剣の記憶
【イースワンライ/お題:戦闘シーン】 ※捏造有


 薄暗い旧坑道の中に、魔物の鳴き声が響く。
「邪魔をしないでくれ!」
 迷いがない。彼の戦いを見ていて、素直にそう思った。
 振るっているのは錆びた剣だが、得物の心もとなさは微塵も感じさせない。的確に相手の急所を狙い、かつ、普通よりも折れやすい剣に配慮しているように見える。――とはいえ、何度も使い続ければいずれ折れてしまうかもしれない。避けられそうな戦いは避けたほうが良さそうだ。
 得物がどこかで調達出来れば良かったが、当然、監獄の中に都合よく落ちているはずがない。囚人が拾ってしまう可能性だってあるだろうし、置きっぱなしにしてあったら、それはそれで少々心配になる。
「よし、一通り倒せたみたいだ。先に進もう」
 アドルは強い。本国を護る、鍛えられた兵士達にも匹敵するか――或いは、上回る実力かもしれない。
 無駄のない身のこなしはきっと、今までの冒険が積み重なったものなのだろう。伴う心と経験が、アドルの戦いを築き上げている。
「真っ直ぐだな」
 思わず感想を口にすると、アドルは不思議そうな表情で振り返った。
「……?」
「ああ、ごめんごめん。アドルの剣筋の事さ」
「剣筋?」
「心が反映されるなあ、って。剣ってそういうものだ、と僕は思っているんだ」
 “僕”に剣を教えてくれた師のような人も、時折口にしていた事だ。戦いには相手が居るが、同時に自分との戦いでもある。心の鏡から決して目を逸らすな、と。
「あまり意識した事はなかったけど……そうかもしれないな」
「君の心に剣はついてくる。……今までに、何回も愛剣を失った話を前に聞いたけど……剣の方から、君を選んでいるのかもしれないね。最後まで、剣として在れる居場所としてさ」
「剣のほうからか……その考えはなかったよ。……うん、そうだといいな」
 欠けて錆びた剣は、アドルに拾われなければ、そのまま朽ちていくのを待つだけだったかもしれない。それが今は、彼と共に、活路を切り開く為に戦う事が出来ている。物の心は僕には勿論読み取れないが、きっと本望だろう、と思えた。
「それにしても、アドルにばかり戦わせてしまって申し訳ないな。どこかで得物が調達出来ればいいんだが」
「さすがにここでは拾えそうにないし、気にしなくていい。僕のほうこそ、荷物を持たせてしまってごめん」
「これくらい任せてくれ。荷物と言えるほどじゃないしね」
 開けた道を走りながら、一応、周囲を念入りに確認する。運よく武器が落ちているかもしれないし、そうでなくとも、武器として使えそうなものくらいはあるかもしれない。壊れかけている格子でもあれば――と思ったが、あいにく先ほどから見かける鉄格子はすべて、真っ直ぐ枠の中に嵌まっている。
「!」
 格子を確認している間に先行していたアドルが、数十メライ先で立ち止まり、錆びた剣を握っていない左手を少しだけ上げて、指で“一”を作った。それが意味する事は一つだ。
 ――この先に“奴”がいる。数は一体。
 剣をぶつけようものなら弾かれ、下手すると体勢すら崩されそうになるという、監獄内を巡回している人形のようなもの。気付かれると一直線に向かってきて、こちらを切り刻むべく、鋭利な刃を高速で振るってくる。
 倒す事は不可能。あの人形に対しては逃げ切るか、仕掛けられている罠を利用して破壊するか、の二択しかない。
『あの人形……上手く避けられそうにない場合は、僕が引き付ける。その隙にマリウスは先に進んでくれ』
『そう言うと思ったよ。……任せても大丈夫か?』
『逃げ切ってみせるさ』
 長く話し合う猶予はない。互いに信じなければ、脱獄する事は叶わない。故に、事前に話し合っていた事だった。
