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I call it love -2-





さすが軍という場所だけあって、ここには男性が溢れかえっている。
機械工学専門にしていたこともあって、それには特に問題はなかったのだけれども、今の状態にどうしたものかと雪菜は居心地悪そうに紅茶に手を伸ばした。

『で、どうなの?』
「どうって……何がですか?」
「例のソルスティスの彼とよ」

キュルキュルと耳に届くエンジン音は、人間でいう喜色めいた音に近いものだろうか。
目の前で楽しそうに声を弾ませる機械生命体、アーシーと同じく両左右で雪菜と同じように紅茶のカップに手をつけていた女子隊員、ジュリとロセラもまたニンマリと笑みを浮かべている。
ほんの少し前に3時の休憩だと紅茶やお菓子を片手に現れた2人は雪菜とアーシーに声をかけて今に至るわけなのだが。
それ自体は問題はなくても、3人に囲まれる様に”尋問”を受けている状態は非常に心地よくは無い。

「どうって……別に何もないですけど」
「またまたぁ、お姉さんたちに白状しなさい。知ってるのよ、いつもジャズとお昼食べてること」
『私達も、ちゃーんとお見通しなんだからね?』

ふふ、と笑いながらクッキーを頬張るジュリに、雪菜は頬がひくつくのと同時に僅かな熱が刺すのを感じ。
目の前に陣取っていたアーシーが面白そうにカシャカシャとカメラアイを鳴らしているそれに思わず視線を逸らしてしまった。
間違いなく、表面温度がどうとかスキャンしているに違いない。
更に言うなれば三つ子のほかの二人にもデータを送っているに違いないと思うと今すぐ理由をつけてこの場を離れてしまいたくもなるが。
仮にも”先輩”にあたる3人を前にしてみれな、それが許される筈もない。

「ジャズったら、いつももベーグルを届けてくれるからお礼も兼ねて一緒に食事しないかって誘ってるのに」
「いーっつも、雪菜のところいくからって言って断られてばかりなのよね」
『私だって、ランチ中は邪魔するなと言わんばかりに無線きられてるんだから』

ギュンと今度は不満そうなエンジンをかき鳴らしたアーシーに思わず咳き込みそうになるのを堪えて、雪菜はワザとらしく息をついた。
彼等が言葉を発して通信する以外に、通信回路を共有しているのは知ってはいるが。
まさかそんな事をしていたなんて初耳であって、意図していなくても頬が赤らんでしまう自分が情けない。
これじゃあまるで自分がジャズに――恋をしているみたいじゃないか。

「私いつもランチの時間遅いですし……」
「それを待ってるジャズも素敵なのよね〜」
「そうそう、お気に入りの音楽鳴らしながら待ってる姿の可愛いことっていったら」

「無線はきっと……休みぐらいゆっくりさせてくれって……」
『でもオプティマスの回線は残してるのよ?絶対に雪菜との時間を邪魔されたくないんだわ』

「「『で、どう思ってるの?』」」

確信めいた笑みをうかべて次々と言葉を口にする目の前の女性には、さすがに自分一人では分が悪い。
この3人はどうも自分とジャズの恋路を気にしているのは重々に理解はできたけれども……そもそも、自分とジャズでは根本的な壁がある。

「……機械生命体ですよ、相手は」
『あら、機械生命体だって恋はするわ?』
「あぁ、ごめんね、アーシー。そういうつもりじゃなくて……いや、そうなんだけど。それに、ジャズを含めてアーシー達といるのが私の仕事でもあるし」
『仕事じゃなかったらジャズとはランチを取らないの?』

そういう意味では、と言葉を濁して雪菜はアーシーの前においてある空のティーカップに目をやった。
中身が入っていないのは決して彼女が飲み終わったわけでなく、形だけでもという女性隊員ならではの気遣いだ。

「でも、そんな、ジャズだってきっと私の事、ただの人間としか見てな、」
『そんな事はないと思うけれど?あぁもう、あなたに聞かせたいぐらい。いつもどれだけジャズが貴方の話をしているのか』
「それはだから、たまたま一緒に居る時間が多いだけで……ほら、先週はジャズのメンテの週だったし」

