TF | ナノ
 


困っている人が居たら助けましょう、というのは幼い頃からの両親の教え。

後から考えるとこれが、良い意味でも悪い意味でも全てのはじまりだった。





hello new world





猛烈な腕の痛みに目が覚めた。
痛い、とにかく左腕が痛む。

「、っ!」

声を上げようとしても、掠れた言葉しか出てくる事はなくて雪菜はせめて、と鈍く痛む体を起き上がらせた。

どうして自分はここにいるのか、一体ここで何をしているのか。
全身を走る痛みに顔を顰めたのも束の間、ようやくここが病院だという事がわかった。
白いベッドに、鼻につくのは病院独特の消毒液の香り。
”あぁ、私どうしたんだっけ”とぼんやりと痛む頭を押さえて記憶が途切れる寸前をゆっくりと思い返した。
どれぐらいの間、ここで眠って居たのだろうか、思い返せばほんの数時間前の様にも思われる。

大学を卒業してから普通の人と代わらない就職活動を開始して、あの日も面接を受けに街にやってきて。
不採用の通知を電話越しに受け取りながら、この世界なんて滅びてしまえなんて思った瞬間。
突如大きな音を立てて窓ガラスが割れて、道行く人々の叫び声が聞こえてきて。
見たことのない大きなロボットが町に降りてきたかと思うと、あちらこちらの建物を壊し始めた風に見えた。

「ひっ!」
『そこのっ!!走れっ!!』

余りに突然の出来事に呆然と立ち尽くしてしまえば、目の前に吹き飛んでくるコンクリートの塊。
何がなんだか分からずながらも、その場で死を覚悟したその瞬間。
物凄い音を立てて目の前に下りてきた銀色のロボットが確かに自分の前に吹き飛んできたコンクリートを吹き飛ばした。
喋るそのロボットに言われるがまま、命からがら逃げようとした矢先に背後から唸る声が響いてきて咄嗟に振り返ってみれば。


見つけてしまった――今にも引きちぎられそうな、銀色のロボットを。


全くの、無意識だった。

今さっき自分の命を救ってくれたロボットが、今度は頭と足をつかまれて裂かれようとしている。

気付いたら、逃げようとしていた足はロボットの方を向いていて、自分よりも遥かに大きいロボットに向かって――飛びついていた。



「あ、ぁ……生きてた、んだ」

何も考えていなかった。気付いたら体が動いていた。
その後に全身を襲った衝撃に思考回路はシャットダウン、次に目が覚めたのが今さっき。
恐らく左腕は折れているのだろう、ギプスがしっかりと固定してあって、幸い足は両足とも自由に動く事にほっと息をついた。

「おお、起きたか。いやーお前すごいな、メガトロンの足にしがみ付くなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「は?」
「まぁそのお陰でジャズは助かったんだけどな、ありがとう」

不意に扉が開いたかと思うと軍服に身を包んだ短髪の男が入ってきた。
何やら書類を大量に抱えてはいるが、それよりも病院にどうして軍の男がいるのか。
いろんな疑問が一気に押し寄せてはきたけれども、部屋に入るなり快活に話し始めた男に雪菜はぽかんと口を開いた。

「何があったか覚えてるか?」
「い、え……」
「何だ、覚えてないのか?あんなスーパーヒーローみたいな事をしておいて」
「はぁ……。あの、ここは?」

バサリとファイルからはみ出た書類の山がベッドサイドのテーブルに置かれたかと思えば、軍服の男はにっと笑ってびしっと敬礼をしてみせた。

「俺は、ウィリアム・レノックス。NEST部隊の指揮官をやっている」
「れのっくす、さん。……NEST?」
「あぁ、対ディセプティコン特殊部隊っていってな、雪菜・七津角」
「でぃせ……あれ、私の名前?」

にやりと確信あり気に笑う目の前の軍服の男――レノックスの笑みに思わず目を見開いてしまう。
自分の名前を知っているのか、と驚く雪菜に彼は得意気に”軍の力をなめるな”と笑い、さらに掻い摘んで今に至るまでの経緯を説明してくれた。
オートボットとディセプティコンの戦いの一部始終、それにここがNESTと呼ばれる軍の基地内にある病院だという事。
聞いてる側としてはついて行く事に必死だったけれども、何とか痛む頭をフル稼働させて聞いていれば、レノックスは笑いながら追々分かると言ってのけた。

「だいたい分かったか?」
「はぁ、つまりその"機械生命体"達の喧嘩に巻き込まれたって事ですね」
「まぁ、そういう事だ。で、だな、起きて早々申し訳ないんだが、お前に是非お礼を言いたいって奴等が居てな。待ってろと言ったのにどうやら待ちきれなかったらしい。」
「私に?」

何かしただろうか、と小首を傾げてレノックスを見てみると、彼は何が可笑しいのかプルプルと急に肩を揺らし始めた。
人と話すときにこの態度はないだろうと遥かに年上に見えるながらもレノックスの態度に雪菜が怪訝に眉を顰めたその時。
ぷは、とついに大きな声でゲラゲラと笑い出したレノックスについで自分の背後からグシャリと何かが落ちる音が聞こえてきた。

