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New Text on Anatomy -修正項目その2-





今日一日、といっても午後いっぱいになるが、ヒューマンモードを初搭載したジャズが雪菜と共に行動をして、発見した不具合をファイルに記載、後日再研究という形になった。
それは構わないけれど、と、隣を歩く銀髪にバイザー姿の男をちらりと視界に入れて――雪菜は初めて後悔をした。

「どうしたんだ、さっきから口数少ないぞ?」
「え、そうか、な?」
「もしかして、俺がこの姿が気に入らなかった、とか?」
「う、ううん!違うよ、そんな事ない!」

ぶんぶんとオーバーに首を振ってみれば、ジャズは頬を緩めて安心した風に笑う。
いくら変形姿であるにしても、軍服に身を包んで笑うその姿は普通の人間にしか見えない、それがかえって……雪菜の鼓動を刺激してしまう。

「すごく、嬉しいよ。ジャズとこうして……一緒に歩けること」
「そ、か。俺も、こんな日がくるとは思ってなかったから、素直に嬉しいって思う」

キュル、と響く音は人間とは遠いけれども、目の前ではにかんだ風に笑うジャズに、雪菜は胸に抱えていたファイルを抱きなおした。
バイザーごしに薄らと見えているブルーの瞳を見つめ、どこでそんな笑い方を覚えたんだと小言を漏らてみる――もちろん照れ隠しだけれども。

「お、アイアンハイドみっけ」
「、声かけてきたら?驚くわよ」

そうだな、と屈伸を軽くして体の動きを確かめてから、入り口でオプティマスと会話をしていた彼らに向かってジャズが走り出した。
その後姿にはいつもの金属音もなく、タン、と軽快に地面を踏みつける音。
早速”走る”なんて軽くこなしているジャズに、雪菜はファイルに丁寧にペンを走らせてからふぅ、と息を漏らした。

機械のそれぞれのパーツによって体つきも顔つきも変わる事は想定内、ボディの色が髪色に反映される事も想定内。
ただ、ただ。
ベースとして使用した体のバランス云々がモデルだったという事もあり――つまり、カッコイイのだ、それはもう文句なしに。
すらりと長い手足に、バランスのいい体つきに加え、整った顔つきになってしまった事に今更ながらベースサンプルを間違えた、だなんて後悔が芽生えてくる。

「やばいなぁ」

機械生命体を彼氏に持った筈なのに、まさか後から”かっこよすぎる”事に悩む日がくるなんて。
アイアンハイド達と何やら楽しそうに言葉を交わし始めたジャズの揺れる銀髪を見つめながら雪菜はそれでも漏れ出る贅沢な悩みに頬を緩めた。
揺れる銀髪や、歪む口元は初めて見るけれど、身振り手振りを付け加えて離すその姿はやはり自分の知っているジャズそのもの。
かっこいい事にも贅沢ながら早く慣れよう、何よりも、彼が”人間”になれたのだからと思うと心は嬉しい悲鳴を上げる。

「つーわけで、俺が検体なワケ」
『ほぉ、珍しいな、ジャズが進んで検体になるなんて』
「ちょっと諸事情ってやつで」

やがて近づいた雪菜に気付いて、ジャズはじゃあな、とアイアンハイド達に手を振り颯爽と歩き始めたジャズの後姿の嬉しそうな事といったら。
何やら納得顔で雪菜を迎えた彼らは、”実験の成功を祈ってる”と素直に声をかけて、嬉しそうにカメラアイを数回鳴らし。
どうやらヒューマンモードの完成を楽しみにしているのはジャズだけではないようだ、と雪菜はそれに笑顔で答えてジャズの後姿を追いかけた。

