I call it love -5- "今日もちょっとお昼取れなさそう。ごめんね、ランチは又今度で。" "了解" これで何日目だろうか、携帯のメール画面を閉じて雪菜はため息を吐いた。 別に避けている訳でもない、けれど何となくジャズと顔を合わせ辛くて断りのメールを雪菜が入れ始めて早数日。 時間が経てば経つほどに会い辛くなるの分かっていた筈なのに、と自分の弱虫さを嘆きながら雪菜は携帯を机に投げ置いた。 「今日もランチは行かねぇのか?」 「……ご一緒していいですか」 「いいけど、どうしたんだ、お前ら」 ここ数日の雪菜の様子を見ていたのであろうレノックスやエップスらは目を丸くして、痴話喧嘩かなんて首を傾げてくる。 それに雪菜は曖昧に笑いながら、さっさと財布を取り出して食堂へと歩き始めた。 会いたいけれど、会いたくない。 どういう顔をして会えばいいのか見当もつかないまま数日が過ぎてしまった。 丁度出動後の事後処理でレノックスらの書類を手伝っているのも重なって、格納庫に顔をだす時間すらなくなってしまい、こうして交わすジャズとのメールのやりとりは用件のみのシンプルなものだけ。 それだけで鼓動が高鳴っているのだから、彼を、ジャズを眼前にしてちゃんと喋れる自信は――勿論ない。 人間と機械生命体だと、改めて彼に突きつけた言葉。 たったそれだけ、誰もがわかっていた事なのに、これ程までに動揺してしまっている自分自身が酷く情けない。 自分こそ今まで口では区切りをつけているとあれ程豪語していた筈なのに、結局は一番線引きできていなかっただなんて。 馬鹿みたいだ、と自重めいた笑みすら漏れてしまう。 「ま、早いとこ仲直りしてこいよ」 「大丈夫ですよ、別に普段どおりですから」 「にしては、えらく落ち込んでるじゃないか。どうした、生理前か?」 「少佐………それはセクハラです」 ひでぇなぁ、なんて笑いながら、それでも心配の声色を宿すレノックスに雪菜は背を伸ばして頬を引き締めた。 こんなことで上司に心配をかける訳にもいかないし、と隣を歩くレノックスを軽く小突いてみれば快活に笑うレノックスはいつも通り。 調子が狂うなんて思いながらも人が溢れる食堂で注文を済ませてトレーを片手に席を探していれば、不意に雪菜に声がかかった。 「あら、珍しい。どうしたの、今日は彼は?」 「……たまには食堂で食事をするのもいいかと思いまして」 「またまたぁ、ちゃんと情報は入ってきてるわよ。さ、座りなさい」 視界に入ったジュリとロセラの姿に雪菜は露骨に顔を顰めはしないものの、胸中で大きな溜息を漏らした。 何の事だとは勿論とぼけて逃げる選択肢なんて、雪菜にははなから用意されてなどない。 トレーを持ったレノックスやエップスも何だ何だと言わんばかりに彼女達の隣に腰をおろし、雪菜もまた項垂れながら端の席へと腰を下ろした。 まるで尋問にかけられる気ながらも席につき、ふと彼女達の手元に並ぶベーグルを視界に入る。 あぁ、今日も彼はベーグル屋に足を運んでいたのか、だから彼女達が何かを知っているのか、と溜め息をつきながらコーンスープへとスプーンを落とし。 平静を装ってはみたものの、じっとこちらを見つめる彼女達の視線達は自分から外れる事もなくついに堪えきれずに雪菜は口を開いた。 「……別になにも、」 「なくはないわよねぇ?あんな葬式みたいなBGM流してるジャズなんて見てられないわ」 「葬式ならまだいいわよ、分かり易くて。さっきなんて空元気な洋楽流してて、見てるこっちが痛々しい位」 「何だ、やっぱりお前ら喧嘩してたのか?」 三者三様に沸いてくる言葉に頭を押さえながら、雪菜はランチ定食のサンドイッチへと手をつけた。 答えるまでもないというジェスチャーのつもりだったが、彼等全員の問い詰める視線には流し込むものも流し込めない。 まさかジャズに告白されただなんて言う訳にもいかず、暫く思案を繰り返してから、なかなか飲み込めなかったサンドイッチをなんとか喉へと落とし込んだ。 「本当に何もありません……ただ、」 「ただ?」 「………ジャズは機械生命体で、私は人間なんだなって……言った、だけで、す」 それだけです、と笑ってスープに口を付けてみれば少し熱いそれが舌をじわじわと温めてくれる。 言葉に出せば出すほど感じる高い絶対的な壁に、自然と弱くなってしまう語尾をなんとかごまかしてスープにもう一度口をつけた。 何が楽しくてこんな未来のない話をしないといけないのか、なんて内心ヤケになりながらスープのボールに手をつけてそれを一気に流し込む。 そんな雪菜に女性隊員達も何かを察したのだろう、先ほどまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、口を噤んでそれ以上は何も聞いてこない。 それが更に気を使わせてるみたいで居心地が悪く、掻き込む様にサンドイッチに口をつけ始めてみれば、丁度斜め前に座っていたレノックスがこちらを見つめてる事に気が付いて、雪菜は視線だけでそれに振り返った。 「お前は将来は子供が欲しいのか?」 「……へ?」 「いや、いつかは結婚するだろう?結婚したら何人子供が欲しい?」 