約束と遺志運ぶもの
※ゲームにない台詞足してます



「さあ、アドル……全力で受けてもらうぞっ!!」

 匿名で出された、シャトラールの遺品処理という依頼。それは、造り出されてしまった、本来存在してはならないホムンクルスたちの消去を意味していた。
『ここにあと一体……残っているんだ』
 マルクス・クラウディア・ガルマニクス――ロムン帝国現皇帝のホムンクルスであるマリウスもまたその対象であり、何より依頼者である彼自身がそう望んだ。
 それはアドルにとって、断れるはずがない依頼だった。彼の――造られた存在≠ナあるマリウスの最後の願いを、真正面から受け止めない選択肢は用意されていない。
 それでも、アドルの脳裏に浮かぶ結末が、僅かに刃を鈍らせる。他に未来はない。そう分かっていても、冒険の道を切り開き、時に誰かを導き守る為に振るってきた剣を、マリウスに向けて突き出す事が出来ずにいた。
「手加減はいらない! ……殺す気で来てくれ」
 自害は許されない、存在してはならないホムンクルスが望む結末は、一つだけだ。優しくてお人好しと評する友人に付け入ってでも、受け止めてもらいたかったものなのだろう。
 頭では理解していても、躊躇いを捨てきれないアドルの心情を汲み取れないほど、マリウスは鈍い男ではない。アドルもそれを分かっていた。だからこそ、剣を強く握っていても真っ直ぐに振るえない。心が伴わないのだ。

 何度も剣がぶつかり合う。たった一つの結末に、一歩も近付かないまま。

 願いと優しさで形成された、あまりにも残酷な命のやり取りは、永遠のもののようにも思えた。金属音が鳴り響き、二人分の息遣いだけがそこにはある。
 終わりが来るという事は、片方の命が消えるという事だ。そして、その消える命というのは――。
 逡巡する隙を突くかのように強い一撃を受け、アドルは少しだけよろめく。
『殺す気で来てくれ』
 アドルの中で、先程のマリウスの言葉が短く反響する。
 小さな空間に、確かな殺気が満ちた。マリウスの瞳には、それが宿っていた。
「!」
 真っ直ぐに刃が向かってくる。そこには僅かな揺らぎもない。
 一瞬で間合いを詰められるも、間一髪で迫っていた刃を弾いたアドルは、すぐに剣を引いたマリウスがどこを狙っているのかを瞬時に察した。
 だからこそ――殺さなければ殺される、と自分が自分に告げたのと同時に、彼の体は動いていた。
「っ……!」
 終わりを意味する音が、耳に入る。アドルの剣がマリウスの体を貫くそれは、静寂の中に溶けて消えた。
 思わず目を見開き、開きかけた口を閉ざすアドル。致命傷である事は誰から見ても明らかだった。最初から用意されていた結末へ、時間が動き出したかのようだ。
「…………」
 造りものではない願い。それを受け止めてくれた礼を言うように、マリウスは笑いかける。激痛が襲っているはずなのに、穏やかな表情で。
 引き抜かれた剣を伝う生温いものは、彼が確かに生きている¥リだった。


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