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I call it love -3-





「今まで、どうやってみんなの修理してたんですか」

大きなベッドに横になる黄緑色の機械生命体相手に、マスクをつけながら雪菜が声をかけると、ブルーのカメラアイを雪菜に向けてカシャンと音が響いた。
戦地から戻ってきた彼等は案の定全身ぼろぼろで、バンブルビーなんてカマロの形さえ出来なくなってるほどだ。
とりあえず雪菜一人では全員を見れるわけもないので、まずは軍医であるラチェットから修理を始めたのは良いが。

『応急処置でケーブルだけ繋いで、後で時間をかけて自分で直していた』
「だからところどころケールの繋ぎが変なところで捩れてるんですね。もう、これじゃあ先生の方が先にスクラップになっちゃいますよ」

小言を漏らしながらもてきぱきと回線を繋いだり火花を散らしたり。
時折ラチェットの指示を仰ぎながら直していくその手は迷うことなく進んでいく。
当初彼女がジャズの指を修理してもいいかと尋ねたときには面白半分もあったのだが、自分をきちんと修理していく彼女の腕は確かなもの。
そういえば機械工学出身だといっていたか、とラチェットはカメラアイを数回瞬かせながら口を開いた。

『しかし私には良い腕の助手ができた』
「私一人じゃ結局全部の修復は不可能ですけどね、先生。はい、とりあえずこれでどうですか」
『あぁ、助かった。なかなか良い接続だな、ここはこっちに繋ぐべきだな。……近々、ジョルトを呼ぶか』
「ジョルト?」

ガシャンと音を立てながらリペア台から身を起こしたラチェットは自身にスキャンでもかけているのだろう、独特の音を鳴らし。
しばらくして、まぁまぁだ、と腕の回線を片手で入れ替えながら首を回した。

『軍医見習いといったところだ。性格に少々難があるんだがな』
「へぇ……見習いがいるってことは、やっぱり先生は凄いんですね。私も早く力になれればいいんですけど」

付け替えている回線に目をやりながら忙しなくそれをメモに書き写す彼女の頭をラチェットがぽんと撫でる。
この小さな人間とやらの学習スピードは機械生命体の自分達にすれば遅いけれども、それでも普通の人間に比べるとなかなかの逸材。
実際、彼女が自分のリペアの手助けをしてくれるようになってからは、いつもは嫌がる他の仲間達も心なしか協力的になってきた様に……見える気がする。

『焦らず、着実に、だ。さて、スクラップ間近のあいつらに手をつけるかね』
「はい。今回は誰からにしますか?」
『どれも同じ程度のダメージなんだが……ジャズとバンブルビーだな。ジャズは腕の損傷だけだが、任せても大丈夫かい?』
「自信はないですけど……やってみます」

言うや否や、通信をいれているのだろう少しの間をおいたラチェットに、雪菜はスパナを握り締める手を強めた。
先ほどちらりと見た彼の体はやはりラチェット同様に肩口から煙が拭いていて、キャノン砲の酷使を物語る片腕に雪菜が顔を歪めたのは言うまでもない。
程なくして現れたジャズは雪菜がリペアをすることに余程安心したのか、ピュゥ、と機械音を鳴らしてリペアルームに入ってきた。
――後ろで逃げようとしていた半壊のカマロが、黄緑色の腕に捕まえられているのはあえて見ないフリをしておいて。

「今回も派手に壊してきて……まったく」
『悪ぃ悪ぃ。でも、直してくれんだろ?雪菜見習い?』
「……”勝手に切ってる”痛覚センサー繋げて修理しよっか」
『ごめんなさい、もう無理はしません』
「痛覚はそりゃ邪魔かもしれないけれど、危険察知するものだから切るなってアレほど言ってるのに」

冗談を紡げるならそこまでひどくはないのだろうが、威嚇目的で掲げたスパナに慌てて謝るジャズに溜息を漏らしてマスクを顔につけた。
目の前に伸びる腕のいたるところからはみ出ているコード、一部は断線すらしている。
こんな状態、人間で言うならば激痛で動く事も出来ない筈だが、それでもピンピンとしている彼等はさすがというべきか。