『おお、レノックスの無線通り、無事に目が覚めたようだな』
『ホント?おいらも見たい!お見舞いのお花が邪魔で見えないよ!』
『待て待て!まずは俺だろう!』
『いや、まずは司令官の私が、』

キュイン、という機械音とそれについで忙しなく響いてくる音、というよりかは、声に恐る恐る振り返ってみれば、
何やら青い光を放つ何かが、しっきりなしに小さく見える窓のスペースを奪い合っている。
ついでにその手前、窓の淵に根っごと引っこ抜かれた花が所狭しと――これはもう花壇といっても過言ではないだろうが――並んでいた。

「な、何!?」
「ほら、こいつらがさっき話したオートボット達だ。それで、えーっと、あぁ、今顔を出したのがジャズ。お前が命を救ったやつだ」
「わ、私が?」

レノックスが指を指してみれば、バイザーを光らせた何か、よく見ればロボットの顔が器用にパーツを動かして笑った様に見えた。
無言でこちらを見つめていたその機械生命体達に、どうしていいやら分からずに居ればそれを察したのか金属の手が病室ににょきっと忍び込んできた。

『姉ちゃん、ありがとな!さすがにあれは俺もヤバかったぜ』
「ひっ!?」
『……ん?どうした?』
「な、な……!」

手があるのなんて、当たり前と言えば当たり前。
あの時自分の前のコンクリートを打ち砕いてくれたのは間違いなく四肢があるからだとは分かっているが。
それでも目の前で普通に動く"ロボット"に雪菜は込み上げてくる恐怖心にレノックスの方へジリ、と縋る様に体を滑り込ませた。

『あー、意外と弱っちぃのか?』
『何だ、メガトロンに飛びついたぐらいだからどれぐらい勇敢な奴かと思っていたんだが』
『落ち着けアイアンハイド。さすがにこの人数で押し寄せると病人には悪いだろう』

正式には見るのは二度目だろうが、前回の事はノーカウントにして欲しい。
人間切羽詰ったら何をするかは分からないとはいえ、今になってロボットに飛びつくなんてしでかした自分の行動を恨んだ。
そもそもあの時の状態でロボットが自分の目の前に降りてくる事すら、よく考えるとあり得ない事なのに。

「れ、れ、れのっくすさ!」
「はは、まぁロボットとはいえ、良い奴等だから。お前がここに運ばれてからずっとここから離れなくてな」
『我が軍の副官の命を救ってくれたんだ、あたりま……ふむ、やはりこれでは少し話しずらいな、私にいい考えが、』
「お、おい!オプティマス、落ち着け、やめろっ!」
「え、あ、ひぁあああっ!?」

バキバキと訳の分からない音が聞こえてきたかと思うと咄嗟にレノックスに体を担ぎ上げられる。
もう全身が痛いとかそういう事を言ってる場合じゃなくて、とりあえず命の危険に体中の警報が鳴り響いた。
小さな窓に大きな鉄でできた指をかけたオプティマスが、ばきばきと両手でその穴をこじ開けたのだ。
幸いにしてすぐさま自分を抱き上げてくれたレノックスのお陰で、半分落ちそうになっているベッドの上で最期を迎える事は免れたけれど。

『これで少しは見やすくなった。なぁに、壊してはないぞ?』
「あぁ、もう……始末書は俺なんだぞ、お前ら」

がっくしと肩を落とすレノックスなど気にする風もなく、もう一度”ありがとう”と機械ながらにパーツを動かして喋る目の前の機械生命体達に。
生物としての危機感からか、担ぎ上げられたまま雪菜は必死にこくこくと何度も頭を頷かせた。

「少佐!今の音は……って、あ、っちゃー……また派手にやりましたねぇ」
「エップス……いや、俺は止めたんだぞ、俺なりにやったんだぞ……!」
「ハハ……いや、これは仕方ないですよ、まぁ、はい」
『うぅむ、皆で顔を出したほうがいいかと思ったんだが』
「いいからお前らは先に戻れ、言っておくが、お前らにも始末書手伝わせるからな」

はぁ、と盛大なため息を漏らすレノックスは窓際……というかは病室に顔を並べるロボット達にしっしと手をふり撤退を呼びかけ。
”つまんねぇ”なんて口々にぼやきながら去って行く彼等の後ろ姿を雪菜は開いた口が塞がらないまま見つめていた。
そんな雪菜の前にひらり、と手を少しだけ振ってからその場を後にしたのは銀色のロボット、ジャズ。
あの時は視界もはっきりしていなかったが、今改めてその大きさ、姿形をはっきりと視界に入れて雪菜は沸き上がる恐怖から顔を歪めた。

「悪いな、一応病人だっていうのに」
「あ、いえ……」
「部屋を変えてくれと言っておくよ。あぁ、そうそう、後もう一つ」
「はい?」

部屋の入り口付近で唖然としていた雪菜をそっと床におろして、レノックスが思い出した様に手を叩く。
今や破片やらが飛び散る病室内、かろうじて病室に残っていたテーブルに置いた書類に手を伸ばして、レノックスはそれを片手が不自由な雪菜の手の上にずしりと置いた。
何か、と首を傾げる自分にそれはもう、今の今まで病室の破壊にぐったりしていた表情など一切感じさせない程の、快活な笑顔でレノックスはさらりと口を開いた。


「NESTで働かないか?」





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