「ふざけるな!」
声が響きました。
とても大きな声で、隣のランドにもはっきり響いたそうです。
声の主は煌めきの都市の玉石の座の前で、手紙のようなものを握り締め震えています。女性のようです。
『蛍姫さまをよろしく頼む。』
手紙にはそう書かれていました。かつてたくさんの死んでいった珠魅の前に現れた手紙、予告状です。
きっと鋭い眼差しで顔をあげると、彼女はいきなり壁を駆け上がって行きます。なんという身体能力でしょう、彼女の怒鳴り声を聴いて玉石の座から出てきた蛍姫が、壁を駆け登る彼女を見て驚きのあまり固まっています。
「YOUさ…!?」
悲鳴に近い声を上げた蛍姫に気付いた彼女は適当な所に足をかけ下を見ます。
「あなたは中にいて。まだ万全じゃないだろう動き回るのは体に毒だ、あまり推奨出来ない。」
「あ、」
それだけ云うと彼女は返事を待たず…聞く気もないのでしょう、たん、たん、とリズミカルに城の頂上まで行ってしまいました。
何処へ行こうと云うのでしょう。
「……」
どうしていいかわからず、また彼女が何に対し腹を立てているのかもわからない蛍姫は、続けて中から出てきたレディパールに戻るよう促されました。
「あいつは一体どうしたと云うのです。」
「…わかりません。訊かれたくないようでした。」

辿り着いた頂上、そこに今正に飛び降りて行方を眩まそうとしている先程の手紙の主、アレクサンドルの腕を強く掴んでいる彼女の姿がありました。
「今日はきれいなオニイサンですか、サンドラ?いつもの美人はどうした。」
「離してくれないか。」
彼女に見向きもせず、ですが腕を振り払うこともしない青年の腕を掴む力が強まります。
反対の手で彼女はぐしゃぐしゃになった手紙をアレクサンドルに突き付けました。
「こんなものをわざわざ私に寄越すなんてどういうつもりだ。」
すると、彼は彼女を真っ直ぐ見て云いました。
「どうもこうもない。蛍姫さまを頼む、そのままだ。君に、蛍姫さまのことを」
「私は蛍姫の騎士になるつもりはない。」
アレクサンドルの言葉を遮りそういうと、彼女は手紙を丸めて食べてしまいました。
「…君、それは食べ物ではない。」
ごくん、という音を立てながら彼女の目は再び鋭くなります。
「ふざけるな。」
「ふざけてなどいない。」
「あんたは誰よりも蛍姫を守りたかった筈だ。」
アレクサンドルの腕を掴む彼女の手は、力を込めすぎて白くなっていました。
「なんで私に頼むだなんて馬鹿なことを云う。」
「…腕が痛い、」
「蛍姫が待ってるのは」
「黙れ」
今度はアレクサンドルが彼女の喉を掴みました。彼女はそれでも腕を離そうとはしません。
「私は蛍姫さまの心を深く傷付けた。」
「……っ」
「あまりに多くの珠魅を殺しすぎた。」
「あんたは蛍姫を…愛し、…っ」
それ以上聞きたくないのか聞けないのか、アレクサンドルの力が強まりました。彼女の首に爪が食い込んで行きます。
朦朧とし、ぜえぜえと息をしながら手を離してしまった彼女を見て、彼も彼女の首から手を離しました。
膝をつきむせこんでいる彼女に、アレクサンドルは云いました。
「蛍姫さまを…頼む。」
手紙と同じ言葉でした。
「待、て…!アレク…っ」
彼女が瞬くとアレクサンドルは消えてしまいました。おそらく飛び降りたのでしょう。
「………」
息が整ってきた彼女は、膝をついたままです。
「そうやって守った気になってるのかアレクサンドル」
彼女はひとり云いました。
「1000人犠牲にして救おうとしたあんたの大事なものはここにあるんだろう。あんた以外の誰が彼女を守ると云うの。」
元来た道を戻ろうと下を見下ろし青ざめた彼女は、あ、と思い出したように誰もいないそこに向かって呟きました。
「臆病者め」




いつか戻れる日がくるといいなと。
10.9.6
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