旅行記Day3


煌びやかな光を放つシャンデリアに花を添えるように、途切れる事のないジャズナンバーが心地よく響く。
高く抜けたワインレッドの天井。優しく灯るオレンジの間接照明。壁に埋め込まれた等間隔の白い柱には、ギリシャ調の華やかな装飾が施されている。

一際目を惹く派手な柄のカーペットを慣れないピンヒールで踏み締める。辺りを一望して、その景色に思わず感嘆の息が漏れた。
この広いフロアには、人々の歓声と熱狂が渦巻いている。
スロット、トランプ、ルーレット……皆思い思いの席で、ここにいる誰もが夢を乗せた指先でその魂を滾らせているのだ。

私とオルタは、ひょんなことからこの豪華絢爛なカジノを訪れていた。
ハワイ……いや、ルルハワにカジノなんて聞いた事がなかったけど。あまり深く考えず、これも人生経験!と意気込みやって来たのだ。想像を上回るカジノの華やかさを目の前にして、別世界に迷い込んだような感覚にポカンと口が開いてしまう。

「おい、何を間の抜けたカオをしてやがる」
「なんか圧倒されちゃって……。カジノってこんな感じなんだね……」
「折角着飾ってんだ。しゃんとしとけ」

彼の言う通り、今の私たちはてっぺんから爪先までドレスアップしていた。ホルターネックの真っ黒なイブニングドレスに身を包んでいるせいか、いつもより少し大人びた気持ちだ。胸が隠れている代わりに背中が大きく開いているから、ちょっと落ち着かないけど……。

このカジノにはドレスコードがあると事前に聞いていた。そのためのお店選びに頭を悩ませながらメインストリートを歩いている途中でメイヴちゃんに遭遇して、これからの行き先を告げればあれよあれよという間にこの状態になったのだった。
写真集の撮影が大詰めだという彼女は着飾った私と正装のオルタの写真をそれぞれ撮り、最後に三人でセルフィを撮った後慌ただしく去って行ってしまって、ろくにお礼も言えなかった。メイヴちゃんには今度高級お茶会を開いてお礼をする。絶対に。

そんなつい先ほどの出来事に思いを馳せながら、オルタの姿をじっと見る。
プリーツのない白いシャツに白のウェストコート。ジャケットは黒い燕尾服になっていて、白のボウタイが逞しい首元をキュッと引き締めている。すらっと伸びる足先にはピカピカに磨かれた黒い革靴。所謂ホワイトタイというフォーマルスタイルだ。

カジノはもちろん不正対策のために帽子等の着用が厳禁なので、今日のオルタはフードもキャップも身につけていない。綺麗にまとめられたオールバックの髪型が目鼻立ちの整った彼の顔をこれでもかと引き立てていて、普段見慣れない正装姿に私の心臓はいつもより早い鼓動を刻んでいた。

「オルタ、ほんとにすごく似合ってる。今日も格好良いね」
「……お前も、良く似合っている」

思ったままを口にすれば、彼は表情を緩ませ真っ直ぐ瞳を見つめてくる。その言葉と視線に少しのくすぐったさを感じて、嬉しさを滲ませた目を伏せはにかんだ。

「じゃあ早速遊ぼ!何からやる?」
「お前、ルール知ってんのか?」
「……知らないデス」
「だろうな。どれがやりてえんだ」

うーん。ルールがよく分からないトランプゲームは自分が勝っているビジョンが全くと言っていいほど浮かばないから避けた方が無難だろう。勝ちにこだわってるわけじゃないけど、どうせやるなら勝った方が楽しいに決まってるし、そうなると……。

「このいっぱいあるスロットは?これはとにかく柄を揃えれば良いんだもんね?」
「まあそうだな。種類はどうする」
「えっ。種類って何」
「大当たりの配当倍率が高い一攫千金狙いの台か、小当たりの倍率が高い長く遊べる台か。他にも細かい分類はあるが」
「ん〜長く遊びたいから小当たりの方にしようかな?」
「了解。お前の掛け金にあった台を探すか」
「おー!楽しみ!」





「地味〜にお金が増えてくなあ……」

スロットのやり方を教えてもらった私は生まれて初めて打つスロットと、増えていくコインになかなかの楽しさを感じていた。けど……。
チラリと彼を見れば、椅子の背もたれに身を預けながら先程ウエイターから受け取ったシャンパンを飲みつつ、パチパチとボタンを押している。オルタは他のゲームのルールも知っている素振りを見せていたし、スロット以外でも遊びたいのでは……?

