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New Text on Anatomy -被験者-





『で、何で俺なんだ』

リペア台の上に寝かしつけられて――正式には縛り付けられて――ジャズが声を荒げた。
大きな台の上で暢気に椅子に腰をかけた雪菜は彼氏の切羽詰った状態にさほど気を止めるわけでもなくにこりと微笑みを漏らす。

「だって私の彼氏だもの」
『……お前はいつから彼氏と実験体を同義語として結びつける様になったんだ』
「あらやだ、ひどい。大好きな彼氏の人間のお姿を一番に見たいって言う純粋な彼女の気持ちが分からないの?」

きゃ、なんて頬を赤らめてにっこりと笑う可愛らしい雪菜にジャズも思わず微笑みたくなる――訳もなく。
視界に入る何とも形容し難い液体にもう一度体に力を込めてみたがもちろん解かれる事はない。
ふんふんと鼻歌さえ歌いだすその後ろでラチェットも彼女の歌にあわせて体を揺らす様子ときたら、怒りを通り越して全身に悪寒が走る程。

「大丈夫、死にはしないから」
『当たり前だ!つぅか、そういうのは自分で試してからやれよっ!』
『ふむ、いいのか?』
『いいに決まってるだろ!ていうかそれが当たり前だろう!?』

ガタガタと締め付けるベルトに更なる抵抗を加え始めたジャズに、ラチェットがやれやれ、とリペア台の裏についてあるボタンを押した。
途端に緩んだそれをいいことに慌てて起き上がったジャズの逃げ足の速い事といったら。
すぐさま出入り口まで逃げたジャズにいつもならラチェットだけならず、愛しい彼女の開発したわけの分からない何かが追いかけてくるのだが。
今日に限ってはそれもなく、それが返って恐ろしくなったのか、ジャズが入り口でぴたりと振り返った。
見ればリペア台からコチラを見つめるカメラアイと、くるんとした人間の瞳は自分を追いかけようともせずにじっと見ている。

『じゃあ、私で試そうかな、雪菜君の彼氏の許可もでたし』
「……はい、先生。私、先生に惚れてしまわないようにがんばります」
『はは、それはそれで歓迎だけどね?』
「やだ、先生ったら、そんな事言われたら私……緊張してテストどころじゃなくなっちゃうかもしれませ、」
『お、おいおいおいおいおいおい!ちょとまて!』

もじっと相変わらず頬に手をあてた雪菜はラチェットにちょいちょいと頬を撫でられ嬉しそうに笑みを深めている。
その仲睦まじい二人の様子に、――明らかに何か企んでいるのは傍目からみても一目瞭然なのに――締め付けるスパークの”嫉妬”という痛みは素直なもの。

『ヒューマンモードとやらがどうしてそれと関係あるんだ』
『そりゃ、まだテスト段階だからこれから雪菜君にチェックをしてもらわないと』
『………チェックって何のだ』
「やだ、ジャズったらそんな、恥ずかしい事言わせないでよ」

ねぇ、と照れた様子で視線を交わす雪菜と黄緑色の悪名高い軍医を見つめてジャズは低いモーター音を唸り声のように漏らした。

――これが罠だと分かってはいたけれど。

――ロクな事はない等とは重々に分かってはいたけれど。


『……わかった、死なない程度に頼む』


リペア台から離れたときとは比べ物にならないぐらい遅いスピードで戻ってきジャズに、雪菜もラチェットもそれは嬉しそうに微笑んだ。





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