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I call it love -4-





いつもの光景、眼前に広がる海景色を見つめて雪菜は溜め息をついた。
手にしているのはピンクのクッション。
結局あの後立て続けに修理やら報告やらが入ったためジャズに返しそびれてしまったそれを抱きかかえながら雪菜はフェンスに手をかけた。

どうしてこんなに気落ちしてしまっているのか。
無事帰還した彼等にいつもならほっと胸を撫で下ろしているのに、今日に至っては心はざわざわと音を立てたまま。
考えなくとも分かってしまう原因に雪菜は両腕に抱きかかえたクッションへと頭を埋めた。


最初から分かっていたではないか、自分は人間で彼等は機械生命体。
どんなに人間らしい仕草をしても、どんなにコミュニケーションが取れようとも、突き詰めて行けば種族の違いにぶつかってしまう。
それは分かりきっていた筈なのにこうも胸が、心が痛いと感じてしまう自分自身に苦笑を漏らした。


「わかってたのになぁ」
『何がだ?』
「うっ、わ……!びっくりした、ちょ、ちょっと急に出てこないでよ」
『何だよ、そんな慌てて。俺は普通に来たぞ?』

突如振ってきた声に慌てて振り返ってみれば、雪菜の反応に彼もまた驚いた様に人間らしく肩を竦めてみせる。
耳をくすぐっていた荒波のせいか、ようやく届いたいつものエンジン音やらモーター音に雪菜はフェンスに背をあずけてその機械の体を見上げた。
キラリとシルバーに輝くそのボディーはつい数時間前までは煙を上げていたにも関わらず、今はその傷跡すら見分ける事ができない程まで回復している。

『何が"わかってた"んだ?』
「人の独り言を盗み聞くのは悪趣味よ、ジャズ」
『聞こえる程大きい声で言ってる雪菜が悪いだろう?』
「聴覚センサーのレベルあげてたくせに」

"ばれたか"と喉を鳴らして笑うジャズに、雪菜も緊張していた内心を隠しながら笑い返す。
リペアルームでの気まずさなんてなかった事の様に目の前に佇むジャズに、雪菜は手にしていたクッションを握り直しながらこちらを見つめるジャズの顔に向かって小首を傾げてみせた。

「どうしたの?何か急ぎの用事?」
『いや、ぼーっとしてたから、何してんのかと思って』
「ちょっと休憩よ、そろそろ戻ろうと思ってたトコロ」

"そうか"とキュルキュルと音をならしながらジャズはその姿を見下ろして、雪菜の抱えているクッションを手に取った。
その瞬間に触れる、冷たい金属感。
トクンと揺れる心が恨めしく、頬に上がる熱に泣きそうになる。
アーシー達があんな事を言ったせいだ、と雪菜は心の中で悪態をつきながらもそれを誤摩化す様にジャズの手にクッションを押し付けた。

『ちゃんと車内装備しといてやるよ、おまえの為にな?』
「……ありがとう」
『何だ、ヤケに素直じゃねぇか、どうした?悪いもんでも食ったか?』
「失礼ね、私だってお礼ぐらいちゃんと言えるんだから」

あはは、と笑いながら自分の頬をつつくジャズの姿はまるでからかっているだけ。
少し拗ねた仕草を見せると更に面白可笑しく笑い始めたジャズに、雪菜はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまえば、今度は"悪かった"なんて声が聞こえてくる。
――完全に遊ばれてるじゃないかと腹立たしくもあるが、同時にいつものやりとりに雪菜は安堵のに胸を撫で下ろした。

『元気そうでよかった』
「元気そうって……え?」
『アーシー達が何か心配してたぞ、元気がないから様子みてきてくれって』
「アーシーが?」

問われてきょとんと雪菜は目を丸くしてジャズを見上げた。
彼女達に心配されるような事は覚えている限りでは何一つないけれども、と考えてから雪菜ははたと目を瞬かせた。
――大方、自分とジャズをくっつけようとしての行動にでもたのだろうか。
自分とジャズはそういうのじゃないとあの場で告げた言葉は残念ながら届いていない彼女達に、小首を傾げて様子を伺うジャズに苦笑を何とか浮かべながら雪菜は首を振ってみせた。

