幕間(FGO) | ナノ
1:家庭教師 (SIDE:「藤丸立香」)

「では次だ。第五代ローマ帝国皇帝。ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。通称暴君ネロ。この女の生涯には常に毒がつきまとい――」
「女?」
「……いや、忘れてくれ。暴君ネロは男だったな」
「あはは、間違うなんて珍しいね」
 彼の声とシャーペンの芯の擦れる音だけが響いている。自室に二人。机を間に挟んで勉学に励む。今日の課題は世界史だった。
「私とて間違うさ。特に、過去の英雄の性別ともなれば」
「なんか意外なんだよなあ。世界史も、数学も、物理も科学も得意なのに、歴史の性別ばっかり言い間違えるんだもの。沖田総司が男だってことくらいは、さすがのオレでも分かるよ」
「……そうだな。沖田総司も、暴君ネロも、男性だな」
 おや、妙な含みだ。オレの家庭教師様は、たまにこういう笑い方をする。大抵は機嫌がいい時なのでありがたい。
「すごく頭がいいのに、ピンポイントで勘違いするよね。ゲーティア」
 調子に乗ってからかえば、課題の量をいつもの倍に増やされた。この鬼! 悪魔! 悲鳴を上げるオレを受け流しながら、私は人間だよと鼻で笑う。生徒の名を藤丸立香。家庭教師の名前をゲーティアといった。

 俺の名前は藤丸立香。公立高校に通う高校一年。代わり映えのない生活に変化が起きたのは、半年前のことだった。
 元々勉強は得意な方ではなかったのだが、新学期早々赤点を叩き出したのがまずかった。日頃は甘い母親が激怒し、次の試験での挽回を約束させられてしまったのだ。とはいえ。授業は真面目に受けているつもりだったが、勉強の仕方が分からない、というのが問題だった。母親監視のもと机に向かうのはいいが、ノートを眺めるばかりで一切内容が頭に入ってこない。なにより母親の目線が痛い。部屋を飛び出せる程反抗期でもなかったオレは、ただただ時間を持て余して困惑する日々が続いた。ポストに入っていた家庭教師のチラシに気付いたのはその頃だ。
 自習でも、塾でもない。家庭教師。予想外に母親は乗り気だった。
 塾のほうが良くないか。家庭教師って素人の大学生のアルバイトの人が対応するんでしょ。オレの不安は一蹴された。
「だって貴方、勉強が出来ないんじゃなくて、勉強のやり方が分からないのでしょう? だったら大学受験に成功した先輩に聞いたほうがいいと思うの」
 反論できなかったオレは、その日の昼に恐る恐るチラシの連絡先に電話をかけたのだった。
 こうして担当になったのが、ゲーティアだった。日本では見かけない浅黒い肌に鮮やかな黄金の髪。はじめは気圧されてしまったが、話してみればとても面白い人だと分かった。彼は地元の大学の交換留学生で文学部の民族学科所属らしい。外国の人にしては日本語がとても上手だ。ちょっとした冗談も拾って会話に応じてくれるし、課題も的確。何より説明がわかりやすい。専攻は文系だが、理系の科目も質問しても即座に解説してくれる。
 すごい、と思った。初めて誰かを尊敬するという感情を覚えた。いつの間にか家庭教師の授業時間は何よりの楽しみになった。憧れるオレの視線はきっとゲーティアにも伝わっているだろう。毎回まんざらでもなさそうに笑うのだから。
 けれど彼は、時々どうしようもなく寂しそうな顔をするのだ。憂い、けれど仕方ないのだと飲み込むような空白。その一瞬の表情が目に焼き付いて消えない。どうしての一言が言えないままに日々は流れていく。
 そして今日もまた、理由を聞けること無く心地よい時間が終わってしまった。
「今日はここまでだ。次回までに指定した課題を暗記してくること。理解できているかどうか、確認のテストも行う」
「やっぱり課題の量増えたまま!? 無理だよ! オレ、本当に世界史苦手なんだってば! 特に名前が、全然覚えられなくって!」
「では、覚えるのではなく知っていけばいい。彼らは確実に過去に生きた存在だった。君と同じ人間だった。紙面上の存在ではなく、既知の友人、先達、頼りにできる友人として捉えてみるのはどうか」
「へ?」
 ゲーティアの発想は突拍子もない者だった。友人? 彼らを? 何百年も何千年も前の名前の集まりと、友人と思えというのか。
「君にならできるさ。私は、知っているとも」
 そんなこと突然言われても困る。けれど、そこまで信じられてしまったのなら。頭から否定することなんてできなかった。
「……試しては、見るけど。次の小テストの点数で満点を取れる自信とか無いからな」
「確かに、いきなり考え方を変えるのは難しいか。ではこうしよう」
 ゲーティアは、二枚の紙を取り出した。今度こそ完全に硬直してしまった。
 ……何なのかはわかる。言いたいことも。けれど、ただの家庭教師がどうしてオレにそこまでしてくれるのか。
「ああ、金の心配ならしなくていい。私の仕事は君の成績を上げることだ。都合のいい日があれば、教えてくれ」
 差し出されたのは、古代エルサレム展のペアチケットだった。





『夢を見ている。三千年の獣の夢を。
 あの日、“我々“は“私“になり、君に殺された。
 悠遠に浮かぶ刹那の一生。その軌跡を思い出してから、私はずっと待っている。
 やがて私を殺す運命の子供を、ずっと、ずっと。ずっと。

 一目見たときから、確信していた。
 黒い髪。青い瞳。中肉中背の平均的な黄色人種。
 ああ、きっと、私は君に殺されるために生まれてきたのだ――』

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