いのちが終わるその時に
【イースワンライ/お題:アドル・クリスティン+別れ】


 相変わらず静まり返っているエルドゥークの街は、少し前に踏み入った時よりも崩壊が進んでいるように思えた。元々廃都ではあったものの、ヴェスヴィオ山の噴火の影響は決して少なくはなかったようだ。
 火山からそう遠くない地、溶岩にのまれてしまったのではないかと彼は心配していたが、杞憂で済んだ事にほっと胸を撫で下ろす。
「……」
 僅かに切らせた息を整えて、アドルは周囲を見回す。静寂の中には当然何の音もなく、あるとすれば、吹き渡る風が残された草木と戯れていくものだけだ。
 見上げた空は高く、どこまでも穏やかな色が続いている。降り注ぐ光は優しく、かつての都を包み込む。それを反射する水は僅かに濁ってしまっていたが、止まることなく流れ続けている。セルセタの地の命運を左右する戦いが繰り広げられた後とは思えないくらいに、平穏な時間がそこにはあった。
『……エルディール様は……』
 仲間と合流した後――エルディールの話になった際、顔を伏せ、どこか寂しそうに笑ったリーザ。心が何かを察した直後、アドルはダナンの里を飛び出していた。呼び止める声が聞こえたが、足は止まらなかった。一番最後に取り戻したものを抱きながら、彼はそのままエルドゥークへと駆けていく。
 それは火口へ仮面を投げ入れた後にリーザに助けられ、その際に思い出した“記憶”だ。どうして今まで思い出せなかったのだろうと、今更思ったところで何の意味もない。

 ――そう、《冒険家》というのはいかがでしょうか?

 名を付けさせて欲しい、という、エルディールからアドルが受け取った称号のようなもの。それは希望と夢に満ちた、小さな小さな光の塊のようにも思えた。
 それを託してくれた彼はきっと、旅立とうとしている。静かに、ひとりで。
「……アドル君?」
 エルドゥークの奥、崩壊の進行を免れていた場所に、エルディールは居た。木々の隙間から差し込む陽光と、不思議そうな面持ちの小さいルー達に囲まれて――その真っ直ぐで柔らかな光はまるで、佇む彼を迎えに来たかのようだった。
「……。ふふ、こういう時、何と言うべきでしょう。迷っちゃいますね」
 来てくれるとは思ってませんでしたよ、と、エルディールは続ける。こんな時でも変わらない彼を見て、アドルの中にあった焦りに似た想いは、溶かされるようにして消えていった。
「まだお礼を言えてなかったから、僕はここに来たんだ」
「お礼、ですか?」
 樹木が葉を散らすように、エルディールの純白の羽が舞う。光の粒子が空に溶ける。
 きょとんとしたエルディールの前に屈んで、アドルは少しずつ消えてゆく彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕たちを、信じてくれてありがとう。――そう言いたくて」
「……!」
 世界を映したようなエルディールの瞳と、夜空を切り取ったようなアドルの瞳が交わる。
 立ち上る光が多くなり、アドルの目の前に居る彼は、満足気に笑ってみせた。
「信じていますよ。今までも……そして、これからもずっと」
 どこかで小鳥が鳴く。再び風が吹いて、木の葉が舞い落ちる。
 アドルが力強く頷くと、寄り添っていた子どものルーがその場で小さく跳ねた。
「エルディールがくれた《冒険家》――それと一緒に、冒険を続けてみせるよ」
「はい。君の物語は、まだまだ続いています……その名を、連れて行ってもらえたら嬉しいです」
 エルディールの姿が透けていく。空へ還るようにも、地へ還るようにも思える彼から、アドルは視線を外さない。
「それにしても……」
「?」
「私の疑問、調和を齎す中で浮かんだ問いは、私が君たちヒトに対して願っていた事でした。それを繋いでくれる、と信じられる者に出会えた……本当に、ヒトは有限でありながら無限の存在なのだ、と思わざるを得ませんね」
「可能性の話?」
「ええ。だからこそ、私は今、この選択をしたのですが……」
 エルディールの声が聞き取りにくくなる。そろそろ時間切れなのだろう。いつの間にか周囲のルーの数が増えており、皆、どこか心配そうな様子だ。
 白い翼が揺れ、アドルの手の中に、ひらりと一枚の羽根が落ちる。手は掴めない。そう分かっていても、アドルは光に手を伸ばした。
「冒険家、アドル・クリスティン――君に繋ぐ事が出来て良かった」
 彼が光の温もりに触れた直後、粒子が舞い、風と共に消える。そうして、音もなく、ただ静かに――ひとり、人々を見守り続けた有翼の守り人は、世界を去る。

 ――人はいつか、空を翔ることになる予定です。

 反響したエルディールの言葉を、アドルは胸に刻み直す。
「僕は……僕たちは、信じてくれた事を信じるよ。だから、きっと」
 エルドゥークの上に広がる蒼穹の中を、白い鳥が真っ直ぐに飛んで行った。






※有翼人の昇華=抜け殻のようになった体が石像みたいに残る、というのをまだ知らなかった時に書いてますすみません……エルディールの石像のようなもの、どこかに残ってるのかな?

一度は書いておきたいなと思っていたセルセタの話。仲間全員立ち会わせようか迷いましたが、多分時間足りないなあという事でアドル一人に(リーザは少し前にお別れの挨拶してるかなぁ、なんて)。
セルセタEDぶつ切り感は確かにありますが、冒険家アドルの再構築の物語の〆としては十分だったと、振り返りながら思いました。



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