「あぁ、多分それは、」
『それは?』
「……誤解よ、ただ単に、アーシー達が私達をくっつけようとしてて」

できるだけ平然を装って告げたつもりだが、その言葉にジャズからすぐにキュルキュルと音が聞こえてくる。
大方自分の言葉に彼もまた驚いているのだろう、もしかしたら"お前と?ありえねぇな"なんて苦笑混じりの声が振ってくるかもしれないと予想をして頭を上げてみれば、雪菜の視界に入った金属パーツでできた顔はこちらを見下ろしたままで、自分の予想に反して微動だにしない。

「ジャズ?」
『あ、あぁ、何だ?』
「聞いてた?」
『え、あ、いや、何だって?悪ぃ、ちょっとぼーっとしてた』

慌てた彼の声に傾げていた小首に加えて眉間に皺を寄せてみれば、"悪ぃ"と手を合わせて謝ってくるジャズはガシャガシャと忙しなく金属パーツを動かしてみせる。
もしかして先ほどの修理じゃ全て見きれなかったのか、と足下へ寄り添い幾つかのパーツに目を凝らしてみるが、目に入るパーツはどれも正常稼動している様に見受けられる。
仮にも機械である彼等に"ぼーっとする"なんて事があるのだろうか、という疑問をあえて問う事はせずに雪菜は息をついて肩を落としてみせた。

「だから、アーシー達がね。私たちをくっつけようとしてるの。仲が良いだけだよって言ったのに。私より何百歳も年上なのに子供っぽいったらありゃしないわ」
『……子供っぽい?』
「だってそうでしょ?ジャズは機械生命体で、私は人間で。そもそも……その、恋人とかになる間柄じゃないでしょう?」

自分で言いながらもくすぐったいような、チクリと痛いような感覚に見舞われてしまうのはどうしたものか。
彼が今、自分の心音や体温をスキャンしない事を祈りながら何とか雪菜が告げた言葉に、ジャズは何も言わずにゆっくりと数歩後ろへと下がる。
その反応に虚をつかれたように"どうしたの"と問いかけてみれば、ジャズはポリポリと金属の指で頬をかく仕草をしながらバシュンと排気を一つ漏らした。

『無理だと思うか?』
「何が?」
『人間と機械生命体が恋に落ちる、なんて』



瞬時に、理解してしまった。

目の前の機械生命体の言葉の意味を。

出来るならば、聞きたくなかった。

出来るならば、言って欲しくなかった。

――言われてしまったが最後、認めざるを得なくなってしまうのに。



「……無理、でしょう?」
『……だよな』

ぽつりと返されたジャズの言葉と共に、サァ、と海風が一筋二人の間を流れた。
目の前で海原を見つめ始めたジャズの顔を見つめているその表情ははっきりとは視界には届かない。
確かな言葉は一言も紡ぎ合っていない、それでもこれじゃあまるで―−。

『俺は――、』
「ジャズ?」
『俺は機械生命体で、雪菜は人間なんだよ、な』

ぽつりぽつりと紡がれる言葉はまるで自分自身に言い聞かせる風で、ジャズの声だけが波音に混じって響き渡る。

痛い、と雪菜は思った。
じわじわと傷口から血が溢れているみたいに、心が悲鳴をあげている。
無理だと口にすればする程に、心が痛むなんて、茶番も良い所じゃないか。
あれ程までに、誰よりも自分がソレを否定していたっていうのに。

『あぁ、悪い。なんでもない。ただ、たまに忘れちまうんだ、お前といると、自分が機械生命体だって事』
「……インターネットで遊びすぎてるせいじゃないの?」
『はは、そうかもな」