「オルタ、他のゲームでも遊ぶ?」
「いや……、やるものなんざなんだって良いが。お前はまだ続けるのか?」
「ん〜なかなか面白くてもうちょっとやってたいかも。教えてもらったからやり方も分かったし、好きなところ見てきて大丈夫だよ?」
「お前一人になると面倒事に巻き込まれるだろ」
「その可能性を否定できないのが悲しい……。けど、大丈夫!もしもの時は令呪切ってでもオルタのこと呼ぶから!それに、ここの席からは他のゲームのテーブルもよく見えるし」

オルタは足を組んだ上に肘を乗せ、頬杖をついてこちらをじっと見つめてくる。そんな彼にせっかくだから、ね?ともう一押しすれば、おもむろに私の頭に手を伸ばし何度か撫で付け、飽きたら来いと言い席を離れていった。

好みのゲームテーブルを探しに向かった背中を見送る。初めて彼を知った頃に受けた何に対しても興味がないような、そんな印象からの変化にひとつ笑みをこぼして、軽快な音楽を奏でるスロットマシンへと体を向けた。





夢中でボタンを押しているうちに手持ちの金額はいつの間にか倍くらいの額になっていて、はたと辺りを見回す。スロットを満喫した私はこの辺りで切り上げて、オルタを探す事にした。

青髪を探しながらきょろきょろ辺りを見回していると、ルーレットのあたりで一際歓声が上がっているテーブルが目につく。興味本位で近寄れば、熱心にそのテーブルを覗く人々の足の間から見慣れすぎた尻尾がひょっこりと顔を出していた。

「えっ!?オルタ!?」
「おう、なまえ」

群がる人々の隙間からこちらを振り返り、私に向けひょいと手招きをしている。オルタの視線に釣られ、テーブルを囲んでいた人々の視線がぐさぐさと私に突き刺さった。少しの居心地の悪さを覚えつつ、彼の座る席へと近付いていく。

「さっきの歓声……もしかしてオルタだったの?」
「珍しくツキが回っているらしい」

流れるように腰に手が回され、オルタは自分の片膝に私を座らせた。
プレイヤー分以外の椅子がないとはいえ人前でいちゃつくようなその行動に焦っていたのは私だけのようで、ギャラリーはテーブル上のチップの行方だけに熱心な視線を注ぎ続けている。

「オルタのチップって今いくらくらいあるの?」
「さあ……?ざっと500万くらいはあるんじゃねえか」
「ごっ、……!?」

500万!?
サラリと言ってのけるオルタに目眩がする。積まれているこのチップが、500万分……。でも遊び始めはとりあえず1万とかだったような……?
そこまでの時間は経っていないはずなのに。幸運Dの肩書きはどこへ!?と出かかった言葉は飲み込む。

「全部ルーレットで増やしたの!?」
「いや。ポーカー、ブラックジャック、バカラあたりは一通りやってきた」

彼の膝に腰掛けているせいか珍しく同じ位置にあるオルタの瞳に目線を移せば、こちらを見ていたらしい彼とバッチリ目が合った。

「お前もやるか?」
「えっいいの?じゃあ一回だけ、やってみたいかも……」
「丁度良い。そろそろ潮時だ。最後はお前が賭けてみろ」

こくりと頷いてチップの山から二枚ほどを手に取る。たくさんの数字や英語が書かれたエリアを眺めていると、ディーラーが大きなルーレットホイールに勢い良く球を投げ込んだ。