「つくづく……便利な体してるよね」

マスクをつけて呟きを漏らせば、ジャズは珍しくバイザーを外して雪菜にカメラアイを向けた。
火花が自分の腕から飛んでいるのに”何て意味だ”と言葉を紡ぐ彼はやはり――人ではないのだと痛感してしまう。
こうして腕の回路を繋げて、最後の動力源でもあるスパークと繋げると後は自然治癒なる力が発動するわけなのだが。

「違うんだなぁ、って」
『雪菜?』

緑のケーブルと青いケーブルに電機を与えて表面を溶かしながら、彼の”血管”になるだろうそのコードを見つめて苦笑めいた笑みを浮かべた。
あっけらかんとしながら戻ってきた彼等だけれども、今回もやはり帰らぬ人となってしまった隊員は少なからず存在する。
あのレノックスですら、仲間を労う声に隠れる辛い表情には、さすがに雪菜も迂闊に声をかけることはできない。

これが、軍というものなんだと。
これが、彼らの”日常”であるのだと。

「死なないんだよね、スパークを壊さない限り」
『まぁ、そうだな』

トン、とむき出しのそれに雪菜細いケーブルを当てると、トクンと人間らしく跳ねるそれにジャズの神経がぶるりと震えた。
回路を繋いでいる時のこの感覚はどうも気持ちが悪く、ラチェット相手なら必死の抵抗をしているけれども。
さすがにこの台の上で暴れてしまえば胸元に足を置きながら作業を続ける彼女を振り落としてしまいかねないので今は耐えるしかない。
それよりも、ブレインサーキットに響く彼女の声色の微妙な変化に、ジャズは動く片手で様子をみる様に彼女の頭にそっと手を添えた。

『どうした?』

突然髪にかかった自分を気遣うその腕に、雪菜はマスク越しに目を細めて軽く首を振り。
ジャズの手を軽く押し返して手にしていたケーブルのうちの1本をスパークへと接合した。
途端に、血液が通ったかのようにびくんとケーブルが跳ねると、それに連動して指の1本を繋ぐモーターが音を立て始める。
無事に1つ目の接続が終わったのだ、と安堵を漏らしながらその動作を確認する様に機械の指を数回両手で折り曲げた。

「ジャズ達は……こうして直したらまた元に戻るよね」
『ん?』
「だけど、人間はそうはいかない」
『……そうだな』

別のケーブルに手をつけ始めながら、心無しか落ちたジャズの声色に雪菜は片手で彼の腰を撫でた。
冷たい彼の体は細かい傷が幾つもついており、中には銃弾が表面にめり込んでいるものすらある。
大方、味方からの援護射撃を何発か受けたのだろう、彼らにしてみればそんなものかすり傷にすらならないその傷跡から指で銃弾を取り出した。
人一人の命を簡単に奪ってしまう銃弾を苦ともしない彼等。

「やっぱり、どれだけ人間臭くても、私達とは違うのよね」
『……あぁ』

静かに発せられたジャズの言葉に、雪菜も静かに返事を返してコードへと手を伸ばした。
彼は機械生命体、自分は人間。
あれ程口に出していたくせに、いざ本人を前にすれば意気消沈してしまう自分に自嘲めいた笑いが込み上げてしまう。
これじゃあまるで、アーシー達の言っていた事を認めてるようなものではないかとツキリと痛む胸に手にしていたコードを握り締めた。

「私がシワシワのおばーちゃんになっても、ジャズ達はきっと今と何もかわらないんだろうね」
『その時は介護車でもスキャンしといてやるよ』

失礼ね、と静かに込み上げる笑いにちらりとジャズの視線をマスク越しにみて見れば、いつの間にかバイザーが閉じられていて。
確信めいた言葉を交わしている訳でもないのに、妙に気まずい空気に雪菜もバイザーへと目を逸らしてケーブルへと視線を落とした。
これを繋ぐと、彼の手は生き返る。何事もなかった様に動き始めると思うと安堵を漏らすよりもざわざわと心が音を立て始めてしまう。
辛い、だなんて芽生えた感情に首を振って、手にしてたペンチを床へと置いてケーブル手に取り胸元に足をかけた。

『……そうだよな、雪菜は人間だもんな』

最後1本を繋ぐ前に確認する様に呟いたジャズの言葉に答える様に雪菜は両手で抱えたケーブルをスパークへと繋いだ。





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