あぁもう簡便して欲しい。何が楽しくて機械生命体との恋路を噂されないといけないのか。
確かにジャズとは気も合うし、一緒にランチをとっていて楽しいと思う。
それは自分がNESTに属して、彼らの世話係を任命されたが故でもあるし、それ以上でもそれ以下ではない――と思う、否、思いたい。

「別に私達に偏見はないから安心して?ほら、素直になったほうが良いわよ?」
『そうよ、むしろ応援するわ!』
「ジャズは……私の事、命を救ってくれた恩人だって日頃言いふらしてますし、多分恩めいたものを感じてるんですよ、きっと」

言葉を切って口を閉ざしてみれば、目の前の3人はそれはそれは”人間らしい”様子で首を振ったり、アーシーにおいては溜息なんて漏らす仕草をしていて。
何なんだ一体とでも言わんばかりの光景に、雪菜はクッキーを口に放り込んだ。
何を返しても彼女達に敵う気は到底しないうえに、これではまるで自分がしどろもどろ逃げてる様にさえ感じてしまう。

「何でそこまで否定するの?いいじゃない、ジャズは素敵だと思うわよ?」
「否定も何も、そもそもジャズは機械生命体で――」

口を開いて再度否定を漏らそうとすれば、今の今まで楽しそうに腕をついていたアーシーが片手でそれを制した。
口には出さないが、忙しなくモーター音が加速する音にジュリとロセラも何事かと顔を覗き込めば。
ひどく女性らしい柔和な機械のパーツを、困った風に歪めてからアーシーは席を立ち上がった。

『オプティマスから出動要請だわ。ディセプティコンが出たみたい』
「え、今から?」
『えぇ、ごめんなさい、せっかくのお茶会が』
「ううん、いいから。気をつけてね。帰って貴方の修理はしたくないわ」
『ふふ、ありがとう』

立ち上がりながらキュルキュルと通信を交わす音を聞きながら、女性隊員達もさすが軍に属すだけはあるというか、先ほどまでの表情を引っ込めて頬を引き締めている。
ばたばたと無線で連絡をとりながらその場を後にし始めたアーシーや、隊員を見送りながら雪菜もまた格納庫入り口への階段を降りていけば、既にそこにはレノックスや、同時に出動するであろう隊員達が車に乗り込んでいる。
大きなトレーラートラックが格納されていく姿に、もう全員出揃ったかと格納庫内部を振り返ったその時。

『雪菜っ!』
「……ジャズ」

階段の踊り場から見下ろしていたせいで、目の前に不意に現れたジャズとは苦もなく視線があう。
先ほどの隊員達との会話を思い出してヤケにとくとくと早まる鼓動は気のせいだろうか、きっとそうに違いない。
わざとらしくクラクションを鳴らしてジャズの足元を通り過ぎていくのは3体のバイクにラシくもなく声をあげたくなるのをぐっと堪え。
何だ?なんて声をあげるジャズに何でもない、とぎこちなく笑って返してみれば、普段なら追及してくる彼も出動要請間際の今ではそうもいかないのだろう。

『ほい。行って来る』
「いってらっしゃい、気をつけてね」

ぽんと手渡されたのはピンク色のクッション。
いつもは彼の体の中に――一体どこに収納されているのかほとほと疑問ではあるが――あるそれを雪菜に手渡すのは出動前のお決まり行事。
出動中にぼろぼろになると困るからと言いながら渡されたそれを両手に抱え、慌しくビークルモードに姿を変えて格納庫を後にしたジャズ達の一行の後姿を見つめた。
出動要請が入ってからほんの30分もたっていないのに、人と機械生命体で溢れかえっていた格納庫は急にがらんとして”生体反応”がなくなっている。


手にしたクッションをぎゅっと握り返せば、鼻につくのはいわゆる車内の香り、つまりはジャズの香り。


とくん、と高鳴ってしまった鼓動に気付かない訳がないけれど。



だって、相手は機械生命体。

人間ではない。



うるさい鼓動に否定の言葉を浴びせながら、帰ってきた彼等のリペアの準備をするべく雪菜は格納庫を後にした。





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