くるくると綺麗に縁を回る白いボールを熱心に目で追いかける。さすがプロは上手だなあなんて呑気に考えていると、ずいとオルタの顔が寄せられた。

「おい、どこに賭けるんだ?」
「あ、どうしよう!?何も考えてなかった!」
「早くしねえとゲームが終わるぞ」
「どこがなんなのか全然分かんないんだけど……!」
「そうさな、単純に赤か黒に賭けるで良いんじゃねえか」
「赤に入るか、黒に入るか予想するってこと?」
「ああ。どっちに全額突っ込む?」

……ん?今オルタはなんて言った?
全額?……全額!?

「はあ!?」
「あ?ちまちま賭けたって面白くねえだろ。全額行け」
「ちょ、五百万だよ!?」

慌てて声を荒らげても、知っているが?と言わんばかりの至って冷静な表情で見つめられる。口元がヒクりと引き攣る感覚のまま冷や汗をかく私とは対照的に、周りのギャラリーはこの状況に湧き立ち、ギラギラとした熱い眼差しでこの勝負の行方を見守っていた。

「外したらゼロになるんだよね!?」
「そうだな」
「ねえなんでそんな冷静なの!?」
「そら、覚悟を決めろ」
「〜〜〜〜〜っ!」

赤か黒か。黒か、赤か……。ああどうしよう。私のせいで目の前のチップが全部なくなっちゃうかもしれない……!

決断出来ずにいる私の肩を抱いたオルタの顔を見れば、至近距離で彼の真紅の瞳と視線がかち合った。
私の大好きな、綺麗な赤だ。

「〜〜っ赤!赤に全額!!賭ける!!」
「了解」

口の端を釣り上げたオルタが、手元にあったたくさんのチップを赤のエリアにざっと押しやる。握りしめていた二枚のチップも慌ててその上に重ねたところで、ディーラーからノーモアベット≠フ合図がかかった。

勢いよく回っていた白いボールは徐々に失速し、カラカラと音を立てて番号が書かれたポケットの淵に接触していく。枠に入りそうで入らないもどかしさに心臓がきゅうと締め上げられるようだった。
その感覚に耐えられず、目を閉じオルタの首元に顔を埋めれば、ボールの行方を見守る周囲の人々の固唾を飲む音が聞こえたような気がした。

ボールが仕切りの淵を掠めるカラカラとした音が止まる。伏せていた目を開けるより先にディーラーの声が凛と響いた。

「Winning No.3」
「スリー……?3番……?」
「あなたの勝ちです」
「へぇっ……!?」

バッと音がつくほど勢い良く立ち上がり、テーブル上の円盤を覗き込む。白いボールは確かに3番に収まっていて、3と書かれた背景の色は間違いなく赤色だった。

脳が状況を理解する前にギャラリーからドッと湧くような歓声が上がる。あまりの現実味のなさに足の力が抜けて、よろよろとオルタの膝に逆戻りした。

「やるな」
「ちょ……っと、キャパオーバー……」
「くく、お手柄だ」

唖然としている私をよそにオルタはディーラーから勝った分の総額のチップを受け取ると、その中から何枚かをディーラーに渡していた。行くぞと背中に手を添えられ、ゆっくりと席を立つ。彼は声を掛けてくるギャラリーを無視して、私の腰抱きながらその場を離れた。

「さっきのって、ディーラーさんにチップをあげたの?」
「そうだ。心付けはマナーだろう?」

その言葉に、スロットをしている最中にウエイターからシャンパンを受け取った時にもチップを渡していた事を思い出す。なんでもスマートにこなすオルタに感心していると、先程のディーラーから受け取ったたくさんの勝ち分のチップが目に止まった。

「それ……結局いくらになったの?」
「知りてえか?」
「そりゃあ、気になるでしょ……」
「だったらお前が換金して来るといい」
「えっ。やり方わかんないよ?」
「ただこのチップをそこの人間に出せば終いだ」

