07

「いやっふう！」
　安っぽいスプリングの入ったベッドに思い切りダイブして、枕を抱えて足をばたばたさせる。妄想は膨らむ。秋吉に私が女だってばれて、最初のうちはお互い戸惑いを抱えているのだけれど次第にふたりは心惹かれていき、恋に発展したらどうしよう……。どうしよう、って、どうにかなっちゃうだろう！
　ベッドから起き上がり、顔がだらしなく緩むのを抑えることなく荷解きを再開した。私服はすべて、兄のお古だ。だぼだぼのＴシャツだとかデニムだとか、意味不明な柄のレギンスだとか、まあ私でもなんとか着こなせるものばかりではあるが、兄のファッションセンスには首を傾げざるを得ない。ところで。
「これ、どうするかな……」
　私の手にはブラジャーがあった。一応ガーゼのさらしを用意してきたが、そんなものが必要なほど胸はない。何度も言うがぺったんこなのだ。ブラジャーなんて、そのサイズどこから入手してきたのだ、と突っ込まれるほど慎ましい。
「いらない、よね」
　ブラジャーをたんすの奥に押し込み、今度は下ばきを見る。母が衣料量販店で購入してきたボクサーパンツ。ちなみに今もはいている。少し緩いせいか、女の子のショーツと違って若干すうすうする。まあ、収めるべきものがないのだからすうすうしてしかるべきだが。ため息をついて、トランクスたちをたんすの手前のほうにしまう。
　服をたんすにしまいきってしまうと、他には歯ブラシやタオルだけになってしまい、とりあえず着替えるか、と個室のドアを閉める。一応、だ。開け放したまま着替えているうちに秋吉が戻ってきてはまずい。そんな展開もどんとこいではあるが、早すぎる。入学式もまだだと言うに。制服を脱ぎ、ハンガーにかけてデニムとＴシャツ姿になってドアを開ける。すると、ちょうど秋吉が共同のドアを開けたところだった。
　ほんのりと上気した頬に、濡れて首筋に貼りついている髪の毛。制服からラフなＴシャツとスウェットに着替えた秋吉は私にとって狩りの対象だった。いや、いやいや、我慢せねば。ここで空気意を悪くして、三年間どうすると言うのだ。
「大浴場、ほとんど人いなくて貸切に近かった」
「あ、そうなんだ。よかったね」
「比呂、声高いよな」
「……声変わりのときあまり変化なくて……」
　これは本物にも言えることである。兄と私の声は、電話だと母でさえ間違えるくらいに似ている。秋吉は、火照った指で私の顎を掴んで上向けた。
「喉仏もないし」
「……人が気にしてることを言うのはやめてくれ」
「ああ、悪い」
　男の子に触ることはあっても、こうして向こうから触れられることは少ない。それもこんな男前となったらなおさら。どぎまぎしてしまう気持ちを精一杯伏せて、せめてもの抵抗をする。そんな抵抗をものともせず、今度は腕を掴まれた。
「細いし、毛も生えてないし、女の子みたい」
「失礼な！」
「ごめん」
　いきなりばれるところではないか！　侮るなかれ秋吉！
　秋吉の手をばっと振り払い、コンプレックスを持つ兄を演じてみせる。私は無駄毛の処理は足しかしない。腕にはほとんど毛が生えないからだ。それは兄も同じで、女の子のような腕をいつも嘆いていた。あと、喉仏が小さいのも悩みの種だった。髪が今より長かった頃は、ナンパされることもあった。言っておくが、兄だって私と同じ顔なのだから、そんなに美形でも男前でもイケメンでもない。ナンパというやつはそういうふつうなタイプをかえって狙うものなのかもしれない。