(3)三人目? ハイド


(ケイカは、おらんがか。ザルのわりにゃあなかなか会わんもんじゃの)
ジキルの他に聖杯をもらったサーヴァントはいないかとカルデアをうろついていたが、これが中々見つからない。習慣で足を運んだ食堂にもそれらしい人物はいなかった。
代わりにその日の飲み会には知らない顔がいた。下品な笑い声を上げている金髪の男。ジキルかと思ったが、あのお上品で賢ぶった男があんなに足を開いて酒瓶をラッパ飲みするとは思えない。けれどその後先を考えない飲みっぷりが探していた女を思い出させた。
「おまん誰じゃ」
隣に腰を下ろすと、赤い瞳と目があった。
「ハァ?」
「うおっ!?」
 さっきまで以蔵が左手をおいていた場所にはナイフが刺さっていた。どこに隠し持っていたのか。
「いきなり何をするちあ!」
「金髪赤目のカワイコちゃんにそう怒鳴るなよ、オイ」
「……おまん女なが?」
「ぶっ、ひひ、おっさん、俺様ちゃんが女に見えるワケ?! ぎゃははは」
 アストルフォというトラップに引っかかったことのある以蔵としては真面目な質問だったのだが、相手のツボに入ったらしい。笑いながら口の端から酒混じりのツバが飛んでいた。
「なんじゃ、あの緑目の兄弟か?」
「ピンポーン、大正解。俺様ちゃんの真名はレムス。ジキルの真名はロムルスだ」
「ろむ……うん? たしかランサーの……イギリスとローマは同じじゃったか?」
「全ての道はローマに通ずるからなァ!」
「??????」
 意味がわからない。柄の悪さと品の無さとは不釣り合いな教養をわざとドブに捨てているような、相容れなさを肌で感じとった。
 一方で酒の飲み方と馬鹿騒ぎの方向性は驚くほどに噛み合った。賭博場で意気投合した初対面の男と飲み明かしそのまま遊郭にまで足を伸ばしたかつての日のようだ。
 カルデアに居座る英雄のくせに、以蔵の嫌いなあの目をしていない。
 違和感と居心地の良さの正体はそれだった。
 とはいえ以蔵すら時々ぎょっとするような倫理観のない発言と、それを実行するであろう軽率さは出会い頭のナイフが証明していた。あの甘っちょろい藤丸がこれの手綱を締めれているとは思えない。
「おまんのような奴がカルデアにいちゅうとは思わんかった。藤丸は苦労しとるじゃろ」
「まあ、あいつは俺様ちゃんに聖杯を綺麗にラッピングしてプレゼントしちゃうようなバカだからなぁ」
「聖はっ……おまんに!?」
 酒が器官に入り咳き込んだ。例えばジキルやケイカならば捧げられても一応納得できる。しかし目の前の男は到底尊敬に値するような才能も頭もあるようには思えなかった。
「ヒャハハ、バカヅラしてんぞおっさん」
 しかしキラキラと漏れて光る魔力は、間違いなく聖杯の輝きだ。信じられなかった。それとも以蔵には分からないだけで、突出した技能や人望があるのだろうか。
(こいつなら、もしかしたら)
 かつて、カルデアが世界を救った日。藤丸立香が人を殺したという眉唾話の真相を、教えてくれるかもしれない。
 藤丸本人に尋ねる勇気のなかった以蔵には幸運な出会いだった。
「おまんに聞きたいことがある。マスターが人を殺しよったがは本当か?」
「人に尋ねる時はちゃんと名前を呼ぶのがマナーだって、尊敬する先生には習わなかったんですかねえ。あーあー、見捨てられたんだったか?」
叩き切った。


他人に触れられたくない部分に土足で踏み入り、簡単に腕をはねられ、ぎゃんぎゃん泣きわめいている男の腕はナイチンゲールの迅速な治療により問題なくくっついた。あまりにも簡単に治ってしまうので夢かと思ったが、肉と骨を絶った感触はしっかりと手に残っていた。よくわからないが、最新の技術というのはすごい。
「ワシの前で二度と先生の話はしな」
「だからって切りますかねェ!? ぶっ殺すぞテメェ!」
「青白い肌をしちゅうくせに、ちゃんと血は赤いにゃあ」
「おいおい、それが英雄様の発言ですかァ?!」
「ほたえなや、ワシは人斬りぜよ」
カルデアは規格外の強さを持つ英雄だらけだが、この男には負ける気がしなかった。殺すのは得意でも戦うのは苦手な、剣の才能も無く格下殺しだけが得意な男。以蔵の時代にもいた、珍しくもないチンピラだ。刀に手をかけて鍔を鳴らせば、ビクリと怯えて、しかしすぐに沸々と憎悪を滾らせ反抗的な目を返す。技量はないが気骨は十分、まあ興ざめしない程度の戦いにはなるかと値踏みした。
 出会い頭のナイフの破壊力はまともではなかった。人間の限界値を更に聖杯で底上げしている性能だ。ただ、操縦者の技量があまりにも拙い。あれでは以蔵には当たらない。
 レムス――だったかは卑屈に笑い、地のそこから這うような目で以蔵を見上げた。以蔵の嫌いな目ではなかったが、別の意味で好きにはなれない形をしていた。
「なんじゃあ、やるか」
「……殺す、ぶっ殺す、死ね、死ねやァ!」
 レムスはナイフを振りかぶり、大きく息を吸った。そこから魔力の伴う方向が飛び出そうとした瞬間――
「殺菌!!!!」
「なんじゃああああああああああ!?!?」
「消毒!!!!」
 レムスと以蔵はぶっ飛んだ。目に飛び込む赤。まず特大級の乳袋におやっと気を引かれ、目があって下心は消え失せた。
「ええ、ええ、分かっています。私は何度でもあなた方を健全な状態へ治療し、病院から送り出します。完治していない患者の病状を悪化させるあらゆる要因は排除しなければなりません」
 龍馬の姉ちゃんがいる、と思った。龍馬の姉ちゃんではなかったが、同じくらい怖かった。知り合いへの情が無いぶん、もっと怖かったかもしれない。
「貴方もです、ミスターハイド。貴方自身が貴方の完治を阻む行動を取るのなら、それ相応の処置を。ええ、分かっています」
 何が分かっているのか、以蔵には分からなかった。無意識のうちにとっていた両手を上げる仕草をホールドアップと呼ぶのだと、あとから教わった。
 嵐のような看護師が去るまでじっと耐え、静けさが戻ったあと、最初の殺気などとっくに消え失せていた。
「……飲むかァ」
「そうじゃの」
「あーあーあのクソ看護師のせいでやる気失せたっつの」
「まけるなや」
「負けてねえよ」
「……そういう意味じゃなか」
とくとくと注がれる酒を眺めながら、方言までは通訳してくれないシステムに面倒臭さを感じていた。
「なあオッサン、オレから秘密を聞きたいか」
「……ジキルは教えてくれんかったしの」
「そりゃあいい! じゃあ俺様ちゃんは教えちゃうもんねー、ばーかばーか」
 ジキルのいやらしい賢さと用意周到さを思い出すに、この流れまで予定通りだったら嫌だなと思ったが、やっぱり教えないと拗ねられても困るので黙ることにした。
「マスターちゃんの記念すべき人殺しの話だ。令呪でオレのナイフを止めてまで自分の手でとどめを刺した殺意を教えてやるよ」
 藤丸立香の人殺し。その相手は、人王ゲーティアという――

 

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