出来るだけ早くこの話題から逃げたくて、いつもの調子で軽口を叩いてみれば、ジャズもまた息を吐いてからいつもの笑い声を返してきた。
ほんの少しだけ憂いを帯びた声に聞こえるのはきっと気のせいに違いない、そう思わないと今この場で会話を続けられる自信は消え去ってしまう、と雪菜は気付けば強く握りしめ居ていた自身の拳に視線を落とした。



きっとアーシー達に変に茶化されたせいだ、だからこんなに、こんなに意識してしまう、そう、きっとそれだけだ。
機械生命体と恋愛なんて、自分に出来る分けない。ジャズだってきっと何かの映画に影響されてるだけに違いない。



このままジャズが何も言わずに居てくれれば、全て気付かないままで過ごす事が出来る。



『そろそろ戻るか?風も出てきたし』
「うん、そうね。乗っけてってくれる?」
『お易い御用だ』

ぽん、と頭に落とされた手がみるみるうちに機械音に飲み込まれて目の前に現れたのはシルバーボディーのソルスティス。
あっという間に変わったその姿に、雪菜は心のあげる泣き声に一瞬だけ瞳を閉じた。――あぁ、ほら、だから彼は人間じゃないんだから。

「アーシー達に余計なお世話、って言っておいてね。じゃないとまた変な噂流されちゃう」
『はは、リョーカイ』

動き出した車内に身を任せて、雪菜は車の中の定位置にあるクッションへと手を伸ばした。
自分を怖がらせない様に、痛くない様にと彼が用意してくれたクッション。
アイアンハイドや他の掌にも乗る事は多々ある分、もうジャズがここまで気を使って持ち歩いてくれる必要はないのにと何度か伝えてみたが"これはお前専用だから"なんて独特の金属音をかき鳴らしながら告げてくれる彼。
それほどまでに優しい彼がもしも、人間だったのなら……。

「もったいないなぁ」
『ん?』
「何でもない」
『なんだよ、最近独り言増えたんじゃねぇか?』
「またそんな事言って……あ、やだ、レノックス少佐が来てるじゃない。また始末書かなぁ」

窓から見える、格納庫中に見えるレノックスの姿を見つけて雪菜が頬をひくつかせた。
そういえば今回のオートボット達の負傷具合を考えれば"ちょっと"どころの始末書じゃないのだろうと思うと漏れ出る溜息は限界を知らない。
それでも、これも彼等のサポート役の仕事か、と、ゆっくりと止まった車に雪菜は抱えていたクッションを助手席へと置いてから、シートベルトへと嫌々に手をかけた。

『なぁ、雪菜」
「……ん?どうしたの?」
『それでも俺が、お前を好きだって言ったらどうする?』
「え?」

突然スピーカーから出た音にシートベルトにかけていた手がぴくりと強ばり、同時に思考回路が一瞬停止してしまう。
今、何て言った?と聞き返したい所だけれども、彼の言葉はしっかりと雪菜の脳に届いていて、だから尚更に聞き返す事もできない。
やがてコンコン、と中々出てこない雪菜に痺れを切らしたのか、はたまた逃げるとでも思っているのかレノックスが片眉をあげながら窓をノックしてきたのに気付いて、雪菜は慌てて車から逃げる様に降りた。



ドクンドクンと耳に集中する自分の脈拍を感じながらゆっくりとドアを閉めて、目の前のシルバーのボディを見つめて。
口にしないといけない言葉を紡ごうとすれば、喉に何か詰まるものを感じる。

嫌だと心が悲鳴を上げているのがわかる、だけど、だけど、無理なのだ、だって――



「ジャズ……貴方は機械生命体で、私は人間なの、よ?」

車のドアに手をかけたまま告げてみたが、スピーカーからの返事はない。
何か言葉を待とうと躊躇していれば、やがてすぐ後ろに立っていたレノックスが雪菜の肩に手をかけた事に振り返った。
やはり先ほどの出動で被った損害についての話しを始めたレノックスに、雪菜はすぐ後ろに停車していたソルスティスが動き出したのを視線の端で捉える事しかできなかった。





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