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「ラチェット先生」
『なんだい』
「私は先生がどういう趣向があろうと、偏見はありませんから」
『何、だって?』

今の今までロボット用のリペア台で何やら作業をしていたラチェットは、雪菜の言葉に手を止めて振り返った。
当の言葉を発した雪菜はといえば、自分用に置かれた――ラチェットのそれとは格段に大きさは違う――机の隣にある棚に梯子をかけてよじ登っている。
ラチェット用の棚に雪菜が手をかけているのは珍しい光景ではないけれども、オートボット様にある書籍の数々はどうみても雪菜のサイズには大きすぎる。

とはいっても、こんな資料は全てラチェットのブレインサーキットにメモリとして蓄積されているので、わざわざこんな風にアウトプットする必要は全くなく、この小さな助手である雪菜のためにわざわざ画像付きで指導する用にとラチェットが出したものだ。
大きすぎるのは指導するラチェットが大きいからというのは言うまでもない。

「安心してください、誰にも言ったりしませんよ」
『何を言っているんだ?』

キュルル、とカメラアイをぱちくりとさせて雪菜が手にするファイルにスキャンを当てて、ラチェットは慌ててそれを取り上げようと手を伸ばした。
おっと、と声をあげてそれをひょいとのけた雪菜は、にやにやと口元を面白そうに歪め上げている。
こんな形で彼女に知らせるつもりはなかったが、とラチェットが後悔をしても時は既に遅し。
しかも最悪な事に見当違いなかんがえに至っている彼女に、ラチェットはガガガとデータを引き出す音を漏らした。

『誤解だ』
「それにしても、どこから手にいれたんですか。こんなに。しかも拡大処理までして……まぁ」

ファイルをの中からぴらりと取り出したのは用紙のサイズは大きいけれどもよくある一枚の雑誌の切り抜き。
一見何の変哲もないただの切り抜きに……見えないのは、その切抜きにボクサー姿の金髪男性がでかでかと写りこんでいるからであって。
ファイルの中には様々な――モデルであろうか、綺麗な体を”惜しみなく”披露している切抜きがぎっしりと並べられていた。

「あぁ、この人とかかっこいいですね。先生は誰が好みなんですか?」
『……雪菜君』
「あ、このドッグイヤーしてるページの人ですか?」

はぁ、と排気音を漏らしたラチェットから今度こそファイルを取り上げられてしまい、雪菜は”あら残念”と悪気もなく呟いたりなんかする。
そんな小さな助手の意味深な視線にラチェットは片手に持っていたケーブルから手を離してキュルと手にしたファイルを見下ろした。
”そう”意識してみてみれば見えなくもない――かもしれない。

「大丈夫ですよ、愛さえあれば人間とロボットの恋愛は可能です」

私達みたいに、と何故か胸をはる小さな助手に、ラチェットはもう一度威嚇する排気音を漏らしてからひょい、と雪菜をつまみ上げた。
驚くまもなくそのままオートボット用のリペア台へと連れて行かれた雪菜は、ぽい、と投げられる。
幾分か荒い扱いにいつもなら小言の一つでも降って繰るが、今日ばかりは”照れないでくださいよ”と全面に笑みを浮かべた彼女にラチェットはギュンと複雑な音をたてた。

『どちらにしろ、そろそろ手伝ってもらおうと思っていたところだ』
「手伝う?恋のキューピットですか?」
『君がローマ神話にまで精通しているとは知らなかった』
「ローマ神話?」

きょとんと目を瞬く雪菜に、ラチェットは違ったかと軽く笑ってから雪菜の足元に先ほどのファイルをばさりと置いた。
足元におかれた大量の切り抜きに屈み込みながら未だニヤニヤとした表情を隠すことなく見入る助手に、ラチェットはドッグイヤーのついた切抜きを器用に指をまげて抜き取る。
それに頭をあげた雪菜は目の前で至極いつも通りのラチェットの表情が気に食わなかったのか、複雑な色を前面に押し出した。

『擬態を搭載しようと思っていて』
「擬態?擬態って……人間のですか?」
『あぁ、地球で生活する上ではやはりこの姿だといろいろと不具合もでてくるからね』
「それは……ちょっと難しくないですか?質量保存にしたって、それに構成する物質も違いますよ?」

眉間に皺をよせながらも、それでも師であるラチェットが言うのだから可能なのかもしれないと半信半疑で雪菜が小首を傾げた。
尋ねながらも、脳内では金属物質を炭素物質へと変化する方法を散々考えているのが分かったのかラチェットは”そういう問題じゃない”と雪菜の目の前で自身も胸元――スパークのある位置――を指差した。

『そこら辺はスパークの力で何とかなるが、やはり本物を模すには本物のジャッジが一番手っ取り早いだろう?』
「あぁ、それで私がチェックも兼ねてジャッジすればいいんですね」
『物分りのいい助手で助かる』

ジャズを真似たのか、パチンと指を鳴らしたラチェットは、ファイルの並んでいた棚のすぐ隣に立てかけてあったファイルを取り出し、いつもしている様に雪菜の足元にそれを広げた。
先程の切り抜き写真集を同じ様な写真が並ぶ中、それでもこちらには隣に併設してオートボットの模型図が並べられており、人体の構造からロボットの構造までがびっしりと記載されている。
ラチェットの頭の中からアウトプットされたのを物語るように、写真に印字されている文字を指で追いながら、ところどころ両者を結ぶ線を指で追いながら行きついた、モデルの股間部分に雪菜はコホンと堰をひとつもらした。

「で、何でこの切抜きなんです?」
『”モデル”を職業にしている成人男性の体が一番変形における不可が少ないからだ』
「あぁ、なんだ……つまんない」

あからさまに肩を竦める雪菜にラチェットもまた呆れた風に”私は男には興味はない”だなんてワザとらしく言葉を投げてくる。
確かに本当にラチェットが言うように、擬態――ヒューマンモード――というものが可能ならば、そこら辺の人間よりかはバランスも良い分、良いベースにはなるだろうが。
それでもこの裸体に近い切抜きをいくら資料だからとはいえまじまじとラチェットが見ていた図を想像すると何とも笑えるではないか。
くすくすと込み上げる笑みに雪菜は足元に落ちている別の切抜き――それはもう悩殺ポーズよろしくな半裸の男の写真――を拾い上げて、ラチェットを見上げた。

「それで、私は何をすれば?」

問いかけたその言葉に、ラチェットはカメラアイを僅かに細めて、楽しそう微笑んだ。





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