「何ですかいきなり」 いいから答えろ、とガツガツとサラダにフォークを刺すレノックスの問いかけに、とりあえずはジャズから話題がそれた事に胸中で感謝しつつ、そうですね、と雪菜は視線を上げた。 結婚、子供といえば普通の女性ならば誰しもが憧れるものだろう、だけどもそれに関して雪菜は一度たりとも憧れを抱いた事がない。 今更この場で自分の生い立ちを彼に話すのも場違いな気がして、―−それ以前に複雑な家庭とやらはレノックスにはバレているかもしれないがーー、雪菜は空になったスープにスプーンを落としてから息を吐いた。 「正直に言うと子供は別に……どちらかというと静かに平和に二人で暮らしたいです」 そうか、と深い追求をせずにドレッシングをどばどばとかけるレノックスに小首を傾げてみれば、隣に座る女性隊員達も何が言いたいのかと言わんばかりいレノックスへと視線を向ける。 もしゃもしゃとレタスを頬張るレノックスは、そんな一斉に視線を集める事等気にする素振りもなく――まぁ、実際には慣れてるのだろうけれど――、ゆっくりとレタスを口の中に流し込んでごくりと豪快な音を立てた。 「何をもって愛と呼ぶかだな」 「は?」 「お前にとって愛とは何だ」 話の流れを完全にぶった切っている彼の言葉があまりに予想していなかったものだったのだろう、エップスがゴフッと飲んでいたミルクを噴出した。 ”ああもう”何て言われながら女性隊員達にナプキンを渡され、口元や零れたミルクを拭うエップスに同情を向けるも、そもそも何でこんな話をしているのかと呆れながらも雪菜はレノックスへと視線戻した。 まだ口をもぐもぐとさせている彼は、そんな事気にもしないで、そして至極当たり前の顔で雪菜を見つめ――答えを待っている。 答えなんてない抽象的なその質問内容に気恥ずかしさを感じるものの、暫く口を噤み、そして一つずつ選ぶように雪菜は口を開いた。 「……相手を、大切に思う気持ち、ですかね」 「なら、いいじゃないか」 「え?」 からかわれるか、なんて思っていた予測とは大きく反して、レノックスの表情は当然といった色を浮かべている。 その意味が更に分からなく言葉を言い迷っていれば、隣のエップスが”そうだな”なんて同意を漏らした事に雪菜は眉間に皺を刻んだ。 「誰かを大切に思う気持ちが愛だとお前が定義付けてるなら、それでいいじゃないかって言ったんだ」 「少佐?意味がよく、」 と、言いかけて雪菜はそれ以上言葉を紡ぐ事を忘れてしまったかのように、声を失ってしまった。 この感覚は以前にも感じたことがある。確かあれは、自分がまだオートボット達を怖い生き物だと認識していた時。 アイアンハイドに連れられて出た決死のドライブ直後に、自分の心を覆っていたもやもやが一瞬にして吹き飛んでしまった、あの感覚。 こうして自分の”固定概念”が覆されるのはここに来て何度目だろうか。 粉々に打ち砕かれた自分の考えに、同時に視界が揺らぎ、喉がくっと詰る感覚を感じ始めた。 だけど、この場では絶対に泣くものかと精一杯の意地をかきあつめて何とか顔に笑みを浮かべた。 「……くさいです、少佐」 「何だ、俺は別に思ったままを言っただけだが」 「エップス軍曹、そろそろ部署移転届けでも出しますか」 「そうだな、俺もちょっとこの青春ノリにはそろそろついていけなくなてきたところだ」 ミルクを拭いたナプキンを丸めて開いたボールに突っ込んだエップスは、それでも笑いながら雪菜の頭を数回撫でた。 目の前の女性隊員達もやがて彼の意図していることを汲み取ったのか、それはもう嬉しそうな表情で雪菜を見つめていて、ほら言ったじゃない、とでも言わんばかりの笑みに雪菜はまだ残っているサンドイッチを見下ろしてから、それをラップへと戻した。 「おいおい、何だよその態度は。せっかく可愛い部下のためにだな……、ジャズ、今どこにいる?」 「え?」 ぴ、っという肩にかけていた無線音が耳に届いたかと思えばすぐに聞こえる、今すぐ会いに行かないといけない彼の名前。 何をという問いは今更だろう、にやりと口元を上げるレノックスに、雪菜は目を見開いてサンドイッチを手の中に丸め込んだ。 ぐしゃりと潰れるその感覚はひどく不快だったけれども、それよりもすぐに、ザァっという無線独特の音の後に響いた彼の声に口を噤み忙しく高鳴る鼓動に唇を噛み締めた。 『……格納庫だけど、どうした?』 「ちょっと緊急で用があるんだ、来てくれないか」 『了解』 どこに、なんて告げなくても即効でレノックスをGPS探知してやってくるだろう、この建物の前に。 言わずもがな、レノックスは自分とジャズを会わそうとしてくれているのは簡単に想像がつく、それよりも。 格納庫からここにくる距離時間なんてビークルモードであろう彼ならほんの数分しかない事に雪菜は慌ててガタンと席を立った。 「ちょ!ちょっと待ってください、私まだ心の準備ができてな、」 「膳は急げってな?ほら、行った行った。この恩はでかいからな」 ニヤニヤとも、くすくすとも取れる笑みを隠すことなく顔に浮かべる彼等の姿を見つめて、サンドイッチを握り締めたまま立ち尽くす雪菜の手から女性隊員達が丁寧にソレを取り出し、雪菜の背中をぽん、と押した。 **** >>back >>next |