それは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「食べてもいいんだよな?」
「勿論。ちゃんとその辺はエネルゴンへと変換できるようにしてあります」
「さっすが」
「っていっても、私じゃないんだけどね。これはラチェット先生のお陰」

適当に座ったテーブルの向かい側で、そわそわと落ち着かない様子のジャズに雪菜はぷ、と笑いを漏らした。
まるで子供のようにキラキラとしたブルーの瞳を瞬かせながらトレーを見下ろすその様子はひどく微笑ましい。
こんな事ならビデオカメラでも持って繰れば良かった、と雪菜もまた嬉しく頬を緩めて手を伸ばし始めた彼のその様子を見つめた。

「食べれる?」
「ん、……」
「ど、どう?」

もぐもぐ、と口を動かし、やがてごくんと音を立てて飲み込んだジャズを、雪菜もまた緊張した面持ちで見つめる。
大丈夫だろうか、悪影響は無い筈だけれど、と頭の中でラチェットが描いた図形や図式を再生させていれば、目の前のジャズはハンバーガーを飲み込んみ――そのまま、片手に持ったままのハンバーガーを見下ろしてから少しだけ眉間に皺を寄せた。

「痛ぇ」
「は?」
「いや、こういうもんなのか……?」
「痛い?」

喉を鳴らして飲み込んだそれにジャズはまた不思議そうに手にしたハンバーガーを見下ろした。
美味しいでも、不味い、でもない”痛い”という感想に雪菜も、自分の食べ物を見下ろして――首を傾げ返した。
”痛い”とはどういう事だろうか、口の中がチクチクとするのだろうか、それでも、目の前の何の変わりもないハンバーガーから”痛い”という感想は今ままで耳にした事は無い。
第一、食べ物に抱く感想ではない、とジャズの手にしたハンバーガーを覗き込んだ。

「痛いって、何?」
「何つぅか、痛ぇ」
「……痛いって感想は……聞いた事ないけれど。ちょっとちょうだい?」

ぱくり、とジャズの冷たい手を引き寄せてハンバーガーを齧ってみるが、特に問題のない普通の味。
”どうだ?”とジャズが問うてきた言葉に複雑な表情を浮かべながら雪菜はもぐもぐとハンバーガーを喉に流し込んだ。

痛い、とはつまり体が受け付けないという事だろう、所謂”身の危険”とやらを感じて反応する回路が食事とどう関係するというのだ。
ごっくんと当たり前に飲み込んでみれば、”これが普通なのか?”と怪訝な色を浮かべるジャズに雪菜も再度首を傾げそうになった矢先、自分のランチプレートで湯気をたてる味噌汁に、ふと、目を瞬かせた。

「え、もしかして」
「何かわかったのか?」
「……いや、でも……」

ふと過った、ありえないけど、あり得なくない推察に、雪菜は自身のプレートの上に乗っていた梅干しへとお箸を運んだ。
きょとん、とした様子でそれを伺っていたジャズは、カシャ、と機械音を響かせてその動作を見守ると、目の前に差し出されたそれにもう一度不思議そうな音を鳴らした。

「ジャズ、あーんして」
「ん?何だそれ。いや、でも、それは、」
「梅干し。ジャパニーズプラムサワーだよ、いいからお口開けて」

突然の出来事に思わず身体を引いたジャズの腕を押さえて、狼狽える彼の口元にお箸を進めると暫く抵抗はしたものの、素直に口を開いてそれを受け入れた――瞬間。

「痛ぇ!何だこれ!」

ガタンと椅子から立ち上がった彼を見上げて雪菜はついに、自分のたてたありえない予想が的中していた事にある意味感心すらしてしまった。

「あぁ、……成る程」
「これが日本食ってやつなのか、お前よくこんなもの食えてたな」
「違う違う、多分ね、塩分のせいだよ」

口から落ちた梅干しを手で摘んで脇に寄せんながら、口元を押さえて傷がついていないか確認する様に何度もそこに触れるジャズに、雪菜は困った笑みを浮かべて答えた。
害ではないとはいえ、反応があるという事は痛みとして実際に感知しているのだろう、これもまた一つ、修正項目かと椅子の背後に置いてあったファイルへと手を伸ばしてペンを滑らせた。

「ほら……ロボットって、鉄の固まりでしょう?正式には合金素材だから鉄の含有率云々の問題なんだけどね」
「つまり?」
「鉄って、特に塩には弱いの……ほら、錆びちゃうから」

キュ、とペンの蓋を閉じて丁度テーブルにおいてあった鉄のナプキンストッカーを指差す。
確かに少しだけそこの方が錆びているそれをジャズも見つめて、それから”彼氏が錆びちゃう”と面白そうに笑う雪菜に彼も納得したように”あぁ”と頷いた。

「痛い、っていう反応は体に害があるって事の証拠だから……多分、食事に含まれる塩分に反応しちゃっ、たのかな?」
「塩分、か」
「でも、ジャズ達には事故修復機能がついてるし、そもそもこの姿では食べないといけないから、上手い具合に排泄できるようにしてあるんだけど……、味覚は要修正だね」

その言葉に僅かに曇った表情に彼からはキュインと機械音が響くだけで何を考えているのかは読み取れない。
もしかして食事が現時点では上手く取れない事にそれ程の衝撃でもうけたのだろうかと慌ててフォローの言葉を紡いで見ると、彼はぺろりと舌を一舐めしてから顔をもう一度顰めて見せた。

「なぁ、痛いんだけど、唇」
「ほら、これでとりあえず拭って?」

ストッカーからナプキンを取り出して手渡してみるが、ジャズはそれを一瞥しただけで受け取ろうとはしない。
どうしたの、と問いかける視線を送ると、今の今まで顔を顰めていたジャズは不意に瞳を細めてそれは楽しそうに悪戯な笑みを浮かべた。

「キスしてくれたら治るかも」

にぃ、と笑うジャズに一瞬その言葉の意味が分からず呆気にとられ――そして思わず目を数回瞬かせ――頬に熱が集まるのを感じてしまう。
それを楽しそうに見つめているジャズの瞳は間違いなく確信犯、そんな彼に小言を漏らしたくなるのをぐっと堪えて、雪菜は唇の代わりに手にしたナプキンをその機械の唇に押し付けた。




修正項目その1 衣服の初期設定
修正項目その2 体温の出力異常→表面温度の出力異常
修正項目その3 塩分に対する耐性





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