 今回もその流れで突破しよう、という考えは、アドルも同じだったらしい。短く頷き合った後、駆け出すアドルの背を見送った。果敢に巡回人形の前に飛び出した彼は、高速の刃を受け止め、錆びた剣に負担がかからないように上手く受け流す。
 出口まであとどれくらいなのか分からない。錆びた剣も体力も温存しておきたいと考えているのだろう、アドルはじりじりと、巡回人形を崖に向かって追い詰めていく。落とす気でいる事はすぐに分かった。
 出て行くタイミングを物陰から見計らっていると、少し先にある木箱ががたりと揺れた。数秒後、そこから、大型の蝙蝠のような魔物が這い出てきた。
 巡回人形の相手をするアドルの背後に、黒い影が迫る。
「! あれは……」
 どうやら、運が味方してくれたらしい。その蝙蝠が入っていた箱の中に、兵士が使っているものと同じ剣が入っているのが見えた。長剣と、短剣が一本ずつだ。
 迷う時間はなかった。それが目に入った数秒後には駆け出していた。
 大型蝙蝠は、まだこちらには気が付いていない。素早く剣を回収して一撃を浴びせるが、翼を半分ほど切り裂いただけだった。後ろの大型蝙蝠に気が付いていたアドルは、受け止めた刃を再び受け流す。そのまま軽く地を蹴り、距離を取った。
 アドルと背中合わせになるように立った。巡回人形が、錆のように見える何かが付着した刃を振るうべく迫って来る。
「さて……考えている事は――」
「君と多分同じかな」
 大型蝙蝠に向かって駆ける。翼を切られた大型蝙蝠はふらふらと飛行しながらも、狙いを僕に定めていた。
 そんな遅い攻撃を、真正面から受けてやるほど親切ではない。
「こっちだ!」
 引き離すのではなく、敢えて巡回人形とアドルから離れないように動く。
 血が滴る大型蝙蝠の翼。弱った相手を仕留めるのに、慈悲は必要ない。超音波を横に跳んで避け、後ろにあった木箱を踏み台にして飛び上がる。
 ――背を向けているアドルが、一瞬こちらを振り返って頷いた。
 言葉はなくとも、何かが伝わった。造り物である僕が、こんな経験をするとは――まったく君には驚かされてばかりだ、という気持ちは、今は押し込んだ。
 短剣を引き、弱弱しく飛んできていた大型蝙蝠を、突くような姿勢で正面から刺し貫く。短剣から手を放すと、それは落下していった。
「アドル!」
「ああ!」
 巡回人形に、大型蝙蝠が激突する。放たれている囚人を察知する明かりが揺れ、回転していた刃が止まった。
「はぁっ!」
 一瞬動きが止まったその隙を突いて、アドルが錆びた剣を巡回人形の関節とも言える部分の間に差し込み、そのまま強く崖へと押し出した。
 底の見えない谷へ、巡回人形と大型蝙蝠が落ちていく。アドルが監獄内を探索する時は一緒だった、まだ剣として在れたものと共に。
「話をしていれば、だね」
 それを見届けてから、アドルは少し寂しそうに笑う。その理由はすぐに分かった。
「だけど、君はあの剣の事を忘れないだろう?」
「勿論。この先、どこかで錆びた剣を見たら、あの剣の事も――この旧坑道を君と駆け抜けた事も、きっと思い出すよ」
 こうして、思い出と経験と記憶が重なって、“冒険家アドル・クリスティン”は、これからも旅を続けて行くのだろう――そう素直に思った。
 いなくなっても誰かに覚えていてもらえるというのは、幸せな事なのだろう。あの錆びた剣だって、物とはいえ、そう思っているかもしれない。
「行こう、アドル。まだ道は続いているみたいだ」
 造り物のはずの心に、棘が刺さったような感覚がする。払拭するようにアドルに声を掛けて、再び走り出した。


 ――存在してはならない僕は、誰かの記憶に残る事が許されるだろうか。




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