「それにしてもよ」
「うん?」
「やっぱでかいよなぁ、人間からすると機械生命体っつーのは」
「そうね、いつも首が大変なんだから」

ふふ、と笑いながら格納庫の外を歩きながら話すジャズは”確かに”と笑う。
彼等にしてみればいつも人間を見下ろして話す事が当たり前となっている上に、それは苦でもなんでもないだろうが。
それが珍しかったのか、慣れていないせいか首の後ろをさするジャズに、痛覚機能は正常作動ね、とファイルへとペンを走らせた。

「よく付き合う気になれたよなぁ」
「何よ、今更」
「いや、まぁ俺らからすれば、ちっこい人間相手によく付き合う気になった、になるんだろうけど」
「しょうがないじゃない……好きになっちゃったんだから」

ぽつ、と呟きながら鳴り響いた携帯電話を手にとってごまかす様に携帯を手にとると、ほんの、本当に一瞬だけジャズから”俺も”だなんて聞こえてきて。
情けなくもその彼の反応に手から落としてしまった携帯を、ジャズもまたぎこちなくそれを拾い上げてくれる。
薄く色づいたジャズの頬に書かなくてもいいのに、”表情機能”なんてソレらしく呟きながらコホンと咳をもらしてファイルへと記載した。

「……なぁ」
「ん?あ、携帯?」
「いや、その……手、繋いでみてもいいか?」

ファイルから顔を上げてみれば、携帯を片手に持ったジャズは少し言い淀んだ後に、先ほどよりもう少しだけ紅く頬を色づかせている。
尋ねられた内容に一瞬ぽかんとしながらも、雪菜は慌てて手にしていたペンをポケットに仕舞いこんだ。

「あ、そっか、そうだよね。この格好じゃ普通に……普通に、繋げるもんね」
「お、ぅ」

手に”触れる”という行為は出来ても、手を”繋ぐ”という行為は……相手がロボットだと勿論不可能。
それが今初めて叶うんだと思えば中学生の様な、甘酸っぱい緊張に胸が高鳴ってしまいくすぐったい。
それはジャズとて同じなのだろうか、彼もまた戸惑いながらもこちらを見つめている今の状態に――雪菜もそっと手を差し出した。

「ど、どうぞ」

そっと触れる指先。

ぴくりと指が強張ってしまったけれども、ジャズの手はそのままゆっくりと、形を確かめる様に手をツ、と指先で触れていく。
そのままゆっくりと指を重ね、掌を重ね……そして、きゅ、と手を握った。

「……なんつーか、感慨深いもんだな」
「……」

手を繋ぐという行為にジャズが緊張を帯びた、それでも満足そうな声が聞こえてきた。
感覚を確かめる様にやわやわと握り返したり、指の間に隙間なく入り込んでいるジャズの大きな手をじっと雪菜もまた見下ろしてから暫く黙り込む。
やがて触れた直後に感じた違和感にその手をゆっくりと解いた。

「……冷たい」
「へ?」
「ジャズの手、ううん、ジャズ、冷たい」

離れた手から手首へ、そして露出している首へ、顔へ。
ぺたぺたと触り出した雪菜にジャズがキュインと困った音を”ロボットらしく”立てた後、雪菜もまた少し困った様に顔を顰めた。

「ちゃんと体温の出力も調整したつもりなんだけど……おかしいなぁ」
「冷たい?あ、言われてみれば」
「温度感知と温度出力は別の回線だから、うーん」

どこかで計算式を間違えてしまっただろうか、これは要修正しないといけないなと雪菜はポケットからペンを取り出してファイルへと再度ペンを走らせた。
その間ジャズも自分でぺたぺたと自分の頬や首を触りながら”冷てぇ”なんて苦笑を漏らしている。

「……、次は暖かい手で手を繋げたらいいね」

ぱちん、とペンの蓋を閉じてからジャズの手を再び手に取り。
ひんやりと冷たいその手に自分の手を重ねると、ジャズも”そうだな”と笑って手を握り返した。




修正項目その1 衣服の初期設定
修正項目その2 体温の出力異常





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