(4)四人目 以蔵


いろいろな出来事があったのだと聞いた。
藤丸立香の旅路を知った。

わからなかった。
命を救うことは、死をなくすのとどう違うのか。魔術王とやらが語る理想も、それを否定する古今東西の英傑共も、ずっと遠い場所に立っていた。
わからなかった。
以蔵は駆けつけなかった。カルデアに手を貸すほどの縁も与えられなかった。それが良かったのか悪かったのかなど判断はできない。

そして世界は救われた。
以蔵がいなくても、世界まわる。
そんなこと、ずっと前から知っていた。





「――切って!」
「行くぜよ!」

 それからたった半年が過ぎた。いくつかの特異点を旅した。数えるほどの、けれど大切な時間だった。藤丸のために何がしてやれるか、答えは出なかった。かつての旅路を知って、余計にわからなくなってしまった。一番助けて欲しかっただろう時に、何もしなかった人斬りなんぞに何ができるというのか。

 己の最期を思い出す。嫌な記憶だ。助けてほしいときに、誰にも助けてもらえなかった惨めな終わり。そんな絶望的な状況で、藤丸はケイカに手を引かれ、ジキルと寄り添い、居合わせただけだと言い張る赤目の男の手を借り、マシュの嬢ちゃんとカルデアの多くのスタッフと共に、輝かしい未来を取り戻した。藤丸が一生に一度の決意を表明した場所に自分はいなかったのだ。以蔵は、かつて以蔵を助けなかった人間と同じだった。

 十二月。最後の特異点を修復し終わり、あとはカルデアに帰還するだけとなった。
 もう、終わりだ。結局自分はマスターの特別にはなれなかった。目的を果たせなかったはずなのに、気持ちは凪のように落ち着いていて、晴れやかだった。
「マスター、ありがとう」
「アサシンってば。それはこっちのセリフで……」
「人斬りのわしを、上手に使うてくれて。きっとおまんは正しかった」
 ぴたりと、藤丸は動きと止めた。じっと黙り、言葉の続きを待っている。
「わしは人斬りじゃ。どこまでいっても切る以外に能はなか。すまんの、こんなことしかできんで」
 惨めさなど無い、穏やかな別れ。この世にはこんな終わりもあるのだと、また一つ与えられてしまった。
「……オレさ、わからないよ。アサシンの言ってること、全然わからない」
藤丸立香は恵まれてた男だと思っていた。事実、恵まれていた。恵まれていなければ今頃燃え尽きて死んでいるだけの普通の子供だった。
そんな普通の子供が、普通に恵まれてのうのうと生きていられる世を作ったのが多くの志士の祈りだった。最期まで以蔵が抱けなかった理想の上に藤丸立香は生きている。
「なあ、マスター。気に食わんやつがいたら言え。あとちょっとじゃけんど、すぐに切っちゃる。おまんはきっと正しい。わしにはそのくらいしかできん」
尽くしたかった。惨めな終わりにこんな穏やかな余談を与えてくれた彼に、何かをしてやりたいと思った。自分は所詮人斬り、それ以外のやり方など選べない。選べるのならあんな終わりにはならなかった。だから――
「ずるい」
「……」
「違うって言わせてくれよ。なんでそんな事言うの」
「……おまんが、こんな人斬りの為にそう言ってくれるからぜよ。マスター」

 岡田以蔵は藤丸立香が好きだった。生前(いつか)のように、だめになってしまうかもしれない感情だとしても、今この瞬間そのために生きられるのなら幸せだった。





最後の特異点が崩壊してから一週間が経っていた。十二月三十一日には全てのサーヴァントが撤退しなければならない。学者たちは何やら作業をしているようだが、以蔵は残された余暇を持て余していた。
「改めて、お疲れ様」
「マスター」
 サーヴァント達に最後の挨拶をしに回っているらしいマスターの手には、様々な別れの土産が抱えられていた。自分もなにか用意しておけばよかったと悔いたが、後の祭りだ。
「以蔵さんからは、何にもないの? 楽しみにしてたのに」
「気に食わんやつがいたら切っちょると約束したじゃろうが。何も頼まんおまんが悪い」
「……頼まないよ。もう、レイシフトもできないしさ。戦うこともなくなるんだ」
「そりゃあ一本取られたの! あっはっはっ」
 マスターは以蔵のすぐ隣に腰を下ろした。
「半年の間だったけど、たくさん助けてもらっちゃったね」
「おうおう、面倒な仕事じゃった。報酬ははずんでもらうき」
「仕事だけじゃなかった。オレ、以蔵さんが好きだよ」
「……!? ふとももか!? 大胆な露出にときめきよったが!?」
やっぱり風呂の時間をずらすべきだったかと嘆く以蔵に、マスターは必死で弁解した。確かに自分はふとももフェチだが、節操なしではないのだと。しゃがんだ状態から一気に伸びるしなりが好きなのだと。胸派の以蔵には永遠に分からないこだわりだ。そんなこと知りたくなかった。
「そいういんじゃなくって! こういう、普通の話とかできるし。それに……こんなオレを、マスターって呼んでくれたでしょ」
「それは……」
「大義とか、人類史のためとかじゃない。すでに人理修復された世界なのに、オレの甘さに付き合ってくれた。嬉しかった」
「あれだけの騒動が世界の危機じゃないちゃあ、信じられんの。おまんが救った世界じゃ」
「みんながいたから救えた世界だよ。もちろん以蔵さんも。助けてくれてありがとう」
「はっ、ワシはただの人斬りじゃ。そういう綺麗なものじゃなか」
「何が違うのさ」
残酷な問いだった。その言葉が一番欲しかったときには何も与えなかった世界は、百年後の未来にこんな呑気なマスターを産み落とした。憎いとか、そんな感情はもうどうでもよかった。世の中というのは、そんなものなのだと今なら理解できる。
「だからさ、いろいろ考えたんだ。オレなんかにでもできること」

ニヤリと、平凡な子供がつくる精一杯の悪い笑顔。
「これは報酬!」
文字通り言葉を失った。

人斬りは仕事だと語ったのはかつて以蔵だった。
報酬は弾んでもらうぞと、口癖のように求めていた。酒も博打も女も大好きだ。遊びは派手な方が好きだし、そのためには金が必要だった。けれど、以蔵は断じて金のためだけに人を切ったことはなかった。たとえこの世全てに断じられようと、高尚な人々に指を刺されようと、それだけは譲れない一線だった。
マスターの手元に光る金の器。その意味と価値を知らないはずがない。人を切る機会も無くなった今、人斬りにしか能がない自分にそれを与える意図を理解してしまった。人を切った対価じゃない。人を切ることしか出来なかった自分の、根っこにある想いに報いるためのもの。彼は。岡田以蔵のすべてを真摯に聞いて、応えてくれた。
マスターの真っ直ぐな目が何よりも好きだった。
「だから以蔵さん、最後までよろしくね」

泣いた。

 

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