幕間(FGO) | ナノ
2:美術館 (SIDE:「藤丸立香」)

「ゲーティア! ごめん、待たせた」
「約束の時間までまだ五分ある。問題はない」
あれから最初の日曜日。譲って貰ったペアチケットを握りしめて、オレ達は古代エルサレム展に向かっていた。
「うう……ごめん。迷っちゃって。ICカードで区間乗り越しできないとか聞いてないよ」
「現地集合ではなく送り迎えをしたほうが良かったかな」
「ううん、いいよ。線が違うんだから、定期圏外になっちゃうでしょ。でも帰り道は頼るかも」
 オレはいわゆる都会っ子だ。なのに上京したての若者のようにあたりを見回していた。地元を離れるなんて経験は、小学校の修学旅行と、数年前に家族で行ったスキー旅行以来なのだ。知らない場所というのは新鮮だった。
 ゲーティアは迷うこと無く美術館に向かっていく。やっぱりすごいなあ。頼りになるなあ。自分よりも大きな背を追いかけた。





エルサレムは、三つの宗教の聖地として栄えた土地だった。宗教は文化と密接につながっている。この展示会は、この土地をテーマに集められた遺品を主に展示し、歴史的解説を添えたものだった。目玉はイスラエル博物館からの貸し出し品。けれど一番オレの興味をひいたのはたくさんの種類がある聖書だった。
「聖書なのに、たくさんあるんだ」
「時代により言葉が変われば、求められる聖書も変わる。そもそも原典が複数ある場合もある」
「そりゃあ言われれば当然だけどさ。こうしてみるまで全然実感なかったや。読めないから内容の違いなんて分からないんだけどさ」
 新訳とか旧約とか。同じタイトルでも沢山の種類がある。何が何だか分からない。展示品には注釈がついていたが、注釈に使われている用語を知らないのだからお手上げだ。
 だから、オレに伝わったのは展示品の存在感だけだった。
 誰かがかつて書き残した、作り上げた、その痕跡。言葉など無くても伝わる。これは人の手によって作られたものだ。
 気がつけばオレは夢中になっていた。人の生活の体温が感じられる品を見るのは楽しかった。
「……へっ? あれっ? どこいった!?」
エルサレムで発掘された皇帝ネロモチーフの硬貨――ネロの名前はつい最近習ったばかりだ――に添えられた聖地とローマとの因縁についての解説を読みふけっていた間に、ゲーティアがいなくなっていた。まずい、置いて行かれた?
突然の孤立に焦り、慌てて彼の姿を探す。長い金髪はここでも目立つ。すぐに見つかった。
「ゲーティ……」
 声をかけようとして、止めた。
「――」
ゲーティアは険しい表情で展示を見ていた。無言のまま倣って解説を読む。歴史的解説と言うよりは、エンターテイメント重視のコーナーだった。
 偉人のおもしろエピソードや女性説や別人説、聖書を元ネタにした現代のコミック作品の紹介なんてものもある。
「へー、幻の王様かあ」
 ゲーティアが見ていたのは古代エルサレムの歴史的空白期間についてのコーナーだった。名高きダビデ王には多くの子がいたが、次代を継いだのは誰なのか? 空白期後に異民族が増えているのは王不在の民主政治があったからではないか? それとも――
「判明してない事がある、っていうのも面白いなあ。教科書に載ってるのは実際の事実じゃなくて研究結果だ、っていうゲーティアの言葉の意味がようやくわかった気がする」
「……それはなによりだ」
「それで、どう思うの? 熱心に見てたけどさ。幻の王様っていたのかな」
「存在した」
 語尾が強い。言い切るような口調だった。
「あの男は、かつて確かに存在した。しかし、今や痕跡すらも……」
「そっか。思い入れがあるんだね」
「思い入れ?」
 こちらを睨んだゲーティアは、見たことのない表情をしていた。
「……その程度のものだと、思うのか?」
 こわい、と思ってしまった。手に汗が滲んだ。でも、そんなことを言うのも失礼だろう? なんとなく話をそらして、別の展示品を見に行こうと誘えばあっさりと彼は了承した。
 数十分後にはすっかりいつもの調子に戻っていた。彼も思うところがあったのだろう。悪かったと謝罪する姿はオレの知っている通りだった。お詫びだと、お昼ごはんまで奢ってもらうことになった。
 再入場券の手続きを終えた後街に出た。有名な喫茶店は混雑していたけれど、並ぶだけの価値は合った。甘い砂糖菓子の味を、今でも覚えている。





「あーもう終わりかあ。なんだかあっという間だったなあ」
 朝からたっぷり夕方まで。展示会場を二周した客などオレたちくらいなんじゃないか。一周目はゲーティアが解説してくれたけど、二週目は会場取り付けの音声解説用ヘッドフォンをレンタルしたのだ。
5時間近く立ち歩いていたことになる。すっかりクタクタだ。
「……?」
「どうしたの?」
「……いいや、なんでもない」
 ゲーティアが目線を向けていた場所は喫煙所だった。誰もいない。火を消されたタバコから、ゆらりと煙が立ち上っていくだけだった。
「今日はありがとう。こういうところにくるのはじめてだったし、正直どうなんだろうって不安だったんだけど。すごく面白かった。歴史って遠い場所の話じゃなくて、ちゃんと生きた人の話なんだなって思えたよ」
「ならば、ここに来た価値があったな。次の期末テストは期待しておこう」
「ああ、見てろよ。赤点回避してみます!」
「……そう言う時は、満点とでも見栄をはるべきだな」 
(――あ、)
笑った。
あのゲーティアが、口角を上げて、満足そうに笑っている。
「……ゲーティアは、楽しかった?」
「ああ、そうだな。満足だ」
展示会なんて初めてで、とても疲れてしまったけれど。その笑顔が見れただけで、来て良かったと思ってしまったのだ。





 そんな平凡なやり取りを見つめる人影が一つ。
「驚いた。まさか実在していたとはな」
 タバコを手にしていたのは、赤い髪をまとめた女だった。

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