ずいと手渡されたチップを良く見れば卓上で遊んでいたものとは色が変わっていて、なんだかだいぶ枚数も減っている。勝ったんだから500万以上はあるんだろうけど……ダメだ、全く見当がつかない。

「オレはここで待っている」
「じゃあ、行ってくるよ……?」

柱に寄りかかりながら微かに口角を上げた彼を背に、チップを抱えて目と鼻の先にあるCASHIER ≠フ文字が光る看板へと向かった。





「どうだった?」

戻った私を見て、オルタはニヤリと笑みを深めた。窓口で手渡された一枚の紙切れを持つ手をわなわなと震わせ、そこに記された額面が見えるよう彼の目の前にずいと翳す。

「これ、いっ、1,000万……超えてるんですけど……!?」
「だろうな。お前がベットした赤は配当倍率二倍。まあ倍率としちゃ低いが、元が五百だからな。単純計算でも一千は越えるだろ」

相変わらずしれっと冷静に告げたオルタに頭が痛くなってくる。現実味のない額面に腰が抜けそうだ。

「こんな大金どうするの……?」
「さあ?オレはいらねえ。お前にやる」
「そんなさらっと大金貰っても困るんですが!?」
「まあ、とりあえずお前が持ってるといい」
「えっ普通に無理。怖い」
「無くしても知らんぞ」
「はい私が持ちます」

渋々、ドレスに合うようにと持たされていた小ぶりのパーティーバッグに小切手をしまう。ホテルに帰るまでなんとかバッグを手に縫い付けられないかとぶっ飛んだ考えが湧くくらいには気が動転しているけど、この額の落とし物は流石に洒落にならないので胸元にバッグを抱き寄せた。

もう良い時間だしホテルに戻ろうとオルタに声を掛けようとした時、ぴこぴこと動くケモ耳が視界に入る。思わずそちらに顔を向け、あ!と声を出せばその耳がピンと震えた。相手もこちらに気付いたようだ。

「あらあ?マスターにクー・フーリン様。ようこそ、いらっしゃいませ〜!」
「ミドキャ……、ドルセント!」
「はい!私、プレシデンテの美人秘書ことドルセント・ポンドですぅ。当店のカジノ、お楽しみ頂けました?」

たまたま通りかかったらしいドルセントから話を聞き、どうやらこのカジノはゴージャスPの新事業らしいことを知った。
たくさん遊んだのでこれから帰る事を告げると、VIPなお客様向けのパーティ会場があるので寄って行かないかとお誘いがかかる。

「パーティ……?」
「ええ。招待を受けた特別なお客様しか立ち入れない立食パーティ、と申せば想像しやすいでしょうか?アルコールや軽食はもちろんのこと、ここでしか食べられない一流パティシエによる特別スイーツなどのご用意もた〜くさん!ございますよ♪」
「特別スイーツ……!あ、でも……。私たちがそのVIPの人たちに混ざっても大丈夫なの?」
「あら。マスターとそのパートナー様がVIP以外のなんだと仰いまして?」

さ、如何しますぅ?と笑顔で首を傾げるドルセント。大金の小切手を持っているという不安がありながらも、限定スイーツが気になって仕方ない……!
でも、招待された特別なお客様専用というからにはお金持ちの人がたくさんいるって事だろうし、絶対に浮く気がする……。

悩んでオルタを見上げれば私の葛藤は見透かされていたようで、行くんだろ?と問いかけられた。

「……オルタも一緒に来てくれる?」
「当然」
「良かった、それなら安心。ドルセント、そこ行ってみてもいい?」
「オッケードルポンド〜!勿論でございます!こちらがその会場へのパスです。私はこちらで少し野暮用がありますので、諸々を済ませてからそちらの会場にお伺いしますね!お先に向かっていてくださいませ!」
「わかった、じゃあまた後でね!」

ドルセントから受け取ったパスを見ながらワクワクとエレベーターを待つ。この時の私はスイーツの事で頭がいっぱいで、これから起きる出来事の予兆を感じ取れるはずもなく。

長い夜が、始まろうとしていた。







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